第21話 ぎくしゃく
今日のシャルは朝から気分が重かった。それは肉体的な起因でなく精神的なもので、
「はあ〜」
大きく溜め息を吐いた。
それで腹の重い物が取れるわけもなく、むしろより強く腹の中のものを認識してしまう。
「おい!」
「うひゃ!」
急に後ろから呼びかけられ、シャルは背を伸ばして驚いた。
「リネットさん、どうしたんですか?」
「今日は私が対応しようか?」
対応。それはマルス商店からの宅配便の受け取り。
定期的にマルス商店からロゼがリネット家にカブに乗って荷物を届けに来る。シャルが来る前まではリネットが受け取っていたが、今はシャルが受け取りをしている。
その受け取りの際に前回は合否結果の話をしていた。そして結果が判明し、今日その合否結果の話をしなくてはならない。
──落ちたなんてどう言えばいいの? それに相手だって、そんなこと言われて何て返せば分かないだろうし。
けど、それをリネットに任せるということは──。
「いえ、全然大丈夫です」
シャルは
「そうか」
リネットはそう言って工房へと向かった。
それを見届けてシャルは自身の頬を挟むようにぱしぱしと叩いた。
「頑張れ、頑張れ」
自分に言い聞かせるように言う。
シャルはサンダルを履き、玄関のドアノブを握る。ドアノブの冷たい温度が手から伝わってくる。息を吐いて、数秒立ち止まる。シャルの体温を吸収してドアノブはすぐ
──よし!
シャルは意を決して、ドアを開けて外に出る。
まだ涼しい空気がシャルの体に当たる。
一歩、一歩、門扉へと近づく。
門扉でじっと待っているとハチの羽音のような音が微かに聞こえる。そしてそれは次第に大きくなる。
──来る。
大きくなった羽音は近くで止まる。後は駆動音が地面を蹴るように鳴る。
来たのはカブに乗ったロゼ。
「シャル、こんにちは」
ロゼがカブから降りて、荷台から宅配便を取り出す。
「うん。こんにちは」
と言って、おはようではないのかなとシャルは考えた。
「こちらにサインを」
「……うん」
ペンでサインを。
いつもとは少し字がぐしゃぐしゃになってしまう。
「はい。どうも」
そしてシャルは宅配便を受け取る。
今日の宅配便は軽くもなく、重くもない中途半端な重量だった。
『あの!』
二人がはもった。
「あっどうぞ」
「いやいや、そちらからどうぞ」
お互いが譲り合う。
「お客様優先だし」
「あっ、えっと、それじゃあ、私からで」
一泊置き。
「実は落ちちゃいました」
「へ、へーそうなんだ」
実は知ってましたとは言えないロゼ。
「で……でも、九月にもあるよ」
そう言っておいて、サタノティアの件で入学ができないのを思い出した。
「うん。今度はそれを受けるつもり」
「えっ!?」
「ん?」
「えっと受けるの?」
「そう……だけど」
「……そうだよね。アッ、アハハハ」
ロゼは乾いた笑みを浮かべる。
「で、そっちは?」
「わ、私、いいよ。大したことないし。それじゃあ」
と言ってロゼはそそくさとカブに乗り、一度シャルに手を振ってから発進。
ロゼが去ってからシャルは思っていたものと違い、不思議な気分だった。
もちろんギクシャクはした。けれど、どこか違和感がある。
合否の件ではないような。
それにロゼは何を聞きたかったのか。
同じ様に合否の件だと考えていたが、違うらしい。
それに九月の試験についても驚いていた。
ロゼの背は消え、カブの音も聞こえなくなった。
「んん? 何だっ……ひゃあ!」
後ろを振り向くとリネットがいて、シャルは声を上げた。
「何を朝から声を上げているんだ。近所迷惑だろ」
「びっくりしましたよ! ど、どうしたんですか?」
「遅いから。何かあったのかなと考えてな」
「いえ、特には」
「そうか」
と言ってリネットは家に戻る。
◇ ◇ ◇
ロゼはマルス商店のバックヤードに戻った。
「ただいま戻りました」
しかし、いつもはいる祖母はいない。仕方ないのでロゼは受領書と置き手紙を祖母の机に置いた。
最後に誰もいないバックヤードに向かって、
「お疲れ様でした」
と声を出して外に出た。
そして囲い壁一つ向こうの母家に向かい、制服に着替える。
忘れ物がないようにと鞄の中身もチェックし終わり、テレビを点けると来週のパレードについて女性レポーターが当日に会場となる中央広場で説明をしていた。
場所は以前シャルに案内したコルフォー通りの奥にある中央広場。その中央広場周辺には駅や役所、中央公民館がある。
「来週か」
ロゼがぽつりと呟いた。
「誰かと行くのかい?」
投げかけられた言葉に驚き、振り返ると祖母がいた。
「どうしてここに?」
「ちょいとね」
祖母の手には紙切れが1枚が握られている。その紙切れは先程のリネット家からの受領書。
「何?」
「アンタ、魔女さんとこの小さいのと知り合いなんだろ?」
この前、魔女と言うなと言っておいて。しかし、今はそれは置いておこう。
「シャルのこと? 知り合いってほど仲が良いわけではないけど」
「あの子、サタノティアって本当かい?」
「…………さあ?」
「聞いてないのかい?」
「聞いてない。今日は編入試験が不合格だったことを聞いた」
「ついでに聞けば良いものを」
「不合格というだけで気まずいのに『あなた、サタノティアなの?』なんて聞けないよ」
「そうかい」と、でも祖母は続いて、「次は聞く様にね」と、釘を刺す。
「まあ、タイミング良ければね」
ロゼは鞄を持って玄関へ向かう。
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