第11話 マルス家
カブを母屋の駐車スペースに停めて、ロゼは店に向かった。
関係者口からバックヤードに入り、祖母に、
「ただいま戻りました」
と言ってアビゲイル・メイザーのサインが書かれた受領書を渡した。
祖母はそれを受け取り、そして時計を見た。
「おや、えらく遅かったね」
「お茶に誘われまして」
「そうかい」
とだけで叱ることはなかった。まあ、配達さえすれば今日はいいと言われていたのだから咎められることはない。ただ仕事は報告を済ませてからと言われるのではないかと考えていた。
「お疲れ様です」
と言ってロゼはバックヤードを出ようとした。しかし、
「待ちな」
祖母がロゼを止めた。その声はまるでロゼの体を留めるかのような不思議な力があった。
「何か?」
「メイザー家のお嬢さんとどんな話をしたんだい?」
「学校のことです。編入するので学校のことを知りたいらしくて」
「ふん。受かってもないのに。いや、受かったも当然なのかな」
祖母は鼻を鳴らして、どこか独り言のように呟いた。
「それはどういう?」
「学校の何を聞かされた?」
ロゼの質問は無視された。
「派閥とか授業とかですよ。あと学校生活で注意することとか」
「派閥ねえ。また変な派閥ができるのかもね」
アビーの父は政治家で民主党のトップだ。民主党による派閥が出来るか既存の民主党派閥に属するのかのどちらかの可能性が高い。
「もういいよ。引き止めて悪かったね」
「いえ」
今度こそロゼは店を出て、母屋に戻った。
◇ ◇ ◇
マルス家もといロゼの祖先は元々魔法一族であった。歴史は古く、魔法が表舞台に出ることを許されていなかった時代にまで遡る。
今から500年程前、世界中の魔法一族にとって大きな節目が現れた。それは法王が王より権力を持ち、好き勝手に国を統治し始めた頃である。この法王の名がマルセス1世で絶大な権力を持っていた。マルセス1世により魔法が表舞台に出ることが許され、かつ重宝されることとなったのだ。
それは世界中に伝播され、貴族たちにとって魔法の力を持つことは一種の社会的ステータスになっていた。
そして貴族たちはこぞって魔法一族の血を求め奔走した。中には没落同然魔法一族ですらも貴族たちは求めた。
こういった話の中で有名なのが魔王ローランスの話であろう。マルセイユ国のレース王が法王を出し抜こうと強大な力を持つ子供を婿として迎え入れた。だがその婿養子が魔王ローランスとなり悪政を働き、法王軍により討伐されたという話。そして王家が亡くなった。
最初はロゼの祖先はマルス家に身を寄せるのを毛嫌ったが魔法研究にはどうしても金と権力が必要となり、遅まきながらマルス家に入った。
ロゼの高祖父の代でマルス家は貴族としての力、魔法としての力も薄まった。高祖父はせめて魔法一族の血脈は閉ざしてはならぬとこの島に一家を連れ、移住した。
高祖父の悲願は果たされ、ロゼの祖母は高名な魔法使いとなった。しかし、問題として魔法使いの血が祖母の代で途絶えた。
ロゼの母と伯父、伯母たちは大人になり島を出て本土で暮らした。祖母ももう魔法一族としての誇りや未練もなく、自分の代でマルス家を終わらせるつもりでいた。
そんな中、魔法使いとして素質を持ったロゼが生まれた。母は祖母にそのことを隠してロゼを育てた。しかし、ロゼが中3の夏に祖母にバレてしまった。
祖母は無くした魔法一族としての野心が蘇ったのか、ロゼを魔法使いとして育てるため島の王立魔法学院に入学させると言った。
それにロゼの母は猛反対した。
けれど父の事業が落ち込み、祖母が金銭を工面する代わりに、ロゼを島の王立魔法学院に通わせて魔法使いにするということになった。
「別に私は構わないよ」
ロゼとしては才能があるならそれを使うにこしたことはないと考え、王立魔法学院に通うことにさほど嫌がってはなかった。
しかし、魔法の才があれどそれは王立魔法学院としては当然のことであり、それで入学とはいかない。入学には才能と同時に、魔法学の知識が必要であった。そのためロゼは入学に1年の浪人期間を必要とした。
