第32話 魔女

 マサはトドメの一撃と呪文を唱えて、先程よりも強力な稲妻を放つ。

 が、稲妻はロゼを捉えることなく、地面に当たる。


 ──!?


 狙いを外したわけではない。。ただ、そこにロゼの姿がいなかったのだ。


 ──どこに?


 そこでマサは反射的に後退した。それは危機を察知してではなく、蓄積された経験がマサの体を動かしたのだ。

 先程までマサがいた地面に魔弾が上空から振り落ち、地面を割り、破片を弾かせた。


「な!?」

「ほう。あれを躱すか。なかなかだな」


 どこか上からの物言いにマサは空を見上げた。

 そこには気絶したロゼを腕に抱えた女がいた。

 白シャツに黒のパンツの女が。


「魔女リネット」

 マサは忌々しく女の名を呟く。


「おや? 私のことをご存知か?」

「そりゃあ、この生業で魔女を知らねえ奴はいねえよ」


 魔女。それは魔法省の戦闘部隊より厄介な存在。それは強いわけではない。戦闘力でいうなら魔法省側の方が上。ただ──なだけ。そして同業者の中で一度も魔女を倒したという話も聞かない。せいぜい出くわして逃げ切ったくらいだろうか。


 ロゼを抱えたリネットが地面にゆっくり着くと、


「なんて手品マジックだ?」

「ただの魔法マジックだ」

 マサの問いにリネットは即答する。


 まるで分かっていたかのように。


 マサは敵意の視線をリネットに投げる。それをリネットは涼しげな顔で受け流す。


「ノリはどうした?」


 ノリとはマサの相棒。まだ頼りないが狂気性と粘着性はマサなみにある。こそこそと小さく、狡賢く立ち回り、面倒事を得意とする奴だ。


「もしかして、この杖の持ち主か?」


 リネットは白い杖を取り出して、それをマサの足元へと放り投げる。

 白い杖には紫と緑の紋様が刻印されている。

 それはノリが普段から使用している杖だった。


「そうかい。やられたか」


 別段落ち込んだ様子を見せないマサ。大きな依頼となるとそれくらいは常に覚悟していたから。だが──。


「にしても早くないか?」


 ノリの相手はだ。警察や魔法省の相手ではない。そして自身を被害者ぶって立ち回るから、なおのこと厄介。

 そんな小狡く立ち回るやつをどのようにして見つけ、倒したのか。

 もし運悪くかち合ってノリだって魔女を相手にするほど馬鹿ではない。


「相性かな?」

「どんな相性だよ?」

「なあに、人の流れを誘導している奴がいるなと気付いただけさ」

 ことも簡単にリネットは言う。


 しかし、数多くいる被害者から加害者を見つけるのは至難のはず。ましてやここは本土ではなく、魔法使いの多い島だ。魔力探知でどうにかするのは難しいはず。


「で、どうして俺を? 都庁ビルはいいのか?」

「現場指揮権はにあるからね」

「おいおい、それならだろ?」

「いいや、お前達は別だ」


 その返答にマサは眉を歪める。


「どうしてだ?」

「お前は魔法省からの一級指名手配犯だからな」

「まじかよ。いつの間に二級から一級に上がってたんだよ」


 無敗からの陥落で下がるならまだしも、負けて上がるなんて滑稽だ。


「というわけだ」


 リネットは左手を伸ばそうとする。

 けれどその前にマサがステッキを取り出し、先手を打つ。


「サーマンダラ!」


 礫のような赤い魔石が付いた先端から爆炎が踊り飛び、リネットを襲う。


 ──やったか?


 炎が消え、確かめるも、焼き焦げたリネットの姿はなかった。


 ──どこに行った?


 マサは魔力感知で左横へステッキを伸ばして呪文を唱える。

 炎は伸び、狙いの場所を燃やす。

 しかし、防御魔法で炎は掻き消された。その代わりリネットの姿が現れた。


「なんだ? 透明化か? 便利なアイテム持ってるな。でも、魔力がびんびん伝わるぞ」

「そうか。ならこれはどうだ」


 リネットはナイフを取り出し、そしてまた透明化した。


 ──透明化して接近? いや、違うな!


 マサはほくそ笑み、次は右横へとステッキを向け、魔法で炎を放つ。

 またしても防御魔法で消され、リネットが現れる。

 だが、その手にはナイフはなかった。


 ──!?


 マサは反射的に後方は飛んだ。

 先程までマサがいた所へナイフが刃先を下にして落ちてきた。


「危ねえ」


 危うく頭頂部にナイフが突き刺さっていた。


「残念だ。なら次はこれだ。アーミラ」


 呪文を唱え、リネットは両手それぞれから光のナイフを生み出す。そしてまた透明化した。


「次は二本かよ」


 マサは魔力を感じ取り、動いた。

 光のナイフが地面に突き刺さる。


 ──やはりか。


 魔女は二本だけでない。透明化しつつ、何本も光の刃を生み出している。

 マサは魔力発生源へと魔法を放つ。

 リネットは防御魔法を展開しつつ、動き回り、光の刃を投げる。


「ならこっちも」


 マサは大量の魔力をステッキに注ぎ込む。


「エル・メル・マンデブ」


 呪文を唱え、地面に魔法を放つ。

 この魔法は範囲系の特大火炎魔法で周囲一帯を燃やすだけでなく、残火を術者が自在に操れるという上級魔法。

 マサはこの魔法でリネットを倒すわけではない。あくまで見つけやすくし、そして残火ですぐ様、攻撃・防御できるようにするため。


「さあ、どこまでか──」


 隠れきれるか、というマサの言葉はで掻き消された。

 爆発は大きく、周囲一帯の大気を震わせた。


  ◇ ◇ ◇


 リネットの魔法は透明化ではなく、認識阻害であった。それによりマサはに気付いてなかったのだ。


 そしてリネットはマサが広範囲系の火炎魔法を使うと分かった瞬間、すぐにから離れた。


 そう。ここは駐車場だったのだ。


 巫女専用更衣室は公園施設内に設置され、更衣室の隣にはスタッフルーム、倉庫、トイレが並んでいる。そのエリアから道を一つ挟んで向こうに駐車場があった。


 ロゼが発生させた竜巻はリリィを遠く移動させるためだけのものではなく、車を集めるためでもあったのだ。


 この時のロゼはマサが認識阻害を受けているとは知らなかった。車があると盾にもなるし、身を隠すことも可能。勿論、相手は強力な火炎魔法でガソリンを引火させて爆発を作り、ロゼを倒すことも可能だろう。しかし、もし倒せなかった場合は黒煙を利用されて逃げられるかもしれない。そういう思案を利用してロゼは車を集めた。


 その後はマサが火炎系の魔法から稲妻系の魔法に変えたことにより、車を密集させたエリアへと誘導が可能となった。


 だが、実はマサがロゼの発生させた竜巻を打ち消した頃から、マサはリネットの認識阻害の術中にはまっていた。


 そうとは知らずマサは駐車場内の車が密集しているエリアへとリネットに誘導させられ、さらに言えば広範囲系の火炎魔法を使うように誘導され、そして車のガソリンが引火し爆発。


  ◇ ◇ ◇


 リネットはマサの死を確認した後、ロゼの元へ寄る。ロゼはリリィと共にリネットの魔法で安全な場所へと移動させられていた。


「あいつは?」

 ロゼは声を絞って聞く。


「安心しろ。ちゃんと倒した」

「ありがとうございます」

「ゆっくり休め」

「……はい」

 と返事をしてロゼは目を瞑り、意識を落とした。

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