第14話 訪問者
リネットへの訪問者は島の外から来た弁護士だ。細長い顔に黒縁眼鏡。線の細い体にそこそこのスーツを羽織っている。弁護士にしては頼りなさが立つ。
その弁護士はシャルの中学時代のあの事件を担当した者。今のシャルには会わせたくなかったので、シャルには気分転換に外に出るよう言いつけた。
そして弁護士は先程から額の汗をハンカチで拭いている。今日の気温はそんなに高くはない。とすると別の理由だろうか。
「で、何用で?」
リネットが苛立ちを込めて聞いた。リネットにとってもあの事件の解決という名の処理は辟易するものであった。
男はハンカチで額の汗を拭きながら、
「先方が話し合いを望んでおりまして」
リネットは横を向き息をこれ見よがしに吐いた。鬱陶しい、面倒臭い雰囲気を醸し出す。
「謝罪ではなく、話し合いねえ。今さら話すことはないだろ? 先方ってのは向こうの親御さんか?」
「いえ、担任と……教育委員会です」
「嘘だな」
ぴしゃりとリネットが言うと弁護士は額を何度も拭き、肩を縮ませた。
別に目の前の弁護士は敵ではなく、むしろこちら側が雇った弁護士でもある。彼は仕事としてここに来ているのであって何も非はない。
「大方、向こうの親御さんが学校と教育委員会のケツを叩いたんだろ。話し合いって何を話すんだ?」
「学校側はあの時の前後に何があったのかとか。そして今後このようなことが起こらないために対策案を話し合いたいとのことです」
リネットはやれやれと首を横に振る。
「馬鹿か。今さらだろ。分かっていることをどうしてもう一度?」
「……」
「お前から学校側、いや親御さんに今さら話すことはないと伝えておけ」
「ですが向こうの親御さんがどうしても事の起因につきまして整理しておきたいとのことでして」
「整理? いじめ認定でもするのか? 違うよな? どうせこちら側に少しでも否を認めさせて、そのまま自分達も被害者だってことを認めさせたいんだろ?」
リネットは馬鹿馬鹿しいと息を吐いた。
「それで国から補償でもしてもらたいのだろ」
「……では? 話し合いには応じず、と」
「ああ」
「一応シャーロットさん本人にご確認をしたいのですが」
「今は外出中だ。いいか。これ以上あの子を傷つけるな。テンペストは精神の不安で魔法が発生するんだ。話し合いでもして魔法が発動したらどうする?」
リネットはドアの方へと顎を動かし、もう帰れと視線を送る。
「ああ、えっと、そのう、編入試験の方はどうなっていますか?」
弁護士が話題を変える。
リネットは額を引きつかせて、なるべく怒りを静めて、
「試験はまだだ」
「受かりますかね?」
「さあな」
弁護士は出された茶を飲む。
「もう帰れよ」
腹が立ったのでリネットは直接言ってやった。
「でも、こっちも先方と話をしないといけないんですよ」
弁護士は眉を伏せ、指を組み合わせる。
「話?」
「その、……よく来るんですよ。あれこれ聞きに」
「それならもう話すことはないと言っておけばいいだろ?」
「ええ。それでも何度も来るんですよ。ほんと参りますよ」
「被害者ぶった加害者ほど鬱陶しいものはないな」
「ハハハハハ」
弁護士は空笑いをする。
「…………」
「ええと……」
弁護士は立ち上がり、
「ではここらへんでおいとまします」
「わざわざ島まで来てご苦労だったな。これくらいなら電話で駄目だったのか?」
「形って以外と大事なんですよ。たぶん彼らは今頃、話し合いの件を伺いにうちの事務所に寄ってるんではないでしょうかね。で、事務が私が島に行っているときちんと告げているしょう」
と言って弁護士は笑った。
「でも相手の意を汲んだってことは奴らはまたそこにつけこんであれこれと要求してくるぞ」
「大丈夫ですよ。こちらも意思をちゃんと伝えますので、もしそれでもしつこいなら法的に動きますから」
「そうか。……ていうか今、法的に動けば奴らもうるさく喚かないだろ」
「ウィルさんが今は裁判沙汰になるのはやめておこうって」
「あんの野郎」
恨みこめての言葉に弁護士はびくりと震えた。
「別にあんたは悪くないよ。色々よくやってくれている」
「はあ、ありがとうごさいます」
◇ ◇ ◇
弁護士が出て行ってから見計らったように電話が鳴った。
リネットは出る前から誰か予想はついていた。
「なんだ?」
『君、ここはもしもしだろ』
「お前だって分かってたからな」
相手はウィルだった。
『君、予知能力でもあるのかい?』
「ならお前は千里眼でも持っているのか」
『もう冗談は止めてくれ。そんなことを言いに電話したわけではないんだよ』
しかし、リネットは冗談で言ったつもりはない。
『弁護士そっちに来たのでは?』
「ああ、来たよ。そして今しがた帰ったところだ」
『そうなんだ。それで彼は何か言ってたかい』
「言いに来たではなく聞きに来ただな。あの子のことについて聞きに来たよ」
『なんて答えたの?』
「別に」
『別にじゃ分からないよ』
「本当さ。話すことは何もなかったよ」
『そうなの? 試験の方は大丈夫なの?』
嫌な質問だなとリネットは思った。
「多分な」
『おや? 君にしては曖昧だね』
「そうか? で、用はそれだけか?」
『いや、もう1つ。というか本題だね。実は反対派がそっちで何か企んでいるらしい』
「分かっているなら止めろよ」
『ごめんよ。具体的なことは分からないんだ。それじゃあ』
そして電話は切られた。
リネットは受話器を睨んだ後、大きく息を吐く。
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