第27話 パレード③
リリィは今、巫女衣装の姿で境内にいた。
夏の気温には巫女衣装は暑く、体を動かしていなくても汗が流れる。そしてその汗を巫女衣装が吸って肌へと張り付く。その感触が気持ち悪く、不快指数が昇り苛立つ。
今は面倒な祝詞を終わらせて、神官の一人が聖杖を恭しく両手で待ち、神輿へと乗せているのを巫女らしく立ち振る舞って見守っている。
──これも巫女としての仕事。パレードが終わるまで我慢。でも……ねえ。なんでパレードなんて言うのよ。ただの巡行でしょ。これ。
誰かが優勝したわけでもない。そして誰かが偉業を成し遂げたわけでもない。
このパレードは1600年前に賢者シンジュが厄災ゼタからコルデア島を守り、今のコルデア島の都市部にある祠へ参拝したことを起源とする。
パレードは島南部に暮らす賢者シンジュの子孫であるミルニア一族が代々執り行い、そしてその中心に巫女がいた。
その大役である巫女役を務めるのはミルニア宗家の娘リアであった。
でも今はリアではなく、リアの振りをしたリリィが巫女役を務めている。
リリィが巫女役を務めるようになったのは5年前から。テンペストの才能が出始めてからである。賢者シンジュもテンペストであったためリリィが代わって巫女を務めることになったのだ。
リリィとしては今まで双子でありながら能無しで役立たずな自分がやっと家の役に立って嬉しかったが、役を奪われた姉に恨まれる羽目になり複雑な気分であった。しかも宗家のプライドとして、リリィとしてではなくリアのフリをしなくてはいけなくなった。さらにはきつい労働でもあった。
そういったこともあり、リリィはパレードが嫌いであった。
神輿を町民が担ぎ、衣装を着た幼い子供達を先頭に進む。神官達も列を作り、神輿の後に続き、ミリィもその後ろに続く。
──そもそも都市関係ないじゃない。ただ賢者シンジュが現都市部にある祠に寄ったに過ぎないのに。
当時は都市もなく古びた祠だけがあったのみ。それからしばらくして都市が生まれ、巡行もパレード扱いとなった。
長い行列は楽器を鳴らして進む。
ルートはコルデア島北西部から御旅所へと進み、そこで神輿を安置し、その後で祠へ向かい祈祷。そして最後に中央広場で都知事からのお言葉という聞くという算段になっている。中央広場の後は更衣室で着替え、パーティーに出席。ただリリィはリアと入れ替わり、リアがパーティーへ。リリィは自由行動となっている。
大昔はミルニア町の神社から祠まで進み、Uターンして戻るという簡素なものだったらしい。それが今は距離が短くなり、巡行からパレードと名前が変わり、楽器演奏しながら進まなくてはいけなくなった。
巫女役でもあるリリィも横笛を吹きながら進む。
けれど侮ってはいけない。
そう思うのは自分だけでパレードを見に来た人たちからはきちんと音は聞こえているのだ。
一年目の時、途中で面倒になり出鱈目で演奏したら、それを観客側にいたミルニアの町民が撮影されていて、それを後で見て恥ずかしい思いをした。
家族からは叱責を受け、さらにリアからは強く罵倒され泣いた思い出がある。
──ちゃんとやらなきゃ。宗家の恥にならないように。
でも、たとえどんなに頑張ってそれはリアのものへとなる。
──それでも頑張らないと!
◇ ◇ ◇
長い道を汗を流しつつ進み、やっと目的地の一つである御旅所に着いた。
男衆達が神輿を担いだまま社へと入る。
神輿は中で安置され、後日に元の場所へと移動させられる。その時もまた巫女としてリリィは借り出される。
男衆達が戻り、今度は祠へと向かう。
祠は御旅所のある敷地の奥にあり、遠くはない。
ただ敷地の奥は丘となっていて坂道を登らないといけない。
──あともう
御旅所から祠までは楽器演奏はない。空いた手で額の汗を拭いたいがそれはNG。
巫女たるもの悠然と凛々しく歩かなくてはいけない。それは巫女だけではなく他の皆もそうである。だが巫女は他とは違い特別なもの。ゆえに他よりも周りの目が厳しい。
神主を先頭とした巡行は祠に着き、全員の一礼の後、神主による祝詞が始まる。
リリィ達は手を合わせ、心を無にして黙祷する。
◇ ◇ ◇
祠の後は中央広場のパレード会場にリリィ達は向かわされた。
吹奏楽部による演奏。そして演奏の後にどこか遠くから祝砲の音が。
都知事と魔法省の大臣からお言葉を頂き、解散となった。
パレードは終わったが祭りはまだまだ続く。
中央広場の会場からは色々な催しがなされ、夕方18時に終わりが告げられる。
それまでの間は中央広場周辺の屋台は賑わっている。
リリィは祝辞の後、巫女専用更衣室で着替え、ロゼと共に屋台を回る約束をしている。
◇ ◇ ◇
巫女専用の更衣室でリリィは巫女装束を脱ぐ。
そしてタオルで肌を拭き、制汗スプレーを脇にかける。
「ふう〜」
スプレー音と吐息が交わる。
外出着に着替え終わったところでノック音が鳴る。
「どうぞ」
ドアが開かれ、双子の姉リアとお付きが更衣室に入ってきた。
「お疲れ様、リリィ」
労われたリリィは会釈して返答する。
「次は私の仕事ね」
とリアは嫌々そうに言うが、リリィからするとパーティーなんておしゃべりするだけで楽そうに見える。
「あら? こう見えてパーティーも大変なのよ」
自分の心を読まれたみたいでリリィは驚いた。
「若作りしたおばさんにおべっかを言ったり、
「それは…………無理かな」
「でしょ。精神的につらいのよ」
でもリアは普段から猫を被っているようなものだから平気ではとリリィは考えるも口にはしなかった。
「じゃあ私、行くね」
「ロゼさんと屋台まわりでしたっけ?」
「うん」
「ベビーカステラよろしくね」
「……分かった」
そしてリリィはお付きに会釈して更衣室を出た。
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