第19話 通知
その日、郵便受けに一通の圧着ハガキが届いていた。
シャルはその圧着ハガキが国立魔法学院アルビア編入試験係からのものと分かると、すぐに合否の通知と悟った。
そして悲しくもハガキ一枚ということで自分の進退についても悟った。
基本的に合格しているなら、入学金、月謝、保険等の書類に、学校行事や授業案内の手引き書、制服や教科書等の購入用書類が入った分厚い封筒が届くのが普通。
それが圧着ハガキ一枚ということは、そういう書類が必要でない方ということ。
つまり、不合格ということである。
シャルはそれが悔しくて、そして悲しくて、しばらくその場にじっとしていた。
◇ ◇ ◇
「あ、……あのう。アルビアから合否の通知が着ました」
工房に入ってシャルは落ち込んだ声でリネットに告げた。
「そうか。で、どうだった?」
リネットは手を止めて尋ねる。魔道具を使っていたのか加工された魔石とアクセサリー、工具の
「あ、まだ、開封してなくて」
シャルは圧着ハガキをリネットに差し向ける。
「開封したまえ」
「……はい」
シャルは圧着ハガキの開封つまみを握り、ゆっくりと
そして『不』の文字が見えて、いっきに気が沈んだ。実の所、シャルは少なからず希望を持っていた。もしかしたらと。しかし、それが一瞬で霧散して、シャルは暗い表情で捲るスピードを上げた。
『不合格』
シャルはハガキの中身をリネットに向けた。
「すみません。落ちました」
やはり自分には魔法なんて高望みだったのか。
縁のない生活をしていた自分がいきなり才能があるなんて出来過ぎた話だったのだ。
(これから私、どうするんだろ? 9月だっけ? 試験があるの?)
シャルはリネットを伺うと、彼女は眉間に皺を寄せて険しい表情をしている。
「本当にすみません。落ちてしまって」
シャルは頭を下げて謝った。
「ん!? 気にするな。しかし、これは一体……」
リネットは額に手ついて悩み込む。
「リネットさん、私、これから……」
「とりあへず親に結果を報告したまえ。これからのことは後で話そう」
「はい」
シャルは弱々しく返事をした。
◇ ◇ ◇
シャルは2階の自室で床に座り携帯電話を見つめていた。
(なんて話せばいいのか?)
母親に連絡しようにもなんて告げればいいのか分からずシャルは思い悩んでいた。
携帯電話の電話帳を開き、登録済みの母親の携帯番号を選び通話ボタンを押すだけ。
しかし、なかなか指を進めることができないでいる。
もう何度目か分からない溜め息を吐きつつ、携帯画面を睨む。
(落ちたって言うだけ。そして九月の入試を受けるって言うだけ。それだけ。それだけ)
なのにシャルはどうしても通話ボタンを押す勇気が足りなかった。
頭の隅では明日でもいいんじゃないという考えがよぎる。
(駄目。今日じゃないと! 話さなきゃあ。しっかりしないと!)
シャルは両手で自身の両頬を叩く。そして何度も深呼吸をする。
(いっちゃえ! いっちゃえ! どうとなれ!)
