第15話 編入試験①

「……まだ時間ある」


 シャルは目覚まし時計を見て呟いた。

 実は昨夜から緊張して全く眠れなかったのだ。


 今は早朝5時47分。空はまだ青黒い。

 目覚まし時計は6時半に鳴るようセットしている。


 シャルは目を瞑る。眠るつもりはないが、もし眠ってしまったらどうしようかと考える。

 でも目覚まし時計はセットしてある。それに何かあったらリネットが起こしにくるだろう。


 目を瞑りながら大きく息を吐く。

 どうしてこう何もかもうまくいかないのか?


 高望みはしていない。

 ただあるものを掴みたいだけなのだ。


 シャルはもう一度息を吐いた。

 そして目を開けて布団から出る。


 息が白くなるほどではないが肌寒かった。

 ベッドから立ち上がり、窓へと近付く。


 太陽はまだ地平線から昇ってなかったが、じきに昇るのか地平線は白い線を引いたように明るかった。


 シャルは窓を開けた。すると春の涼しい風が部屋に入る。それにぶるりと体を震わせ、両手で両腕を擦る。


 擦りながら地平線を眺めていると太陽が昇り始めた。

 地平線が白く太くなる。そして丸い陽の頭が現れる。


 シャルは息を吐きつつ、黙って様子を見守る。


 今日という新しい一日が始まる。


 丸い太陽が完全に姿を現した。

 そして背中から目覚まし時計の音を聞く。


 ――時間だ。動かなきゃ。


  ◇ ◇ ◇


 朝食の準備に1階へと降りるとリネットがキッチンで朝食を作っていた。


「……おはようございます。あの、どうしたんですか?」


 ダイニングテーブルには皿が二枚。それぞれにこんがり焼かれた食パンが皿に載っている。


「ん? 何って朝食作ってんだよ。今日は試験だろ。君の分も作ってやるよ」

「……どうもです」

「眠れたか?」

「ええと……全然」


 シャルは素直に答えた。


「緊張か?」

「はい」

「いつも通りでいいんだ。もう一人で魔石を光らせられるんだろ?」


 シャルはリリィと共に魔石を光らせた後から自分一人で光らせるようになった。

 リネットの目の前でも光らせてみた。


「さ、食べな」


 シャルは席に着いて、食パンにバターを塗る。


 目玉焼きとウインナーを載せた皿を2つ持ってリネットは席に座る。

 1つをシャルに渡す。


「弁当はどうする?」

「作ります」

「間に合うか?」

「チンするだけなので」


  ◇ ◇ ◇


「ほら着いたぞ」


 リネットがブレーキを踏んで国立魔法学院アルビアの正門近くに赤い乗用車を停めた。


 リネットは降りる気配はない。ここからは一人で行けということだろう。


 シャルはシートベルトを外す。そしてドアを開けて外に出る。


「あの帰りは?」

「終わったら連絡しろ」

「分かりました。行ってきます」

「ああ」


 シャルはドアを閉めて魔法学院へ駆け足ぎみに向かう。


 一度正門で立ち止まり、呼吸をする。


 ––––よし!


 シャルは歩き始める。


  ◇ ◇ ◇


 編入試験の教室に入ると一人の女の子が席に着いていた。


 ––––アビーだ。


 黒板には試験時間、そして誰がどこの席に座るようにという旨が書かれていた。


 そこからどうやら編入試験を受けるのはシャルとアビーの二人だけであるのが分かった。


 シャルはアビーとは席を一つ挟んで右隣に着席する。


「こんにちは」

「あら、こんにちは。お名前は……シャルでしたわね」

「はい。お久しぶりです」


 シャルは鞄から受験票と筆記用具、時計を出した。

 シャーペンと消しゴムを筆箱から取り出して机の上に置いた。筆箱は机の上に置いてはいけないらしく筆箱は鞄の中にしまった。


「緊張しますね」

「ええ」


 とアビーは言うもののシャルには緊張しているようには見えなかった。


 そして試験二十分前に女性の試験官が教室に入ってきた。


 試験についての注意事項がなされ、次に受験票の確認がなされた。そして試験十分前になり二人に問題用紙と答案用紙が配布された。


 一つ目の筆記試験は国語。

 シャルにとって国語は得意というわけではないが苦手というわけではない科目。


 ––––大丈夫。大丈夫。勉強したんだし。大丈夫。


 シャルは何度も心の中で大丈夫と言い続けた。


「試験開始までページは捲らないで下さい」


 答案用紙には受験番号と名前の記入欄がある。


「では次に答案用紙に受験番号と名前を記入して下さい」


 試験官に指示されてシャルとアビーは受験番号と名前を記入する。


 試験開始までの数分時間がある。

 何もすることなくシャルは手を膝に当て、じっと待つ。


 教室に静寂が訪れる。


 誰も何もしゃべらない。


 机の上の時計を見ると試験時間になった。

 しかし、試験管はまだ開始とは言わない。

 試験は腕時計を見ている。

 もうすぐなのだが、どうやらシャルの時計とはズレがあるようだ。

 そして、


「では開始して下さい」


 シャルとアビーはシャーペンを手にしてページを捲った。


  ◇ ◇ ◇


「終了です。筆を置いて下さい。それと答案用紙を裏返しに」


 と言われるがシャルはすでにシャーペンを置いていた。答案用紙を裏返しにしてじっとしている。


 問題は十分ほど前に解き終わっていたのだ。


 ちらりとアビーを目を動かして伺うと彼女は平然としていた。


 試験官が問題用紙と答案用紙を回収する。そして、


「二十分後に次の試験が始まりますので試験開始十分前には着席をしておいて下さい」


 と言って試験官は出て行った。


「どうだった?」


 シャルはアビーに試験の出来具合を尋ねてみた。


「まあまあ、ですかね」

「そうなんだ。私はちょっと厳しいかも。次で挽回しないとね」


 次の試験は数学。


 シャルにとって数学は得意科目なので、ここで挽回しようと踏んでいた。


「アビーは得意科目ってある?」

「特には。どれも平均的ですわね」


 二人はトイレに行くわけでもなく、じっと座って待っていた。


 そして試験十分前に同じ女性試験官が教室に戻ってきた。手には次の問題と答案用紙が。


 時間になり、先程と同じ様に試験が始まった。


  ◇ ◇ ◇


「これで全ての筆記試験は終わりです。午後からは実技試験と面接を行いますので指定された時間に教室へと着席をお願いします。教室内での飲食は不可ですので弁当等の飲食は食堂もしくは二階端のバルコニーでお願い致します」


 と言って試験官は教室を出て行った。


「ふう〜」


 シャルは試験官が教室を出るや大きな溜息を吐いた。


「やっと半分終わりましたね」

「まだ三分の一では?」


 筆記、実技、面接の三つのうち一つ終わったのでアビーの言う三分の一で間違いはないだろう。


「でも時間的には半分以上は済んだでしょ?」


 昼食は一時間で実技は十分以内に魔石を光らせるだけ。その後の面接も一人十五分程度であるらしい。


 ここにいるのも午前の筆記試験の時間と同じくらいである。


 アビーは机の上の筆記用具、受験票、腕時計を片付けて席を立つ。


「食事はどちらで?」

「バルコニーの方で」

「私もテラスなんだ。一緒してもいいかな?」

「ええ」


 シャルも鞄に筆記用具等を詰めてアビーの後に続く。

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