第33話 交渉②

 ロゼが竜巻を起こした時間まで時を少しさかのぼる。

 都庁ビルから竜巻を目視したテロリストの一人がボスのスクルドに慌てて報告する。


「ボス、竜巻です。魔女でしょうか?」

「さあな。でも、やっこさんの可能性も高いかもな」

「計画では魔女は踏み込まないのでは?」

 部下が怯えて聞く。


「あん? 踏み込んでないだろ?」

「で、でも、今から……」


 五月蝿い部下をスクルドはひと睨みで黙らせる。


「基本、テロには警察が現場指揮を取るんだ。それに今回は魔法省に一つ、首を突っ込ませたんだ。今ごろ指揮系統は魔法省に移っているだろう」

「で、でも魔女は7階の来賓室を利用してたとか」

 部下はシャルに目を向けつつ答える。


「その魔女はいなかっただろ?」


 そろそろ鬱陶しくなってきたのか語尾が荒くなってきた。


「そ、そっすね。すみません」


 萎縮した部下は謝罪し、持ち場へと戻る。

 だが、確かにおかしかった。事前情報では魔女は都庁ビルには立ち寄るとは聞いていない。


 ──裏切ったか?


 いや、結果的には現在、魔女は都庁ビルにはいない。けれど、もしいたならば、どうなっていたのか?


 もちろん、魔女に太刀打ちなど出来ない。これだけ武装しても、せいぜい自分達は子供の様にあしらわれておしまいだ。


わたくし、魔女リネットさんからご指導頂いておりますのよ」

 アビーが部屋に響く声で告げた。


「誰が喋っていいと言った?」

 スクルドが凄む。


 アビーは何食わぬ顔でそっぽを向く。


「魔女が助けにくると? 残念だが管轄が違うんだよ。ここは都庁ビルでここにいる俺達は魔法を使わないテロリストだ。お前が魔女の弟子だろうが生徒だろうがな


 スクルドは拳銃を取り出して、銃口をアビーの額に押し付ける。


 周りの人質は息を呑んで固まる。

 隣のシャルは怯えて、目を瞑っている。


「でも先程、魔法省にと言いましたよね?」

「それはお前という大臣の娘がいるからだよ。それに外では魔法のドンパチがあるらしいな」


 苛立ちを込めてスクルドはぐりぐりと銃口をアビーの額に押し付ける。

 アビーは痛がっているのか、鬱陶しがっているのか眉を歪めている。


 そこへノートパソコンを操作している部下が、


「ボス、サツから連絡です」

「繋げろ」

「了解」


 部下はノートパソコンのキーを叩き、受話器をスクルドへと手渡す。


「もしもし」

交渉人ネゴシエーターのシルフだ。君達の要求を飲む形で話は進んでいる』

「そいつは早い判断だ。うれしいね」

『メイザー大臣も辞任をすると言っている』

「いいね」

『だから……人質を解放してくれ』

「何馬鹿言ってんだ。ほいほいと解放したら約束放棄して捕まえにくるだろうが」

『全員とは言わん。半数でもいい』

「なら、まずは我がリーダーと仲間達の解放といこうか」

『それには時間がかかる。せめて大臣の辞任会見で人質を……』

「舐めてんのか?」


 スクルドがドスの聞いた声を発する。


『……』

「お前、警察のシルフと言ったよな? おかしいな? どうして魔法省じゃないんだ?」

『お前達はテロリストだろ? なら警察が──』


 ダン!


「きゃあああ!」、「いやあああ!」


 拳銃の発砲音と悲鳴がシルフの言葉を止めた。


「俺達のボスとお仲間は魔法省の案件だろ?」


 ただのテロなら警察の案件。しかし、魔法排斥運動と魔法省を狙ったテロの場合は魔法省の案件。これまでマンドリガルドのリーダーや仲間達は警察ではなく魔法省側に捕まったと言えるのだ。


