第20話 疑惑

 シャルのもとに合否の通知が届いた日の昼頃、国立魔法学院アルビアでもなぜかシャルの不合格のことが周知のこととなり、生徒達ではその話がもちきりであった。


「なんか騒がしいな」


 しかし、まだ知らされていない生徒がいた。


 その生徒というのが食堂にてリリィを待つロゼであった。


 周りの生徒達は昼食に箸をつけず、口を開けて喋っている。

 少し聞き耳を立てると「怖い」、「魔法省は?」、「前代未聞ね」、「本当のことなら大変ね」、「どうなるの?」という言葉が聞こえるではないか。


(何か事件でもあったのかな?)


 そこへリリィが盆の上に昼食を乗せてやってきた。


「お! 今日のAランチはクリームコロッケ?」

「違うよ。カキフライ。……それよりロゼ、大変だよ!」


 リリィは盆をテーブルに置いて、椅子に座り、ロゼに目を合わせる。その目には驚きと戸惑いの色が。


「何? 事件でもあった? それとも事故?」

「それがね。リネットさんとこのお弟子さん、……シャルちゃんが編入試験落ちたんだって」

「え!? 落ちたの!?」

「しかも落ちた原因がさ……」


 リリィはそこで一旦言葉を止める。


「何々?」

「サタノティアって噂だよ」

「サタノ……ティア。それってアレだよね?」


 リリィは頷く。


「シャルちゃん、テンペストでなくてサタノティアなんだって……」

「いやいや、嘘でしょ。そんなわけないじゃん」


 ロゼは手を振って否定する。

 テンペストが感情の揺れによって発露するなら、サタノティアは負の感情によって発露するもの。


 さらにサタノティアはテンペストとは違い発露する人が少ないということ。


 そして何よりもサタノティアの全てが魔法界の歴史に名を残すものばかりという。ただし英雄や偉人とかでなく悪名として。


「あの子はそんな人間じゃないよ!」


 魔法で犯罪や悪事を働く人間は少なからずいる。でもそういう人間にもサタノティアはいない。サタノティアは本当に特殊で、その存在は国に大きく影響を与える。


 こんなことを言うのは失礼であろうが、それでも否定として言わざるを得ない。


「ありえない。あの子はサタノティアの器じゃない。ごく普通の子だよ。この前まで魔法とは縁遠い生活をして一般人だよ」

「でも、かの有名なアンドレフ男爵もサタノティアが発露するまで気弱かつ神経質な人だったでしょ?」


 アンドレフ男爵。とある封建制度が残る西側諸国の貴族。


 80年ほど前にクーデターを起こし、自分が仕えていた王侯貴族を軒並み捕らえては死刑を執り行い、さらには隣国にも進軍した悪将。その実歴は隣国を吸収し一大国家となり、とある一部民族に対しては虐殺を行ったことで有名。魔法界のみならず一般の歴史にも名を残した人物。


「それは幼少期が弱かったと記録にあるだけで、大人になってからは軍の司令部に所属して、その時に周りの部下や一兵卒達に触発されたのが原因とか」


 アンドレフは友人がいなかった。ゆえに初めて自分を慕う部下や一兵卒達側に親身になった。その結果、一兵卒達の不満がアンドレフ男爵に伝わり、あのような暴挙に出たというのが最近の学者達の見解である。


「でもサタノティアでしょ?」

「う、うん。……いや、でもさ、シャルがサタノティアって……」

「うん。私も信じられない。まあ、あくまで噂だしね」

「そうだよ。噂。デマだよ。それになんで生徒がそんなこと知ってるのさ」

「魔法省繋がりの情報ですわよ」


 と二人の会話に別の声が割って入る。

 ロゼとリリィは驚いて、声の方へ顔を向ける。

 そこには貴族派閥のフーラがいた。


「お隣失礼」


 フーラはロゼの返事も聞かずに隣の席へと座る。


「今、食事中なんだけど」

「にしては箸が動いてませんわね」

「今から食べようとしているの」

「なら食べながら聞いてくださいまし」


 と言うので二人は昼食をとり始める。喋っていたせいか少し冷めていた。


「国立魔法学院アルビアは魔法省の下、運営されているでしょう?」


 ロゼ達は返事をせず箸を進める。フーラは気を悪くした様子はなく続ける。


「ですのでアルビアの情報は魔法省に来るのよ。父が魔法省に勤めておりますので、シャーロットさんの情報は確かですわよ」

「じゃあ、この騒ぎはあんたのせい?」

「まさか!」


 心外だという顔をするフーラ。


「魔法省繋がりのお方は他にも一杯いるでしょうに」


 確かにここの生徒の半分なんて派閥関係なく親が魔法省の人間だ。

 ならフーラではなく他の生徒による情報発信が原因かもしれない。


「それじゃあ本当にサタノティアだって?」

「可能性は大のようですわよ」

「可能性?」

「それって、まだ詳しくは判明してないということ?」


 リリィが聞く。


「ええ。でも試験官は負の力を感じ取ったらしいですわ」

「試験官ってことはこの前の編入試験の?」

「そうです。それで、その実技でサタノティアの片鱗が垣間見れたらしいですわ」

「どんな?」

「残念ながら詳しくは。ただ、魔石がという話は聞いております」

「魔石が……」


 魔石だって物だ。使用し続けるとことはある。だが、魔力を注いでことは滅多でない限りない。

 それこそ一度に大量のマナを注ぐか、相反する属性のマナを注ぐかのどれかである。


 テンペストであれど、ついこの前に魔法の才が発露した子が大量のマナを注げるとは思えない。なら、試験用の魔石とは相反する属性のマナを注いだということ。

 編入試験は発光させること。ならば魔石は光属性のものを使用するばす。そして光属性の真逆といえば……。


「落としただけでしょ」

「いいえ。マナを注いで割れたらしいですわよ。それに割れた魔石から反対の属性のマナが検知されたとか」


 ロゼの問いにフーラは即答する。それにロゼは何か言い返そうとしたが結局言葉が出なかった。


 フーラはそんなロゼをじっと目を向けていた。


「な、なによ?」

「ロゼは魔女さんから、お聞きになっていないのですか?」

「リネットさんはただの客だし。世間話もしないっての」

「そうですの」


 と言ってフーラは席を立ち、ロゼ達から離れていく。


「何なのかしら?」


 リリィはフーラの背が見えなくなってから呟いた。


「探りをいれにきたのでしょ」

「それってロゼがシャルについて何か知ってるかってこと?」

「ご苦労なことね」


 とロゼは肩を落とした。

 シャルが来てからはリネットではなくシャルが荷物を受け取っている。だからリネットとは会話も無ければ顔を合わせてすらいない。


 でも、次の宅配のときシャルと顔を合わせるのだ。

 その時、合否の話になるだろう。

 相手が言わなかったら、こっちから聞かなくてはならない。そう思うと溜め息が漏れてしまう。

 不合格と知ってる人になんて返せばいいのやら。


(不合格なんて知りたくなかったな)


 ロゼにとって不合格のことはサタノティアのことよりも頭の痛い話である。

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