第16話 編入試験②
「ここが……ですか?」
シャルはドアを見て疑問と迷いの声を上げる。
どう見てもそれはバルコニーのドアでなく教室のドアである。
二階端のバルコニーのドアとは到底結びつけられない。
しかし、ドアには編入試験生用バルコニーと張り紙が貼られている。
アビーがドアを開けた。続いてシャルも中へと入る。
中は小さい教室であった。
反対側の壁はガラス戸で、その奥にバルコニーが見える。
二人はガラス戸へと進み、アビーはガラス戸を開けた。すると春の暖かい風が教室に入る。
早朝は冷たかったのに昼になると気温が暖かくなるのをシャルは不思議に思った。
アビーはバルコニーで白い椅子にすわり、鞄から弁当と水筒を椅子と同じ色のテーブルに置く。
シャルも対面に座り、同じく弁当とお茶のペットボトルを鞄から取り出す。
「それは貴女が?」
「はい。といっても焼いただけのものやチンしたものですよ」
「チン?」
「電子レンジです」
もしかしてお嬢様は料理をしないから電子レンジを知らないのかとシャルは考えたが、
「確か温めるやつね」
どうやら知識としてはあったらしい。
シャルは弁当の蓋を開ける。
半分が白米で残りはウインナー、卵焼き、ナポリタン、ミートボール、クリームコロッケである。
まったく女の子っぽさがないなとシャルは心の中で苦笑した。
対してアビーの弁当はサンドウィッチだった。
BLTサンドとハムチーズサンド、そしてアボカドソースのレタスチーズサンドの三つ。
それを見てシャルは私もサンドウィッチにしとけば良かったなと感じた。
するとアビーはナイフでサンドウィッチを切り、フォークで刺して口へと運んだ。
「何か?」
驚いた表情をしているシャルにアビーは尋ねる。
「あ、すみません。ナイフとフォークを使っていたので」
「貴女は使いませんの?」
「私は……その……手で掴んで食べますね」
とシャルは笑いながら言う。
「皆様はそのようにして食べるのですか?」
「えーと、庶民はそうですね。アハハハハ」
「でしたら……」
とアビーはナイフとフォークを置き、手で掴んで食べようとします。
「いえいえ、無理にしなくても」
シャルは慌てて止める。
「ですが普通はこのようにして食べるのでしょう?」
「ほら、ここは学院だし。庶民的でなくてもいいのでは?」
「そうですか?」
「はい!」
シャルは強く頷いた。自分のせいでお嬢様の作法を汚すわけにはいかないと考えた。
「次は実技ですけど大丈夫ですか?」
アビーから話を振られてシャルは箸を止めた。
「実技って魔石を光らせるだけですよね。それだけなら問題はありませんが」
ちょっと前までそれが出来なくて悩んでいたのに今ではコツを掴み平気という顔をするシャルである。
「そうですか。この前まで普通に魔法のない生活を送っていたのでしょう? 急にマナとか言われて大変ではありませんでした?」
「はい。大変でした。というか私がテンペストとご存知で?」
「リネットさんに師事を受けていますので」
「そうですか。あのう、もしかしてアビーもテンペストですか?」
「いいえ。私はノーマルですわ」
「よろしければですが、その……どうしてこの時期に編入試験を? ええと……普通に受けなかったのですか?」
シャルはおずおずと聞いた。
「本当は普通に受ける予定でしたのですけど過激派から脅迫を受けて受験できませんでしたの」
「そうだったのですか!? それは大変でしたね」
「そちらは?」
「私は普通の高校を受験してのですが、落ちちゃって。その後、魔法の才があるとかでリネットさんに拾われて、この学校の編入試験を受けることになったのです」
実のところアビーはシャルが編入試験を受けるまでの事情を知っていたのだ。それはリネット自身から聞いたのでなく、メイザー家の情報力をもってすれば、少し調べるだけで分かることであった。
「リネットさんとは親戚でしたっけ?」
「親戚といっても遠い親戚です。会ったこともなかったんです」
と言ってシャルは乾いた笑みを浮かべる。
「それじゃあ魔女がいるなんて知った時はびっくりした?」
「あー。……いえ、一応親戚に魔女がいるってのは子供の時から知ってましたから」
「そうでしたの」
アビーはナイフとフォークを動かしサンドウィッチを切る。
◇ ◇ ◇
目の前の机には魔石が置かれている。
シャル達は今、実技試験の教室にいるである。場所は筆記試験が行われた教室の隣教室。
そのシャル達は机の前に立っている。
「では指定時間の間までに魔石を光らせて下さい」
と試験官は言う。
指定時間というのは試験開始から三十分以内ということ。
「それでは始めて下さい」
シャルは魔石を持ち、腕を前へと伸ばす。目を瞑り、マナを発生させる。
「はい。結構です。隣の教室へ戻っても構いません」
試験官の言葉に驚き、シャルは目を開けて試験官を見る。試験官はシャルではなくアビーの方へと視線を向けていた。
シャルもアビーへと目を向けるとアビーは魔石を持たず、手を魔石の方へ向けているだけで魔石を発光させていた。
アビーは試験官に一礼した後、教室を出る。
シャルは自分もやらなければと意気込み、目を閉じてマナを作る。
––––強く! 強く!
