第35話 魔法
右胸を撃たれたアビーは額に嫌な汗をかく。
「大変! どうしよ?」
シャルは狼狽え、戸惑う。
けれども、なんとかしようともアビーからみるみる体力が消える。
「どうする? どうする? お医者さんは? ねえ、お医者さんはいないの?」
シャルは人質の群れに大きな声で訴えかける。
けれど誰も返事をしなかった。
「ねえ、お願い。病院に!」
シャルはスクルドに懇願する。
「はあ? そりゃあ要求が通れば病院へ行けるだろうな?」
と言ってスクルドはニヤけた。そしてカメラをアビーに向けさせる。
「おい、メイザー大臣見てるか? このままだとテメエの娘さん、くたばっちまうぜ? 見捨てるのか?」
「病院! お願い、病院に?」
「うるせえぞ、クソガキ!」
スクルドは怒り任せにシャルの腹をおもいっきり蹴る。
「ガッ!」
シャルは床に倒れる。
「……シャ、シャル」
アビーはシャルに手を伸ばす。
「アッ、アビー!」
名を呼びシャルは伸ばされたアビーの手を掴む。
アビーは笑みを作ると瞼を閉じた。そして指から力が抜ける。
「いっ、イヤアァァァ! アッ、アアアァァァ!」
シャルが雄叫びを発すると風が巻き起こる。
風は周囲を押し返す暴風だった。
スクルド達は数メートル下がる。
「チッ! これがあの時の暴風か」
スクルドは冷静に判断して銃弾を放つ。
しかし、銃弾はシャルに当たることはなかった。
今度は何発も銃弾を放つ。
だが、その全てが風で打ち消された。
──どういうことだ?
「おい!」
スクルドはライフルを持つ部下二人にシャルの後ろから撃てと命ずる。
二人がライフルで後ろからシャルを狙う。
断続的な音が鳴り響く。
だが、またしても風がライフル弾打ち消していく。
──風ではない。いや、それにしても、これはおかしい。
魔法を使えれば強いというわけではない。魔法は万能ではないのだ。トリガーを引くだけの拳銃と時間差のある魔法、どちらが実用的なのかと問われれば多くは者は拳銃を選ぶ。
さらに魔法使いは死角からの攻撃に弱い。勿論、これは魔法使いのみならず、全てに当て嵌まること。
だが今、目の前にいる少女は風で死角からの銃弾をも打ち消していた。
偶然でも奇跡でもない。
「テメエら一斉掃射だ!」
スクルドは部下全員に怒号で命じる。
カメラ担当もガンマイク担当も電子機器担当も人質の監視をしていた者全員が拳銃、ライフルを構えて一斉掃射。
「撃て、撃て、撃て!」
『ラァアアア!』
『シャアアア!』
五月蝿い銃弾の嵐が聴覚を痛めつける。
人質は耳を塞ぎ、喚き叫ぶ。しかし、その声も銃弾の音で掻き消される。
「クソッ! もういい! やめろ!」
スクルドは攻撃を中断させる。
一斉掃射による銃撃の効果はなく、今もなお風は消えることなく、シャルを中心に渦巻いている。
「近接! 行け!」
近接格闘班がナイフを取り出して動いた。
何人かは風では飛ばされたり、動きを封じられたりした。
それを見てスクルドは訝しんだ。
実の所、銃弾が打ち消されるなら近づいた部下は体を削られるか、切り刻まれるのかと考えていた。
だが部下二人は風を掻い潜って、シャルの下に辿り着いた。
──ただ風なのか? なら銃弾は?
部下はシャルへとナイフを突き立てようとする。
「来るなあぁぁぁ!」
シャルが叫び二人へと手の平を向ける。
風は強なり、二人を正面から叩く。二人は後ろへとたたらを踏むが、なんとか耐た。
「ふっ飛べぇぇぇ!」
すると二人は壁へと勢いよく叩きつけられる。
「ぐっ」、「がっ」と二人は苦悶の声を出した。
「舐めんな!」
一人のテロリストがシャルの後頭部へパールを叩きつけよと飛び込む。
それもシャルは振り向くこともなく、風で襲撃者を高い天井へと叩きつける。
そして、べちゃりと音を立てて、テロリストは床へと衝突する。
周囲の部下も次々と風で天井へと飛ばされる。
仲間達が落下するテロリストを助けようとするが、横からの暴風がテロリスト達を弾く。
「なんだ、この風!」
その後、テロリスト達は色々な角度で攻略を試す。
けれどもどれも駄目だった。
最後にはスクルドだけが残った。
「とんだ厄介な嬢ちゃんだ。さっさと
「……っる……な……」
「あん?」
俯いたシャルは顔を上げ、スクルドに恨みの視線を向ける。その瞳には怒りと怨嗟が混じり合っていた。
その瞳にスクルドは胸を掴まれたような錯覚を覚えた。今までそういった瞳を向けられたことは多々あった。だが、今、シャルの目は
「……ゆるさない」
「テメエの許しなんていらねえんだよ!」
スクルドは吠え、足に力を込めて駆けた。
ナイフを逆手に持ち、シャルへと駆け寄る。
「くたばれや!」
シャルは右手を左から右へと水平に移動させる。
「ぶあっ!」
スクルドがバランスを崩し、床に倒れる。
──何が?
風に吹き飛ばされたわけではない。
ただ、バランスを崩した。
スクルドは立ち上がろうとする。しかし、脚が地面を掴めない。
どういうことだと脚を見ると、
「う、わっ、アアアァァァ!」
「……五月蝿い」
シャルはパーティー会場のテーブルを風で上へと巻き上げて、スクルドに向けて落とした。
落下したテーブルに頭を打たれてスクルドは気絶した。
シャルはもう一度テーブルを巻き上げようとする。
「もう大丈夫よ」
声の方へと顔を向けると、そこにはアビーがいた。
「もう終わったの」
そこでようやくシャルは正気に戻った。
周りに目を向けると、まるで台風が通った後のように床は傷つき、抉られている。物は壊され破片となり、そこかしこに散らばっている。そしてテロリスト達はあちこちに散らばり、ボロ雑巾のように転がっている。
アビーは笑い、膝から崩れ落ちる。
それをシャルが抱きかかえる。
「アビー、しっかりして? 誰か? 救急車を」
人質の一人が動き、携帯で警察へ連絡し、現状を話す。
「ねえ、あなた、回復魔法は使えないの?」
女性の人質がシャルに聞く。服装から都庁ビルの女性職員だろう。
「私、水魔法のオーンとリ・セル・エルしか使えません」
「リ・セル・エルって治癒魔法よ」
「え? 豆苗を育てる魔法だって」
「? 豆苗? 違うわよ。治癒魔法よ。ほら使って」
シャルは魔法で習ったばかりの魔法リ・セル・エルをアビーの傷口へと使う。
桃色の光がアビーの傷口を癒す。
女性職員が言うように回復魔法だった。
「そのくらいでいいはずよ。それ以上は相手の体に悪影響を与えるわ」
「はい」
そして回復魔法止めた瞬間、どっと疲れが訪れ、シャルは力なく倒れる。
「ちょっと、あなた、大丈夫?」
女性職員は声をかけるもシャルは力付きていて返事ができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます