第12話 散策

 魔力生成及び魔石の発光は今だ先へと進めなかった。


 そして今日は客人が来ることになっているので、魔法練習は休みとして今日は気分転換にとシャル一人で町への散策となった。


 町に関しては坂を下りた先のスーパーや洋服店、雑貨屋くらいでさほど町へは詳しくはなかった。

 それでこれを期にもっと町へ詳しくなろうと意気こんで岬や港まで向かうことにした。


 いつものことだが長い坂道を下りただけで体が温かくなった。

 スーパーを越えて丁字路で右に曲がる。

 洋服店を越える。そこから先は足を向けたことがない。


 道を進むと郵便局が、さらに進むと美容室や本屋、家電量販店を見つけた。


 そして自然公園入口に辿り着いた。

 道の両脇に背の高い木々が立ち並び、頭上高い枝葉が天井とし地面に影を作っていた。


 涼やかな並木道を歩きつつもシャルの頭の中には魔石の発光のことだった。


 ――駄目だ。今日は休みなんだから。


 自然公園には老若男女大勢の人で賑わっていた。


 グラウンドでは子供たちがボールで遊んでいたり、走り回ったり、芝ではシートを広げ弁当を食べる親子、巨大噴水エリアでは小さな子供たちが水飛沫を受けて黄色い声を上げて遊んでいる。


 ――ああ、そうだ。今日は日曜日だった。


 シャルはそれらを遠巻きから眺めて曜日に気付いた。


 島に来てから学校に通っていないせいか曜日感覚が麻痺していたのだ。


 彼らは明るく楽しんでいた。

 それを眺めているとシャルはどこか胸に痛みを感じた。


 ――行こう。


 そしてシャルは足早に離れてどんどん人の少ない道を歩き始める。


 道がどこに続くかなんて知らない。ただ離れたかったのだ。自分の世界に戻りたかった。自分に相応しい世界に。


 徐々に道は勾配になり、道を挟む左右の木々も増えていく。

 それはまるで本当に登山をしているようであった。


 しかし、それは幻想であった。山ではなかった。小さな丘で町を少し高い位置から眺めるほどであった。


 シャルが辿り着いたのは展望台だった。

 そこにも人がいた。

 双眼鏡を持っている人。

 カメラを持っている人。


 シャルはUターンして道を下った。

 一人でいたらシャッターを押してくれと頼まれそうだったからだ。


 今は一人になりたかった。

 誰ともふれあいたくはなかった。


 シャルは下唇を噛みながら来た道を戻る。

 そして自然公園を出る。


 もう帰ろうかと考えたがリネットが客が来ると言っていたのを思い出してシャルは海岸を目指すことにした。


 海が見えたのでそんなに遠くはないと踏んでいたが道に迷い海岸に着いたのは一時間を要した。


 足もぱんぱんに張れて休憩がしたかった。

 しかし、シャルが着いたのはビーチのある海岸ではなく船のある港であった。


 港はシャルがこの島に着いたときの南の港とは違って漁船が多かった。


 シャルのいる場所までは魚の臭いは風に含まれていないが漁船を見かけるとつい魚臭さがあるように感じられる。


 どこか休めるとこはないのかとシャルは周囲伺いつつ港から離れることにした。


 そして少し離れた所に古びた小さい商店を見つけた。その店の隣には駐車場があって自販機の列がある。商店よりも自販機がメインなのかジュースだけでなく、アイス、菓子類、インスタントラーメンの自販機まである。


 シャルは自販機で本土にも売っている炭酸のレモンジュースを買い、自販機列の隣にある飲食コーナーでプルタブを上げてジュースを飲んだ。


 甘酸っぱいレモンの風味がシュワシュワと弾けながら喉を通る。


 一口飲んだあとシャルは手を口に当て小さなゲップをする。

 周りにはシャル以外、飲食コーナーを利用している人はいない。

 ただそれは飲食コーナーを利用していないだけで、車やトラックの中で寛いでいる人が大勢いる。


 それに気付いた時、シャルは見られているという感覚を感じた。

 なるべく早く飲み干そうにも炭酸であるので中々飲み干せない。


 休憩してくつろぐはずが変に動かされているようでもある。

 やっと飲み終えた時、シャルは背中に倦怠感とうずきを感じた。

 背を伸ばし、後ろ手に背骨の辺りを擦る。


「なんだろう?」


 今度は背を丸めてみる。


 しかし、何の効果もなく謎の倦怠感がまとわりついている。


「駄目だ。疲れているのかな」


 ここ最近激しい運動はしていない。あるとすれば魔法の練習だろうか。いや、それなら急にここで疲れが現れてたりしないだろう。なら歩き疲れてだろうか。だが、太股なら分かるが背中に倦怠感がくるのはおかしい。


「変な成分入ってないよね?」


 缶ジュースの成分表を見るシャル。

 ビタミンCが多いくらいでおかしいものはない。

 それにこの缶ジュースは本土でも普通にどこでも見られるレモンジュースだ。シャルも本土にいた時よく飲んでいたジュースである。


 なら一体この背中のうずきは?


  ◇ ◇ ◇


 結局背中の倦怠感の謎は解明できずシャルは空の缶ジュースをゴミ箱に捨ててその場を離れた。

 そろそろ戻ろうかした時、看板が目に入った。


『岬まで北東1キロ』


 矢印付きで岬までの距離が表示されていた。


「ちょっと行ってみようか」


 シャルは看板通りに歩み始める。


 道の右手は徐々に商店や建物が減り空き地が増えていく。手入れのされていない空き地には雑草が腰ほどの高さまで生えていく。

 さらに左手の港は漁船から貿易関係のコンテナ船に変わっていく。


 そして港はなくなり、隣は柵を挟んで崖となった。道も勾配となり、灯台のある岬が見えてきた時には道は段となっていた。


「ふぅー、ふぅー」


 シャルは口呼吸しつつ歩み続ける。

 1キロと甘くみていた。体は温かく汗ばんでいた。

 帰った方が良かったかなとシャルは後悔していた。


 それにもし自然公園の灯台のようなや観光客がいたらどうしようか。シャッターを押してくれと頼まれるかもしれない。その際はもう押してくろうとシャルは腹を括っていた。

 でも、出来ることならそういうのなしでお願いしたいものだとシャルは足を動かしつつ祈る。


 岬に着いた時、杞憂は晴れた。

 人はいなかった。

 正確にはにはいなかった。

 ここからさらに細長く蛇行した道を進んだ先に灯台があり、そこには人が大勢いた。


 シャルは灯台には向かわず、ここで潮風にあたりながら海を眺めた。


 遠くにビーチが見える。少し間を置いて漁港が。さらに間を置いてコンテナ船の港が。


 波は穏やかで海を岸へと伸ばす。

 渚の押しては引く波をシャルはぼんやりと何も考えずに眺める。

 次第に呼吸と波の動きがシンクロする。そして心もまた。負の感情が押しては引いていく。


「はあ」


 ついシャルはため息を大きく吐いた。


 ――まあ、別に誰もいないんだし。


 しかし、


「もしかしてシャルさん?」


 シャルは呼ばれて驚いた。どうして自分の名を。ゆっくりとシャルは振り向いた。


 そこには見知らぬ少女がいた。

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