第26話 パレード②

 アビーは控え室を出て、控え室の下、16階の廊下をあてもなく歩いていた。16階はメイザー家のために更衣室と休憩室があてがわれている。


 コツコツとヒールを鳴らせて廊下を歩いているとケータイの着信音が鳴った。


 相手は母からであった。

 窓際に移動してから通話ボタンをタップ。


「もしもし」

『どう?』


 久々である母の第一声がそれであった。

 アビーは問われて何がどうなのかさっぱり分からなかった。

 パレードかパーティーか、はたまた島での生活か。


「どうとは?」

『ドレスよ。キツくない?』


 ──ドレスか。


 アビーは心の中で溜め息を吐き、

「少しキツいわね」

『太ったの?』


 嘲笑が聞こえ、アビーはイラついた。


「成長よ」

『どこらへんが?』


 小馬鹿にするような質問。


「胸が窮屈ね」

『アンダーが?』

「違うわよ。話はそれだけ?」

『パレードは? パーティーは?』

「どっちもまだよ。予定時間知ってるでしょ?」

『参加してないのに知るわけないじゃないの』

「え? 急遽行けなくなったんだよね?」


 先日、急用ができ、さらに日付も被っているとか。


『えっ、ええ。でも、時間は詳しく聞いてなかったから』

 と空々しくアビーの母は言う。


 内心、絶対嘘だなと思いつつ、

「あと少しでパレード。その後、パーティーよ。お父様はパレードの来賓席へ。私は別室でパレードを見るの?」

『あら? お父様と一緒にパレードを見るのではなくて?』

「隣に座るのはお母様の役目でしょ?」

『貴女に譲るわ』

「結構よ」

 アビーは即答した。


『彼は今、何してる?』

「都知事と歓談中よ」


 そこには師であるリネットもいるのだがきっといい顔しないと考えて黙っておくことにした。


『そう。それでそこは安全なの? 最近、反魔法派がわめいているでしょ?』

「……ええ。たぶん」

『曖昧ねえ』

「警備システムなんて知らないわよ」

『でも護衛の数とかさ』

「ああ。それなら多いんじゃない? お父様もいることだしボディーガードも多いわ」

『なら安心ね』

「お母様が来なかったわけはそれなの?」

『いいえ。本当、急用ができて』

「何の急用なの?」

『もう時間だから切るわね』

 と一方的に通話は切られた。


「雑なはぐらかし方ね」


 アビーは溜め息を混じりに言葉を吐いた。


「さて、これからどうしましょ?」


 パレードまでまだ時間はある。


 ──お父様はお話中ですし、別室にでも戻りましょうか?


 エレベーターに乗り、ボタン3階のボタンを押そうとしたところで、


 ──そういえば、7階の来賓室にシャルがいると先生は言っていたっけ。


 アビーは3階でなく7階のボタンを押した。


  ◇ ◇ ◇


 7階の来賓室から眺める中央広場には多くの人がパレードを見ようとぎゅうぎゅうに集まっているのが分かる。外は暑い。そこに人の熱も合わさって相当暑いであろう。


 それをクーラーの効いた来賓室でシャルはぼんやりと窓際に立って見下ろしていた。


 そこへドアがノックされた。

 誰だろうか。

 リネットならわざわざノックはしないはず。


「はーい。なんでしょうか?」


 そう声を発し、ドアを開けようと近付く。

 ドアノブに手を伸ばしたところで向こうからドアが開かれた。


「こんにちは」

「アビー!」


 ドアを開けたのアビーだった。

 リネットに会いに来たのだろうか。だとすると行き違いだ。


「あ、リネットさんでしたら」

「知ってるわ。今はお父様と都知事と歓談中よ。だから、ここに来たのよ」


 ということはリネットではなくシャルに会いに来たということ。


 しかし、自分に何の用だろうかとシャルは考える。

 思い当たるのは一つ。編入試験の合否だろうか。


「どうぞ中へ」


 シャルは部屋の中へとアビーを勧める。そしてカップに紅茶を淹れて、茶菓子と共にテーブルに置く。


「どうぞ」

「ありがとう」


 アビーが紅茶を飲み、それに釣られてシャルも一口飲む。


 ──おいしい。うちのと全然違う。


 やはり都知事の客ということもあってか高級な茶葉を使っているのだろう。


「パレードは初めて?」

「うん。ここのパレードは初めて」


 と言ってもシャルの知るパレードはテーマパークパレード。


「あら。私と同じね」

「そうなの? 前に観に来たことないの? 大臣の娘だから呼ばれたりとか」

「いつもは母よ。で、今回は私が」

「お母さんは来てないの?」

「用が出来たのですって。それでてい良く私に押し付けただけでしょうね」

「へ、へえ大変ですね」


 シャルは反応に困り、愛想笑いした。


「本当、大臣の娘というのも大変よ」

 とアビーは溜め息混じりに答える。


「そちらも魔女と一緒に暮らしてるってだけで色眼鏡で見られない?」

「そんなことはありませんよ。特別視なんて全然」


 シャルは首を振って否定する。


「それに私、編入試験落ちましたし。特別視なんて……」


 アビーは思案するように一口紅茶を含む。


「どうして落ちたか心当たりは?」

「んん〜、やはり実技試験ですかね? 上手く魔石を光らせませんでしたし、割っちゃいましたし」


 シャルは作り笑いをする。


 割った。その言葉をアビーは心の中で呟く。


「試験用の魔石を割った時、どんな感じだったので?」

「ああー、上手く覚えていません。なんていうか焦っていたというか。すみません」

「そう。をリネットさんは何か言ってました?」

「いえ、何も」


 アビーは顎に指を当てる。

 もしかしてリネットは試験用魔石が割れることの問題をシャルに告げていないのではと。さらにサタノティア疑惑についても言及していないのではとアビーは考えた。


「サタノティアについて何か知っています?」

「サタノティアですか? 確か危険な才能でしたっけ? それが何か?」

「……いえ。今日のパレードって賢者シンジュが厄災ゼタからこの島を守ったとか。それでその厄災ゼタがサタノティアだっていう伝説があるらしいわよ」

「へえ、そうなんですか? ゼタって自然災害って聞きましたけど」

「きっと擬人化したのでしょうね」


 アビーはそう言って肩を竦める。


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