第18話 夜と朝
夜の港はひっそりと静かであった。唯一の音は微かに聞こえる波の音。
それはまるで嵐の前のような静けさ。
そんな中、港の桟橋には夜闇にまぎれるように複数の男達がじっとしていた。
どれもが人相の悪い顔をしている。
その男達は身動きもせず、海を見ていた。
じっと何かを待っているようだ。
そして波の音とは違い、モーター音が聞こえ始める。
夜の港に《灯りも点けず》に小さいボートが現れた。そしてそのボートは男達のいる桟橋へと停泊する。
ボートから右頬から鼻筋へと傷痕のある男が一人現れる。その男は桟橋へと滑らかに上がる。身のこなし方が玄人そのものである。
桟橋にいる男と似たような者達の中でリーダー格であろうサングラスをかけ、ふくよかな体型の男が前に進み出る。
「ごくろう。ぶつは?」
顔に傷痕のある男は顎で指し示す。
ボートの奥から一人の若い男が現れた。若い男は重そうに木箱を抱え、傷痕のある男へと向ける。傷痕のある男は若い男とは違い軽々と木箱を受け取って男達の前に下ろす。
リーダーの男が部下に顎で確認しろ支持する。
部下が蓋を開けると白い布があり、それを剥ぎ取ると下から銃器の
その間、若い男がもう一つの木箱を傷痕のある男に渡す。
銃器を確認した部下がアイコンタクトをリーダーに送る。
「ふむ。ごくろう」
リーダーの男は満足気の顔して別の部下に顎を使って指示する。
部下の男は頷き、懐からぶ厚い封筒を差し出す。
傷跡のある男は受け取り、中を確認する。中は札束。ざっと300万。男は尻ポケットに封筒を入れる。
「もう一仕事頼まれてくれないか?」
リーダー格の男が笑みを向けて頼み込む。
「内容による」
「今度大きなイベントがあるんだよ」
◇ ◇ ◇
「なんで受けたんすか?」
帰りの軽トラックで若い男は運転しながら助手席に座る傷痕のある男に聞いた。
傷痕のある男は窓の向こうを思案顔で見ていた。
「もしかして引き受けなかったらヤられるとか?」
「あん?」
「すみません。マサさんなら問題ないっすよね」
傷の男ことマサにひと睨みされ若い男は謝った。
「当たり前だ。あんな奴ら、銃と数がなければイキれない奴らだ」
「じゃあ、なんで受けたんですか? 金ですか?」
「それもよる。だが、それだけではない」
「なんすか?」
しかし、マサは答えなかった。
ただ、自分の顔の傷を指でなぞった。その傷はかつてある女につけられた傷。
やと復讐が出来ると考えると顔がぐにゃりと歪んだ。
それを見て若い男は唾を飲んだ。
「もしかして見つけたんすか?」
「ああ」
マサは不敵に笑った。
「待ってな子猫ちゃん」
◇ ◇ ◇
早朝の風は冷たく、吸い込むと肺が縮むようだった。
シャルは吸い込んだ空気を吐く時は温かくして両手を温めた。するとカブの走行音が聞こえた。徐々に近づいてきて、門扉の前で止まる。
カブからロゼが降り、荷台から宅配便を取り出して、
「マルス商店でーす」
とシャルに向かって言う。
「はーい」
シャルは駆け足で門扉へと向かい、開ける。
「サインお願いしまーす」
「はいはーい」
次は間違えないようにシャルはきちんとリネットの名前を書く。
「はいどうも」
ロゼは宅配便をシャルに渡す。
今回の宅配便は軽く、受け取ったシャルはバランスを崩しかける。
「おっと」
「大丈夫?」
「うん」
「そうだ、試験はどうだった?」
ロゼが聞く。
「うん。まあまあかな?」
シャルは少し自信なく答える。
「受かりそう?」
まあまあと答えたのだが、どうやら伝わらなかったようで。
「あーどうだろう? 微妙かな」
とシャルは苦笑いする。
「いつ発表?」
「1週間後に郵送でだって」
「そっか。あっ! あのお嬢様はどうだった?」
「アビーのこと?」
「うんうん」
「アビーは受かるんじゃないかな? 実技試験とか速攻で終わらせたし。余裕そうだよ。これでアビーが駄目だったら私も駄目だね」
「へえ、あのお嬢様優秀なんだ。……それじゃあ私はこれで」
ロゼはカブに乗る。
「うん。また」
「試験受かったらお祝いでもしよ」
「ありがと」
そしてロゼはカブを運転してリネット家を去る。
そのロゼの背が小さくなってから、シャルは複雑な息を吐いた。
「もし受からなかったらどうしよ」
◇ ◇ ◇
シャルは宅配便をリネットの工房へと運び、それからキッチンへと向かって朝食の準備をする。
「う〜ん。今日は和食にしようかな」
シャルは冷蔵庫の中身を見て、和食を作ることにした。
炊飯器で白米を炊き、その間に味噌汁と卵焼きを作り、鮭を焼く。
「おや、和食か?」
リネットがキッチンへと入ってきて言った。
「はい。もう出来上がります」
シャルは茶碗に味噌汁をよそう。
リネットは冷蔵庫を開けて、牛乳パックを取ろうとするが、「和食だしな」と牛乳から麦茶に変える。
「お前も飲むか?」
「あ、はい。お願いします」
リネットは食器棚からコップを二つ取り出して麦茶を注ぐ。
シャルがテーブルに朝食を置き、二人は席について食べ始める。
「今日は座学をするから」
食事中にリネットは告げた。
「はい。……あっ、あの!?」
「ん? なんだ?」
「もし……その……学院に受からなかったら、私はどうすれば?」
「その時は浪人だな」
「浪人……ですか?」
シャルは尻込みに反芻した。
「なんだ、本土に戻りたいか?」
「いえ、別に」
ただ、ここにいても恥ずかしい。
「学院では浪人は珍しいわけではない。毎年十数名の子が一浪して入学している」
「はあ」
それでもシャルは気落ちした。
「その時は9月に試験だな」
「9月?」
「ああ、アルビアは9月にも試験があるんだ。知らなかったか?」
「全然」
シャルは初耳だった。てっきり2月頃かと思っていた。
「国際基準のな」
「ああ! 確か外国では10月でしたっけ? 入学とかそういうのは」
「そういったこともあって10月にも入学試験があるんだよ」
「学級……学年とかはどうなるんですか?」
「10月に入学した子は準備生と呼ばれて、来年の4月で新一年生扱いになる」
「それだとしたら4月入学の方が良いのですか?」
10月からだと無駄に授業を受けている様に感じる。
「そうとも言えんな。アルビアは大学のような単位制だから10月組は4月組より半期分の単位が取れる」
––––でも落ちたら来年度の入学生扱いか。
「ほら、飯食え。もっと前向きに生きろ」
「ですね」
シャルは無理矢理笑顔を作って朝食をとる。
喋っていたせいか鮭が冷たくなっていて、崩すのに力が必要だった。
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