シャルは通話ボタンを押した。
数回のコール音の後、
『もしもし』
「あ、お母さん、私。その編入試験の結果なんだけど」
『あ!? どうだったの!?』
「落ちちゃったわ」
なるべくシャルは明るく答えた。
『あら、そう』
母の反応はそれだけだった。少し残念そうなだけで、それ以外は何もないようだ。
「九月にね、入試があるんだって。もしかしたらそれを受けるかもしれないって」
『九月に入試なんてあるの?』
「うん。アルビオにはあるらしいの」
『それじゃあ、そっちに残るってこと?』
「うん。たぶんそうなる」
『たぶんって、はっきりしなさいよ。もう!』
母は苛立ちの声を出した。
「だって結果がきたのさっき……なんだし」
『何言ってるの。落ちた時のことを考えておきなさいよ』
「え?」
母の言葉にシャルは驚いた。
『後先のことを考えておかないと駄目でしょ。これからのことしっかりと考えておきなさい。九月に受けるならそっちで勉強しておきなさい。分かった?』
説教口調で母は語る。それがシャルを苛立たせる。
「……うん。リネットさんと話しておく。今後のことが決まったら、また電話する」
『しっかりしなさいよ』
と言われて通話は切れた。
しばらくシャルは携帯画面を見つめていた。それから大きく息を吐いた。お腹辺りに空腹時のような言葉にできない腹騒ぎが。
別に絶対受かるとはいかない。シャルも自信はなかった。けど『落ちた時のことを考えておきなさい』という言葉はショックだった。いくらなんでも落ちた時のことなんて深く考えていなかったのだ。
前提が落ちることではないのだから。
もちろん、落ちたことを考えるのは当然かもしれない。
絶対受かるわけではないのだから。
しかし、それでも、……どこか納得がいかない。
まるで期待はなかったようにも感じられる。自分の行動が初めから否定的のようにも受け取れる。
(そういえば、あまりショックを受けてなかったような?)
母は落ちるのが当然と考えていたのか。
そう思うとシャルは悔しく、そして悲しくなった。
不合格の通知がきたときは流さなかった涙が、今この時に流れ始めた。
◇ ◇ ◇
リネットは不合格についてウィルに連絡をした。
『やあ、君から連絡が来るなんて意外だね』
「シャルが落ちたぞ?」
『落ちた? ……どこから? 階段?』
「とぼけるな。分かるだろ? 編入試験のことだ」
『そんな! まさか!?』
「チッ!」
そのわざとらしい言葉にリネットは舌打ちした。
「なぜ落ちた?」
『いやだなー。僕は試験官でもなければ関係者でもないから、そんなこと分からないよ』
と困った風にウィルは答える。
「学院の編入試験なんて受験した時点で受かっているものだろ?」
そう。国立魔法学院アルビアの編入試験は普通の編入試験とは違い、推薦が必要である。その推薦は学校とかではなく、国や魔法省からの推薦である。それはすなわち、推薦を貰った時点で受かっているようなもの。試験はあくまで形。一応は相手の学力及び魔法能力を知るためのものとして機能している。
『でも絶対ではないだろ?』
そう。確かに絶対ではない。
しかしだ。
「……なら、落ちる理由はなんだ?」
落ちる理由がなければ、それこそ合格のみである。
しかし、シャルが落ちたということは落ちる理由があるということ。
「……サタノティアか?」
『おや? そうなのかい?』
「消去法だ。馬鹿者!」
『ひどいなー』
とウィルは言うもの傷ついた様でもない。
「落とされる理由は基本的に3つだ。推薦の取り消し、家裁もしくは事件性の問題、そしてサタノティアだ」
魔法省が推薦を取り消すわけはなく、家裁に関してもない。
シャルが島へ来る前に起こした案件は解決済み。被害者ぶった者が民事訴訟を考えてはいるがどうみてもこちら側に分がある。なら残すはサタノティアだけである。
『ならサタノティアの可能性があったのかな?』
「……」
『ねえ、どうなの?』
ウィルの声のトーンが変わった。低く、暗く、圧を含んだものに。
「分からんな! しかし、お前達があの子をサタノティアだというなら、それを証明してみろ」
『君が言ったんだろ? サタノティアって?』
「だから消去法だと言ってるだろ! アルビアがサタノティアと判断したということは魔法省もそう判断したということだろ?」
国立魔法学院アルビアは文科省の
さらにアルビアの卒業生の大半が魔法省に属する。そして教職員や事務員の中に魔法省出身の者が多く、アルビアと魔法省は切っても切れない仲なのだ。
それゆえにアルビアが判断したということは魔法省もまたそう判断したとも言える。
「どうしてシャルがサタノティアと? 試験で何かあったのか? それとも以前そちらで行った検査に問題が見つかったのか?」
『だから知らないって』
「嘘つけ!」
そう言い放ってリネットは受話器を電話機に叩きつけるように戻した。
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