第13話 リリィ
もし姉のリアが気にかけていなくて、友人のロゼと面識のある子でないなら風景の一部としてその場を過ごしシャルに声をかけることはなかっただろう。
「もしかしてシャルさん?」
リリィはなるべく風にかき消されないように声を大きくして言った。
ちゃんと耳に届いてくれたようで、シャルが振り向いた。振り向いた顔はひどく切なそうな顔をしていた。その顔を見てリリィはどこか悪いことをしたなと罪悪感を感じた。
そのシャルは風に流された前髪を戻す仕草をした。するとすぐに平常の顔に戻った。それはまるで先程の顔は幻だったように。
「リネットさんの弟子ではないです。一緒には暮らしていますが」
シャルはどちら様という顔をする。
「……ええと」
自分から言葉を掛けたのだ。ここで何か話を伸ばさないと。考えた末に、
「うちの学校に通うの?」
「うちの?」
「あっ、王立魔法学院。私、そこの生徒なの。えっと、ロゼって知ってるよね?」
「あ、うん」
シャルの顔から緊張が緩む。
「私、ロゼの友人なの」
「そうなんだ」
シャルの警戒が解けたのが表情で分かった。しかし、まだ溝を感じる。リリィはぎゅっと拳をにぎり、
「私はリリィ。よろしく」
「私はシャーロット・オレアノ・トムソン」
「……」
「……」
奏法沈黙。
ミリィは次に何を話せばと戸惑い、焦る。
しかし、妙案もなく、ただただ焦りだけが積もっていく。
「えっと、入学したら学院案内するよ」
「ありがとう」
「……」
「……」
――どうしよう? どうしよう? ああ! 向こうもちょっと困ってるよ! 何か話さきゃあ、何を? 何を?
リリィは目まぐるしく思考を働きかける。
「え、えっと編入試験はどう? もう終わったの?」
「編入試験は来週です」
「そっか。どう? 順調?」
「……いいえ」
シャルは沈んだ顔して俯いた。
――あれれ? 聞いてはいけないこと聞いちゃった?
「あ、え、何かあったの?」
「私、魔法が上手く使えなくて」
「? テンペストじゃないの?」
「テンペストだけど、どうしてそのことを?」
「まあ、ここだと魔女リネットの話はすぐに広がるから」
と言ってリリィは肩を竦める。
「有名なんだリネットさん」
「当然だよ。魔女だもん」
「そう……なんだ」
「……あ、あのさ、なんだったら私が魔法を見てあげよっか?」
「え?」
「私もテンペストだからさ」
これは良い申し出だとリリィは感じた。個人的にもシャルとも仲が良くなるし、姉のリアのためにもなる。
「でも魔石持ってないし」
「大丈夫! 私、持ってるから」
リリィはトートーバッグからマルス商店のロゴがはいった紙袋を取り出した。
それは家のおつかいとして頼まれた品。
――1つくらい良いよね。
リリィは紙袋から白色の魔石を取り出した。
「……でも」
シャルは困惑色の声を出す。
「発光させるだけだから問題ないよ」
◇ ◇ ◇
シャルはリリィに近くの広場へと案内された。広場は文字通り何もない広いだけの草原であった。そこが広場だと証明する看板がなければただの草原だと考えていただろう。
「さ、ここで練習しましょ」
「……はあ」
シャルはまだ気乗りしていない。
「大丈夫」
リリィはシャルの手に魔石を握らせ、シャルの手を自分の手で包む。
シャルは魔石でなくリリィの手を意識した。
その手は小さくて温かい。
「大丈夫」
リリィはシャルを安心させるため、もう一度言った。
「……やってみる」
シャルは小さく頷く。
一度深呼吸をした後に、今まで通りの教えられた手順で魔力を手へと移動させ、魔石に注ごうとする。
しかし。
目を開けて確認すると手の上には何も変化のない魔石が。
「…………」
光らない。
もう一度注いでいるとイメージをする。
でも光らない。
「やっぱり私……」
「目を瞑ってみよう」
出来ないという言葉をリリィは遮る。
「瞑るの?」
「瞑想室って知ってる?」
「うん。普段は瞑想室でもやってるんだけどそれでも……」
「なんで瞑想室で練習するのか知ってる?」
「集中するから?」
「それもあるけど一番は体から切り離すためだよ」
「? 瞑想室は体から魔力が行き渡るのを強く感じるためでは?」
なのに体から切り離すとはどういうことか?
「それはマナが発生してからだよ」
「え? ん? マナって?」
知らない単語が出てシャルは首を捻った。
「マナは森羅万象全てにあって、魔力の素となるもの。私たちは体のマナを魔力変換して、そしてそれを使って魔法を使うの」
「それで……それと魔力生成とどう関係が?」
「えっとね。まずマナがうまく発生出来てないんだよ」
リリィは自身の額に人差し指を当てる。
「マナは基本、頭もとい体だけでなくありとあらゆるところにあるんだよ。よく頭からというのはマナの生成に心が強く関係しているからなの」
シャルは黙って話を聞く。
「だからまずはマナをしっかり生成しよう。さあ、もう一回」
「わかった」
シャルは目を瞑る。
「しっかりと強く硬くマナを生成するように。そしておにぎりを作るようにぎゅっと握って硬くするみたいにして。」
シャルは頭の中にマナを感じた。でもそれを今まで通りに体に流すのでなくリリィの言う通りぎゅっと硬くする。
「あまり強くし過ぎないようにね」
リリィは思い出したように注意する。
「固めてできたものが魔力だから」
なら、これくらいでだろうとシャルは頭の中のマナをゆっくりと動かし始める。
頭から首。首元で二つに分ける。そして両方両腕へ。
そして手の平までマナを持って行く。
「魔石を手の平の延長のようにとイメージして!」
シャルは頷き、魔石にマナを注ぐ。
そして。
瞼の裏からでも分かる光を感じて目を開ける。
そこには手の上で光る魔石が。
「ひ、光った! 光ったよ!」
シャルは驚きと喜びが混じった声を出した。
「うん。やったね」
リリィも嬉しくて拍手する。
◇ ◇ ◇
「ありがとう! リリィは教えるのが上手なのね」
シャルとリリィは今、魔法の練習をやめて岬近くにあるベンチに座っている。
「そんなことないよ。これってテンペストの皆が通る道なんだよ」
とリリィは照れ笑いして答える。
「え?」
「学院に通う子って生まれつき魔法が使えるかもしくは幼少期から魔法のある生活をしている子なの。そういう子達はマナを自然と強く感じてしまうの。でも私達のようなテンペストは魔法のない普通の生活をしていたのにある日、急に発露しちゃうからね。だからマナとか言われてもちんぷんかんぷんなんだよ」
「じゃあ、リリィも?」
「うん。初めはマナの生成が大変だった」
リリィは顔を空へと向ける。
「周りは当たり前のように魔力って言うけどこっちは初めて。それなのに魔力生成なんて言うから前に進めないんだよ。まずは基本中の基本であるマナを教えてよって話ね」
リリィは当時を思い出してか溜息を吐いた。
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