第28話 テロ①

 パレードイベントで大勢の人がごったがえす道の中、右頬から鼻筋へと傷痕の走る男ことマサは喫茶店の二階のルーフバルコニーで獲物を見つけ、ほくそ笑んだ。そして音もなく立ち上がった。


「マサさん、見つけたんすか?」


 若い男は首を伸ばして外の道を見下ろす。

 マサは質問には答えず一階へと下りる。

 一人残された男は「ま、いっか」と心の中で呟き、パンケーキを食べる。


 自分は自分の仕事をするだけ。

 顧客からの注文は至ってシンプル。

 ただパレードの観客を混乱させるだけ。


 マサの行動も最終的にはそこに帰結されるから単独かつ私怨で動いても問題はない。


 もう一度、道を見下ろすとマサがある少女の背を追って人波をすり抜けている。

 男は最後のパンケーキの切れ端を口にいれ、席を立つ。


「こっちも行きますか」


 男はバッグを喫茶店をあとにする。


  ◇ ◇ ◇


 それから十五分後、男が置き残したバッグが爆発した。現場はカウンター奥の棚。

 忘れ物に気付いたスタッフが他の客の邪魔にならないようカウンター奥の棚に置いたのだ。


 客、店員、そして道を歩く観客達は悲鳴を上げ、逃げる。


 だが、逃げた先からが。


 爆発は一つではなかったのだ。パレード周囲で十を超える爆発が発生。


  ◇ ◇ ◇


「都知事! 大変です! あちこち爆発が!」


 パレード運営局のテントで運営局長は部下からの報告を聞いて都知事に言葉をかける。


「分かっている! しかし、どういうことだ? クロエ、これはテロか?」


 都知事は秘書のクロエに聞く。


「犯行声明は届いておりませんのでわかりません」

「ええい。署長! 早急に観客へ避難指示を出してくれ。それとこの場のもろもろの指揮を頼む」

「わかりました」


 小太りの警察署長は機動隊のテントへと向かう。


「大臣は都庁へ。ここよりか安全の──」


 ──はずという都知事の言葉を爆発音が邪魔をする。

 都知事は次はどことは言わなかった。なぜならその爆発女が背後の都庁からであったから。


 破片がテントへ降り注ぐ。


「知事、大臣、ここは危険です。お下がりください」


 署長が戻ってきて告げる。


「どこにだ?」


 それには署長はすぐには返答できなかった。


  ◇ ◇ ◇


 爆発が起こる少し前、リネットは都知事と別れて屋台を見て回っていた。


 都庁ビルへ戻る前にシャルに土産でもと思い、屋台を見て回っていたのだ。


 そしてベビーカステラの屋台の前で見知った顔を見つけた。


 ロゼだ。


 リネットは声をかけようとしたが辞めた。

 それは友人と談笑しているのを邪魔するのはいけないとかそういうのではない。


 その後ろに問題があった。


 ロゼの少し後ろに頬に傷のある男がいた。

 殺意があるわけでも、そう目立つわけでもない。


 逆に。まるで周囲に意識されないような。


 リネットはそれを異変と認識。

 少し離れたところから注視することにした。


 ロゼの連れがベビーカステラを買い、二人は屋台から離れる。


 そして男も追う。しかしそれは周りには後を追うというより自然に歩を進めているようにしか見えない。誰も男が二人の女の子を追ってるとは勘づかない。それだけ相手の尾行能力が高いということ。