そしてロゼは見事合格。
一年浪人だから肩身が狭いおもいをすると思いきや以外と高校から入学組は一年浪人した者が多かった。
そして最初に出来た友人がリリィであった。
◇ ◇ ◇
晩御飯のためロゼは冷蔵庫を開けた。
開ける前から結果は分かってはいたが、確かめずにはいられなかった。
「ないなー。買いにいくか」
ロゼは家を出て、カブに乗り、スーパートドロキへ向かった。
◇ ◇ ◇
スーパートドロキで買い物かごに食材を詰めていると、シャルに出くわした。
「あ、どうも」
向こうからの挨拶を受けロゼも、「こんにちは」と返した。
「夕食の買い物?」
と聞いてすぐロゼはスーパーなんだから当然だろうと気付く。
「はい」
「料理はあんたが作ってんの?」
「はい。私が家事担当でして」
「そうなんだ」
「…………」
「…………」
会話が続かない。
「それじゃあ」
ロゼはそう言ってその場を離れた。
シャルも会釈してそそくさと離れる。
別の棚のあるコーナーにてロゼは店長に呼びかけられる。
仕事上知り合った店長で名前はサノワという。歳は40前半くらいでまん丸とした体の女性。
「何ですか?」
「ロゼちゃん、さっきの子って魔女のお弟子さんでしょ?」
ここでもかとロゼは心の中で辟易した。
「違いますよ。同居人だそうです」
「さすがはマルス商店のお孫さん。で、仲良いの?」
「いや、顔見知りくらいで」
「そうだったの? 仲良しじゃないの?」
ロゼはあれを仲良しと言えるのかという言葉をぐっと堪えた。
◇ ◇ ◇
店を出てカブに荷物を載せた時、シャルの背を見つけた。
一瞬声をかけるかどうか迷ったが、
「おーい。シャル」
シャルは振り向き、お辞儀した。
ロゼはカブを手で押してシャルの下に。
「今帰り?」
「はい」
またしてもロゼはなんて質問したんだと後悔した。
「シャルはここから坂一つだからいいな」
「ロゼは山を越えてでしたね」
「うん。ここを越えなきゃいけない」
「どうしてここのスーパーに? 向こうの方が近いんじゃ?」
「近いけど距離があるしな。それに比べたらここはカブに乗れば坂を上って下りるだけだしね」
信号で二人は止まった。それと同じく会話も止まった。
何か話さないとな思うも話題が見つからない。いや違う話題はあるが聞いていいのかが分からないのだ。
信号が青になり、二人は無言で歩く。
シャルの方からは聞きたいことはないのだろうか?
ロゼは横目でシャルを伺う。しかし、シャルは少し俯きながら歩くのみ。
坂の下に辿り着いた。
ここからカブを押しながら進むのはつらい。会話がないならここでカブに乗って別れようか。
「あの?」
シャルが声を出した。
「何?」
「……その魔法のこつってあるんですか?」
「こつ?」
「はい。あまり上手くいかなくて」
「こつ……ね。う~ん」
ロゼは右手を顎に当て考える。
魔法は誰でも使えるものではない。使えるのは才能があるから。
そして上手になるには……。
「…………ごめん。分からん。とにかく練習じゃないかな?」
「そうですか」
シャルは残念そうな顔をする。
「でもシャルはテンペストなんだろ。なら魔法の才能があるってことじゃん。大抵の奴はさ、幼い頃からやってんのよ。でもあんたは今からでしょ。上手くいかなくても少しずつやっていけばいいんじゃない?」
魔女の家の前について、
「それじゃあ」
「またな」
二人は手を振って別れた。
ロゼはカブに乗り坂を上がる。
◇ ◇ ◇
母屋に着くと祖母が帰ってきていた。
「なあ婆ちゃん。魔法が上手になるこつってあるの?」
「敬語……いや、ここは家だったね。で、こつだって? あったら苦労はしないよ」
「だよね~」
ロゼは冷蔵庫にスーパーで買った商品を詰め込む。
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