第31話 ロゼVSマサ

 マサはロゼに土をつけさせられるまで、無敗のマサで通っていた。決して負けることもなく、依頼を遂行する者として裏社会で名を馳せていた。


 それがたった一人の女の子に負け、無敗記録を止められ、かつ依頼に失敗。こんな恥ずべきことがあるだろうか。


 マサは決して油断していたわけではない。


 無敗のマサなんて異名を付けられても、慢心はなかった。浮かれてもいなかった。むしろ年々注意力は強くなる一方であった。無敗であるということをというプレッシャーがマサを苛めたからだ。


 だからあの時も決して油断はしていなかった。些細なことも見逃さず、常に最悪の事態を想定していた。


 けれど、あの時は本当に想定できない異変に遭遇してしまった。

 まさか一人の女の子がに目覚めるとは誰が予想できたか。


 ギフトやテンペストは魔法の才の一つとしてカウントされる。だが、ギフトとテンペストには天と地ほどの差がある。


 ギフトは神からの祝福とされ、膨大な魔力、そして特有の魔法を持つ。感情の起伏によって魔力を高めるテンペストとは全然違う。


 そして大きな違いはギフトは生まれながらの素質であるゆえ、産後の検査によりギフトと認定されるのが常である。


 けれどロゼは特異体質ゆえか産後の検査ではギフトと認定されなく、あの時にギフトととしての才が発露してマサに土をつけることとなった。


 本来は恨むところだが、マサはロゼを恨むことはなかった。むしろ感謝していた。無敗であるということが、依頼に対してどこか手段と目的が入れ替わったかのような思いがしていた。それがロゼに敗れたことによって、肩の荷が落ちて解放された気がするのだ。


 だからこそマサはロゼを倒さなくてはならない。自由になった今こそ、あの時より強いのだと。


 これはみそぎであると。


  ◇ ◇ ◇


「おいおい、嘘だろ? もう終わりか? そんなわけないよな?」

 マサは困ったように言う。


「くっ!」


 ロゼは震える膝に手を付いて、丹田に力を込めて、なんとか立ち上がる。


「そうだよ。そうだよ! それでいい。もっともっとたぎらせてくれよ」

 マサは五月蝿く喚く。


「キモいんだよ」


 ロゼは吐き捨てる様に言い、相手への怒りで自分を奮い立たせる。ちらりと左を向く。そこにはリリィが倒れていた。


 ──相手の狙いは私だけ。ここで戦うとリリィにも怪我を負わせてしまう。


 ロゼは右手首のブレスレットに左手を当て、大量の魔力を注ぐ。


「やる気になってくれたのか? 嬉しいね」

 マサは両手を広げ、恍惚の笑みを向ける。


 ロゼは倒れているリリィへと一気に飛び込む。そして右手を天へと向ける。


「フィヨンルール。全てを巻き込め!」


 ロゼはブレスレットに魔力を注ぎ、呪文を唱える。するとブレスレットが強く光り、風がロゼとリリィを中心に巻き起こる。


 風に巻き込まれたロッカー、長椅子が地面や床、天井にぶつかり五月蝿い音を出す。


 そして風によって壁は砕け、破片は風へと巻き込まれる。


 マサは暴風に巻き込まれないように壁の穴から外へ出る。その顔には恐怖も驚きもなく、ただ喜色満面であった。まるで望んでいたものに出会えたような。


 風はさらに轟音を出して、更に成長する。


 成長した風は竜巻となり、更衣室を破壊する。


「ヒャッハー、こいつはすげえな! ……でも、それじゃあ、まだまだだぜ!」


 マサは懐から特注と加工魔石を出す。それはダイヤのようにカットされた深紅の加工魔石。


 そしてそれにマサは魔力を大量に流し込む。

 体力が失われた感覚に襲われる。だが、この程度は問題ない。


 そして竜巻が弱まったところで、

「ヒュドラ・マ・ベガート!」


 呪文を唱えると深紅の加工魔石の内に白い紋様が光る。マサは深紅の加工魔石を竜巻へと投げる。加工魔石は竜巻に当たると大爆発を起こした。マサの魔法による膨らんだ爆風が、細長い竜巻を巻き込む。


 だが、竜巻はまだ消えなかった。消えない限り、中の術者がいる限り竜巻は発生し続ける。


 けれどマサはほんの一瞬、開いた穴を見逃さなかった。

 その穴へと駆け込み、中へ入る。


「ッラァー!」


 マサの右ストレートがロゼの左頬にヒットし、ロゼは吹っ飛ばされ、竜巻の魔法も消えた。


「ん? もう一人の嬢ちゃんはどうした?」


 しかし、ロゼは左頬を押さえ、何も言わない。

 マサは顎を撫で思案する。


「なるほど、竜巻はあの嬢ちゃんをこっそりと巻き上げて遠くへ運ぶってやつか。一瞬弱まったのも運ばれた嬢ちゃんが地面に叩き落とされないように調整したゆえ、こっちが疎かになったってことか」


 ロゼは返事をしなかった。それは無言の肯定ということだろう。


「さて、次はどうやって俺を喜こ──」


 マサがまだ喋っているにも関わらずロゼは攻撃魔法を放つ。


 光の矢がマサの顔に飛ぶ。


 ギフトのロゼが唯一、他の魔法使いよりアドバンテージが取れる魔法──それが光魔法だった。魔石も呪文、アイテムを必要としない魔力さえあれば即座に発動できる魔法。


 しかし──。


「残念」


 マサは防御魔法で光の矢を防ぐ。


「ちっ!」

 ロゼは舌打ちする。


「戦闘前に防御魔法の展開は基本だろ?」


 正直、ロゼにはもう手札は何もなかった。これで無理ならもうどうするすべもなかった。


「クッソォーーー!」


 ロゼは連続で光の矢を放ち続ける。

 それをマサは避ける。数発は当たるが防御魔法の力でほぼノーダメージ。


「だから無駄だって?」


 マサは懐から光の矢を避けつつ、懐から魔石の付いた指揮棒サイズのステッキを出す。


「ザ・ヴァルゴロ」


 マサが呪文を唱えるとステッキ先端から稲妻がロゼへと伸びる。

 ロゼは横へ飛び、ぎりぎり稲妻をかわす。


 稲妻は地面に当たり、バシュッと音を立てて地面を焦がす。

 周囲に焦げた匂いが立ち込める。


 マサはもう一度、魔法を唱える。


 それを聞いてロゼはもう一度避けようとするが右肩に稲妻が当たった。


 稲妻は右肩からロゼの体に走り回る。


「きゃあああ!」

 ロゼは雄叫びをあげ崩れる。


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