頭の中でマナを固め、出来上ったそれを手の方へと移動させる。
そして魔石へと注入する。
––––できたか?
シャルは目を開ける。
しかし、魔石は光っていなかった。
––––どうして?
もう一度、シャルは頭の中にマナを作る。
––––今度はしっかり。
出来上ったマナを移動させる。体の中をマナが移動しているのをきちんと感じ取り、手の上の魔石へと送る。
だが光らない。
––––どうして?
焦る。
いつも通りなのに。
間違いはないのに。
でも光らない。
シャルは大きく深呼吸する。
その時、試験官の顔が見えた。
眉を寄せ、懐疑的な目をしている。
––––落ち着けわたし。出来てたじゃないの? どうしてさ。
何か間違いでもあったか。
けれど間違いが見つからない。
教えられた通り、今まで通りのはず。
シャルはもう一度息を吐く。
そしてマナを作る。
固める。強く固める。
チリっとした痛みが頭の中で走る。
シャルはゆっくりと出来上ったマナを動かす。
そして首元で両肩へと移動させるためにマナを割る。
しかし、強く固めたせいか割れなかった。
仕方なくそれを右肩へと流す。そして腕から手へと。
––––片手だけど!
シャルはマナを魔石へと送る。
––––送れた?
シャルは目を開ける。
だが魔石は光ってなかった。
––––そんな!? どうして!?
シャルはもう一度挑戦する。
その前に腕時計で時間を確かめた。
––––まだ大丈夫。……あ!
シャルは気付いた。
いつもと違うのは腕時計をしていることだ。
シャルは腕時計を外して机に置く。
脇を緩め、腕を振り、肩を落とし、リラックスする。
そして魔石を光らせようとマナを作る。
◇ ◇ ◇
腕時計を外しても魔石は光らなかった。
時間は残り五分。
––––どうして? どうして? どうして?
焦りだけが募ってくる。
額だけでなく体中に脂汗が。
––––も、もう一度!
もう目を瞑ることもやめて、シャルはマナを作る。
––––何? また落ちるの? 才能なんてないの? 嘘?
負の感情がマナ生成の邪魔をする。
––––なんでよ! 光ってよ!
『無理だって』
––––まだだ!
『諦めろよ。お前には無理なんだって』
––––ダメじゃない! ダメじゃない! だって出来たじゃん。なんで今は出来ないのよ!
『身の程を知れよ。みっともない』
––––うるさい! うるさい! うるさい!
『バッカじゃない』
––––光れ! 光れ! 光れよ!
先程から作っていたマナの残滓が魔石に注入される。
––––クソ! クソ! クソが!
「あああああ」
シャルは叫び体中のマナを魔石へと送る。
魔石は強く光り、教室を白の世界へと塗り替える。
あまりの眩しさに試験官は目を閉じ、
「シャルさん、もういいですから!」
しかし、シャルはマナを注入する。
試験官はシャルの手を
シャルは気が抜けたのか床に尻餅をつく。
「すみ、ま、せん」
息をぜえぜえと吐きつつ、シャルは謝る。
「もう結構ですので隣の教室へ。……立てますか?」
「大丈夫です。立てます」
シャルはよろよろと立ち上がり、そして教室を出る。
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