第22話 魔法修得①

 昨夜、リネットから「明日は魔法を教えてやる」と言われてシャルは朝食後、工房に入った。リネットは木製のステッキを持っていて、


「そこに座るように」


 とステッキで椅子を指す。


「今日は水魔法を教える」

「水……ですか?」


 魔法といえば火や雷を思い描くので、つい期待外れの声を漏らした。


「水は安全だからな。といっても完全に安全というわけではない。ただ初心者には優しいものなんだよ」

「なるほど」


 テーブルにはもう一本木製のステッキがある。シャルの視線に気付いたのかリネットは、


「今日はこの杖を使って魔法の練習だ」

「杖?」


 一般的に魔法の杖というと腰ほどの長さの杖だったはず。今、あるのは演奏で指揮者が使う指示棒ほどの長さだ。


「これでも立派な魔法の杖さ。杖にも色々あるが教育用としてはこれぐらいの長さの杖を使用するんだ。アルビアでも教職員生徒は皆、この杖を使用する」

「そうなんですか」

「では見本を見せよう。杖の先をよく見るように」


 そして一拍置き、『オーン』と唱える。

 リネットが持つ杖の先を見ると小さな水滴が現れる。その水滴は徐々に大きく膨らみ、そしてボウルの上へと落ちた。


「……なんかしょぼくないですか? あと『オーン』というのは呪文ですか?」

「あのな、初心者に危険な魔法は駄目だろ?」

「そうですね。火とか…………とか危険ですもんね」


 シャルは苦笑いして言う。

 リネットは一度目を瞑り、


「次に呪文についてだが、先程私が唱えた呪文を発音しても魔法は発動しないぞ」

「できないんですか?」


 意外という顔をするシャル。


「ああ。発音だけ魔法が習得できるわけないだろ?」


 リネットは当然だろというていで言う。確かに呪文を唱えるだけで魔法が使えるなら学校に行く必要もない。


「それじゃあ、どうすれば?」

「呪文を。額を出しな」


 シャルは前髪をかき上げて額を出す。そこにリネットは右手人差し指と中指の先を当てる。指先はひんやりしていて、額に触れた瞬間、ぞわりとした。


「『オーン、オーン、オーン』、ほら君も」

「はい。『オーン、オーン、オーン』」

「……いいだろう」


 リネットは指先を額から離す。


「え!? これで終わりですか?」


 シャルは額をさすりながら聞いた。


「終わりだ。これで君に水魔法の呪文を叩き込んだ」

「叩き……込んだ?」

「呪文は使用者が習得者の脳に伝えることで受け継がせるんだ」

「では私も受け継いだと」

「ああ。じゃあ、そこの杖で私がやったように水魔法を発動させな」

「はい」


 シャルは頷き、テーブルの上にあるもう一本の杖を掴み、水魔法を。


 ──まずはマナを固めて魔力に。


 マナはこの世界全て万物に備わっている生の力。もしくは存在の力とも言われる。それをこの物質世界の理に当て嵌めてエネルギー化させたものが魔力。


「『オーン!』」


 すると杖先から水滴が生まれる。


「もう一度」

「『オーン!』」


 二度唱えると水滴は膨らみ、そして杖先からボウルの中へぽたりと落ちる。


「出来ました」


 シャルは一発で出来た喜びをリネットに向けた。それにリネットは失笑した。魔力生成が出来るなら水滴程度は苦もないこと。


「これで私も水魔法使いに!?」

「調子に乗るな。今、教えた呪文は基礎中の基礎だ。高度な魔法は熟練者にならないと叩き込めん」

「なるほど。……それで『オーン』とは水という意味ですか?」


 リネットは首を振り、


「正確には母音の『オ』だ。それが水という意味だ。それゆえ『オ』だけでも水を出すことができる」

「じゃあ、なんでオーンなんですか?」

「『オ』だけだと間違って他の魔法が出てしまうかな。例えば『オゥ』と言ってしまうと最後の『ゥ』が重視されてしまうと火が生まれてしまうからな」

「ということは『ウ』が火なんですね」

「そうだ。『ア』が土、『イ』が雷、『ウ』が火、『エ』が風、『オ』が水魔法の母音だ」

「『エアー』だとどうなるんです?」


 エアーなら『エ』が風で『ア』が土である。この場合はどちらが重視されるのか。


「『ア』だな。ただ、『エアロ』なら風だ。さて、次の練習はこれだ。オーン」


 リネットは先程と同じ様に杖先から水滴を作る。だが先程と違うのはその水滴は膨らみ続けて


 水滴はボールほどの大きさになる。それは落ちることなく杖先に着いている。


「今度は水滴を落とさずにこれくらいの大きさにするんだ」

「……わ、分かりました」


  ◇ ◇ ◇


「ううぅ〜」


 リネットにやるように言われてから何度も試すも全く膨らませることなく水滴は落ちていく。


「どうしてぇ?」


 シャルはヒントを求めてちらりとリネットを伺う。しかし、リネットは何も教えてくれずに目で続けろと言う。

 仕方なしにシャルはもう一度、杖先に水滴を作る。


「『オーン』」


 呪文を唱えて膨らませる。


 ──落ちるな! 落ちるな!


 しかし、無常にも水滴は大きくならず、下のボウルの中に落ちる。

 先程からずっとこの調子だ。水滴を生み出してもすぐに落ちてしまう。


「むぅ〜難しいですよ」


 シャルは唇を尖らす。


「呪文を意識して。なんなら『オーン』でなく『オオ』でもいいぞ。それと魔力を途切らせずように」


 やっと現れたリネットのヒントにシャルは、「はい!」と強く返事した。


「『オオ!』」


 次は『オーン』でなく『オオ』と発音した。


 ──途切らせることなく魔力を流し続ける。


 そして杖先の水滴は落ちることなく膨らみ続けた。


「リネットさん! やりま……ああ!」


 シャルがリネットへと顔を向けた瞬間、水滴はボウルの中へと落ちた。


「まあ、いい。次の練習をしよう」


  ◇ ◇ ◇


「豆苗?」


 リネットがまな板の上に豆苗を横向きに置いた。

 そして根から数センチ上の茎を包丁でばっさり切る。そして葉がある茎と根の方を別々の皿の上に置き、根の方を自分とシャルの間に置く。


「この豆苗に魔法をかけて伸ばす」


 豆苗は切ってもまた成長して伸びることが可能で主婦の財布に優しい食材である。

 その豆苗を魔法を使って伸ばすというのだ。


「まず私が手本を見せるから、よく見ておくように」


 と言ってリネットは杖先を切り取られた豆苗へ向ける。


「リ・セル・エル」


 今度は先程より長い呪文だった。


 切り取られた豆苗の周りに桃色の光が生まれる。

 そして豆苗の茎がゆっくりと伸び始める。


「すごーい!」


 シャルは感嘆の声を出した。


 緑の葉が生えるところでリネットは止めた。


「葉は戻ってませんけど?」

「このままやると茎が長く伸びてしまうからな。葉は自然成長で再生させないといけない。勿論、茎がずっと伸びるわけではない。ある程度伸びると葉が生えるんだ」


 リネットは別の豆苗をまな板に置き、茎を切る。そして根の方をシャルへと渡す。


「と、その前に呪文の継承だな」


 水魔法と同じ様にリネットはシャルに新たな呪文を授ける。


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