「なあ、時間稼ぎしてねえか?」

『嘘ではない』


 とシルフは言うが、スクルドにはその声音で相手が嘘をついていると見抜いていた。


「まず会見をしてもらわねえとな」

『…………分かった。会見を行う』

「楽しみしている」

 と言いスクルドは通話を切った。


  ◇ ◇ ◇


「大臣だけでなく都知事も辞任の会見を行うべきでは?」

「わ、私もかね。でも、向こうの要求に私のことは触れていなかったぞ」

「都庁ビルが占拠されたんですよ。なら、ここは相手がこちらが意を汲んだと思わせるように都知事も辞任会見した方が良いのでは?」

「し、しかしだね」

 と都知事は渋る。


「知事」と秘書が都知事を呼び、耳打ちで「どうせ責任を取らされると思いますよ。ここで潔く民衆のために責任を取れば好感が得られるかと」

「そ、そうかね?」


 秘書は強く頷いた。


「う、うむ。わかった。私も大臣と共に辞任会見をしよう」

「では、辞任会見の手配、宜しくお願いします。問題は……」

「リーダーとその仲間達だな」

 とメイザー大臣は重く告げる。


 はっきり言って無理な話だ。魔法大臣とはいえ、勝手に進めることは出来ない。


「そういえば、あいつらこれは警察でなく魔法省の案件だのと言っていたよな?」


 署長が疑問を投げる。


「……確かに、このテロはどちらかというと魔法省の案件です。でも、今ここには魔法省からは大臣と秘書しかいません」

「大臣、他はこの島には?」

 署長は大臣に聞く。


「他は人質に……」

「ふむ。なら、どうして魔法省が指揮を取っていると?」


 と、そこへ大臣の秘書が小機の受話器を持ちながらやって来た。


「メイザー様、大変です。魔法省から大臣の辞任は駄目だとのお達しが!」

「? どういうことだ」


 大臣は秘書から受話器を取り、


「辞任するなとは何様だ。私は──」

『メイザー君。私だ。レオハルトだ』

「そ、総理!」


 メイザー大臣の言葉でその場の全員が止まった。メイザー大臣は手でスピーカーにするよう秘書に指示する。


『我が国はテロには屈しない。メイザー君、いいかい。もし彼等不安分子を解き放てば被害は増える。さらに他のテロリスト達も増長し、テロの誘発にもなるだろう』

「し、しかし」

『人質にただの一般市民はいるのかい?』

「それは……」

「総理、横からすみません。交渉人のシルフです」


 シルフは別の受話器から総理に語りかける。


「人質に一般市民はいますよ。名前はシャーロット・オレアナ・トムソンさんです」

『動画の子だろ』

 総理は間髪入れずに告げる。


「えっ、ええ、そうです」

 シルフは驚きながら肯定する。


『彼女は普通の一般市民かね?』

「それはどういう意味で?」

『なんでも魔女の同居人だそうではないか』

「でも一般市民です」

『話によると彼女はサタノティアという疑惑らしいとか?』


 その情報はシルフは知らなかった。目で都知事に聞く。


「あくまで噂だ」

 と都知事は言う。


『世論もそんな子を助けるべきかと疑問視しているぞ?』

「世論?」

『ネットを見ていないのかね?』


 すぐにシルフは部下にネットからの情報を集めさせた。


「総理、人質を見殺しにするのですか? 仮に一般市民はいなくともパーティー参加者は経済、財政、貿易等の物流の重鎮ですよ」

 とメイザー大臣は告げる。


『重鎮がどうした? 国民の安全が最優先ではないか?』

 と言い総理は笑った。


「え?」


 普通ならそういった重鎮を慮って事を進めるのに今日に限って総理は見限ったかのような発言にメイザー大臣は不思議に感じた。


 ──待てよ。そういえば、思い返すと反総理派が多かった気がする。


 魔法省は他の省とは違い、ほぼ独立した省であり、大臣の任命も議員からではなく省内から選出される。

 それゆえ、今日のパーティー出席者が内閣との仲が悪かろうが魔法省は知った事ではないのだ。


『いいかね。メイザー君。我が国は決してテロには屈しない、だ』


 そして通話は向こうから切られた。


「大臣、どうするんですか? まさか特殊部隊を突入ですか?」


 そうなれば明らかに人質に被害は出るだろう。

 だが、総理はそれを望んでいるようだ。

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