第36話 明日へと
「いやー。実に大変だったよ」
ウィルは苦笑いして答える。
それをリネットは半眼で聞く。
あのテロから一週間が経った。
町は少しづつ復興しつつあった。
今日は
「シャルちゃんは?」
「アビーの見舞いに行ったよ」
「そうか。残念だ」
けれど本当はシャルがいないことを知っててやって来たのだろうとリネットは感じていた。
「魔法省はサタノティアと疑ったから非難されてるよ。まったく、こっちは一度も疑ってないのに。勝手に疑っておいてそれはないよね? これこそ責任転嫁だ」
とウィルは肩を竦める。
「全部計算通りか?」
「ん?」
陽の光でウィルの眼鏡が白く反射し、ウィルの目が見えない。でも、どんな目をしているのか想像につく。
「本土では総理が責任とって辞任するらしいな」
「そりゃあ、人質を見殺しにするんだから。それに生き残ったパーティー参加者は力を持ってるからね。怖いね」
と言いつつもウィルは笑っている。
「テロリスト達は魔法省が現場指揮を取っているとか言ってたぞ?」
「そりゃあ、大臣もいるし、この島には魔法使いを育てる国立魔法学院もあるからね。彼らも勘違いしたんじゃない?」
「どうだか。CQについて何か分かったのか?」
「それが捕まえようとしたんだけど、踏み込んだ時には自殺しててね」
ウィルは残念そうに言う。でも口元は笑っている。
「……シャルはサタノティアではないのに、どうして本土にもデマが流れたんだろうな? いや、そもそも、どうして島民にそんなデマが流れたんだ?」
編入試験の件も学院と一部魔法省の人間しか知らない。サタノティア疑惑はそれを知るほんの一部に囁かれたもの。
「不思議だね。一体どうしてサタノティアだと思うのやら?」
「最後に聞くが」
「なんだい?」
「シャルはメイルストロムなんだろ?」
「…………」
ウィルの目がゆっくりとだが細められる。
メイルストロム。
歴史の転換期に訪れるという。
「伝説だろ?」
ウィルは疑問系で答えた。
「何を言っている。魔法省が言い始めたんだろ?」
そう。メイルストロムという言葉使い始めたのは魔法省からであった。
それまではメイルストロムと呼ばれる者はいなかった。だが、最近になって魔法省によって後付けされた。
人が製鉄を極め始めた頃。
騎馬戦が生まれた時代。
人類が火薬に手をつけ始めた頃。
大航海時代の前後。
近世の終わり。
産業革命の終焉。
近代の終わり。
これらの時代の節目に訪れたとされるのがメイルストロム。
メイルストロムと後付けされた者たちは、当時は聖人君主であったり、魔王と呼ばれる者であったりと様々。
「もしシャルちゃんがメイルストロムなら、この時代は終焉を迎え、次の時代が到来するってことかな?」
そしてウィルはガラス戸へと顔を向ける。
外の天気は快晴で、夏の陽射しがガラス戸から部屋の中へと差し込んでいる。
雀がチチチと塀の上で鳴いている。
一週間前にテロがあったとは思えないくらい、平穏な日常。
──まるで凪だな。
リネットは心の中で呟いた。
◇ ◇ ◇
病室のドアをノックすると向こうから、どうぞと返事をきてシャルはドアを開けた。
「あらシャルじゃない。お見舞いに来てくれたの。嬉しいわ」
病室は個室で棚やテーブルにはお見舞い品の山が積もられていた。
「ど、どうも。これお見舞いの品です」
とシャルはどこか緊張していた。
「ありがと。そこ、座って」
「うん」
シャルはパイプ椅子に座る。
「怪我はどう?」
「お陰様で。傷跡が少し残るくらいよ」
女性にとって胸は大事な箇所。傷跡が残るのは辛いことだろう。
「平気よ。平気」
シャルの表情を読み取り、アビーは何でもないように言う。
「それより、外はどうなっているの? ここにいると外の情報が分からないの。ねえ、教えてよ」
「テレビはないの?」