 リネットはロゼ達に声をかけようとした。


 しかしそこで爆発が起こった。


 爆発はベビーカステラの屋台から二つ隣の焼きとうもろこしの屋台からであった。


 悲鳴が上がる。


 さらに爆発音がどこかしらから。それも一つではなくいくつも。

 悲鳴はますます増え、人々は右往左往に逃げる。


 リネットがロゼに声をかけようにも人波の壁に邪魔される。

 男を伺うも、姿はなかった。


「ちっ! 見失った」


  ◇ ◇ ◇


 ロゼ達は逃げたというより人波に押されて歩かされたというべきだろう。

 爆発が発生すると波のベクトルが発生し、まるで誘導されるかのようにロゼ達は進まされる。


「リリィ、これまずくない? このまま人波に流されると危険な気がする」

「でもどうするの?」

「どこか別の道に入りたいんだけど……」


 しかし、人波の中にいては抜け出せない。

 どうにかしないと、と考えているとまた爆発が。

 今度の爆発は3階建ての建物から。3階の窓が割れてガラスの破片が下の群衆へと落ちる。


『きゃあーーー!』


 群衆は悲鳴を上げる。


「あぶない!」


 リリィは魔法で風を発動させ、舞い落ちる破片を壁へ叩きつける。

 群衆は少し落ち着いたのか足を止める。

 それに人波のスピードも和らいだ。


「リリィ、それよ!」

「え?」


 ロゼは右手首に嵌めた魔道具の一つであるブレスレットを使い、風魔法を生み出す。人波の頭上に風を起こさせる。

 頭の上で風が吹き、人々は頭を少し下げ、それにより足のスピードも落ちた。さらに隙間も増えた。


「よし。こっちよ!」


 ロゼはリリィの手を掴み、人々の隙間をかいくぐって人数ひとかずの少ないエリアに辿り着く。


「ここなら人も少ないし安全かな?」

「あっ! あそこなら安全かも」

「どこ?」

「こっち」


 と今度はリリィがロゼを案内する。


  ◇ ◇ ◇


 リリィが案内したのはパレード会場から離れた巫女専用更衣室だった。


「ここは今、人がいないから」

「ナイスアイデアね。落ち着くまでここにいましょ」


 だが──。


 爆発が巫女専用更衣室の壁を破壊した。

 音が先か衝撃が先かそれは分からなかった。同時の気もした。


 ロゼ達は反対側の壁に吹き飛ばされた。

 煙が更衣室を支配する。


「うっ!」


 ロゼはゆっくりと目を開け、何が起こったのか確認する。

 向こう側の壁が破壊されギザギザの大穴が開いていた。

 その向こうから人型のシルエットが。


「誰?」


 ロゼはうめき声を出した。

 リリィはと目を配ると少し離れたところに横になって倒れていた。


「……リ、リィ」


 ロゼが声をかけるも気絶しているのか返事がない。

 ただし、別の声がロゼに向かって発せられる。


「よう、子猫ちゃん。久しぶりだな」


 ロゼはシルエットを睨む。


「誰?」

「おいおい、忘れたとは言わせないぜ」


 土煙が霧散し、男の姿が現れた。


「あ、あんたは!? マサ・ヘルナンデス」


 その男はかつてロゼを襲ったテロリストだった。正確にはロゼは無作為に選ばれたターゲットの一人だった。

 そしてロゼが初めて魔法を使い、倒した相手でもあった。そんな奴を忘れることはなかった。


「パレードの爆発、あんたの仕業?」


 ロゼは体の痛みを堪えてゆっくりと立ち上がり、男を睨む。


「残念だが、それは仲間がやったものだ。まあ、俺も手伝ったがな」


 マサはニヤリと笑った。


「喜んでくれたかい?」

「はっ! キモいんだよ!」


 ロゼは吠え、両手を前にして風魔法を発生させる。先程のより強力で人を傷つける危険な風を。

 マナを大量消費させ、強力な魔力を生み出す。

 そしてそれを魔法アイテムのブレスレットに注ぐ。

 すると風が巻き込まれるように集まる。大きくなったところで。ロゼは巻き風、もといトルネードを前方へと飛ばす。


「やった!?」


 けれど、


「ざーんねーん」


 また爆発が発生。


「ぎゃあ!」


 念のために攻撃の後、ロゼは魔法でバリアを張っていたがそれを破壊して爆風がロゼの体を叩く。壁に背中を思いっきり叩きつけられ、ロゼはむせた。

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