部屋の棚にはテレビは備えられていなかった。代わりに花束が置かれている。
「初めはあったのだけど、私にニュースを見せないために父が撤去したのよ。別に世間が何を言おうがどうでもいいのに。……だからさ、教えてよ」
「うん。……ええと、総理は辞任するらしいよ」
「知ってるわ。人質を見捨てた報いね。当然よ」
「あとは……テロの被害は都庁占拠よりパレード周辺の爆破被害が大きかったとか。あっ! ロゼとリリィがテロリストの仲間に狙われたとか」
「あら、何それ? 初耳! どうして狙われた? 爆破に巻き込まれたとかではなく?」
それはアビーも知らない目新しい情報なのだろう。気になるのか体を少し前に近づける。
「ううん。本当に狙われていたんだって。マサって傭兵がテロリストに雇われて、この島に来ててね。それでテロ中にロゼを狙ったとか」
「どうしてロゼを」
「そのマサって人、なんか前にロゼに倒された傭兵なんだって。それでその報復にだって」
「いやね、見栄ついた男の執着心は」
アビーはやれやれと言う。
「えーと、後は……そう! 私、国立魔法学院アルビアに通えることになったの!」
「あら、よかったじゃない」
「うん。……なんかサタノティア疑惑が晴れたとかで」
「ほら言ったじゃない。貴女はサタノティアではないって」
「うん。でも、あの時……」
自身の手を見る。
テロリストを一掃した時の感覚は残っていない。本当に自分がやったことなのかと、シャルは不思議に感じる。
「あなたはテロリストを倒したのでしょ? それに私を助けてくれた。感謝するわ」
「え、あっ、うん」
「安心しなさいよ。サタノティアだったら、大惨事よ。だから、あなたはテンペストだったのよ」
「……なのかな?」
「? どうしたの?」
「私、テンペストかどうかもよく分からなくなっちゃったよ」
シャルは空笑いする。
「でも、それでいいのかもね」
「え?」
「もうテンペストとかサタノティアとかどうでもいいじゃん。ようは魔力……もといマナの量が多いってことでしょ?」
アビーはそう言って笑った。
「なのかな?」
「そうよ。そもそもサタノティアは悪性よ。あなたは悪人? 違うでしょ? テロリストの方がよっぽど悪人じゃないの」
「……うん」
シャルは頷いた。自分自身が悪かどうかと問われるなら、悪ではないだろう。勿論、聖人とも言えない。
けど、テロリストと比べたら悪人からはほど遠いはず。
「あなたは私の命の恩人よ。悪人じゃないわ。私が保証するわ」
「ありがとう」
◇ ◇ ◇
病院を出ると青空が天高く広がっていた。空は決して届くことなく、澄んでいる。
「行こう」
シャルは歩き出した。
テロの一件が報道されてからというものの、シャルは大勢の人に顔を覚えられた。ここに来るまでに多くの人に目を向けられた。そしてそれはこれからも。
勿論、サタノティア疑惑は晴れた。
でも、自分がテンペストでテロリスト達を屠ったことも報道され有名人となってしまった。
優しい目を向ける者、怖がる者と三者三様。
たぶん、学校生活も色眼鏡で見られるだろう。
──それでも自分は歩かないといかない。
これからどうなるかは分からない。
魔法の世界を知らないから。
だが、ふと、こうも考えてしまう。
もし高校受験に失敗しなければと。
それは今更、考えてはいけないこと。
でも、つい心が弱まるとそこへと帰結する。
今もまた歩きながら考えてしまう。
──駄目。考えるな。もう私は普通ではないんだから。それに魔法の道を嫌がってはいけない。そんなことを考えたらリネットさんやアビー、ロゼ、リリィ、この島の人に対して失礼だ。
向かい風が吹き、シャルの髪を撫でる。
──歩こう。進もう。戦うしかないのだ。
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