第10話 豪邸
「なぜこうなった?」
ロゼは広く、背の高い応接室で借りてきた猫のように縮こまっていた。
◇ ◇ ◇
時は十数分前に遡る。
ロゼは仕事でメイザー家に宅配荷物を届けにきた。そこでメイドでなくアビゲイル本人が対応にでたのだ。
アビゲイルはサインだけして宅配荷物を受け取らず、
「こっちに運んでちょうだい」
と、ものを言わせぬ態度でロゼに宅配荷物を屋敷の中へと運ばせる。
それでリビングへと通された。
「そこに置いてちょうだい」
「はい」
ロゼは豪奢な白いテーブルの上に宅配荷物を置く。
「あなた、ロゼよね」
「…………ええ、そうですけど」
「私はアビゲイル・メイザー。アビーって呼んでね」
手を差し出してくるのでロゼは握り返した。
「少し時間あるかしら?」
「まあ、今日の仕事はこれだけなので……」
「では、少しお話ししません? 学校についていくつかお聞きしたいことがありますの」
「……いいですけど」
そこで握手が解かれ、
「お茶を淹れて参りますので少しお待ちになって」
手で椅子に座るように促される。
◇ ◇ ◇
そして今に至るわけである。
待たされている間、何を聞かれるのかと考えた。その結果、導き出されたのが、
「やっぱり、あの子のことだよね」
昨日から学院内でもっぱら噂になっている子。
貴族派や政治家、魔法一族が人を使ってまでロゼに聞いてくるくらいだ。
現職の大臣を父にもつアビーも気になるのだろうか。
「お待たせ」
アビーが台を押しながら部屋に入ってきた。
台の上にはカップ、ポッド、ケーキが。
「そ、そんなお気になさらず!」
あまりの対応にロゼは立ち上がって手の平を前に出した。
アビーはテーブルにソーサーを、その上にカップを置き、ポッドから紅茶を淹れる。
「ミルクは?」
「結構です」
これ以上お姫様の手を煩わせてはいけないとロゼは首と手を振って答える。
そしてアビーは色とりどりのケーキを乗せた三段のケーキスタンドをテーブルの中心に、ロゼの前にケーキ皿とフォークを置いた。
「さ、お好きなのをどうぞ」
と言われてもロゼにはケーキスタンドなんて生まれて初めて生で見たゆえ、上段からか下段から手を出すのか手を子招いていた。
アビーが下段の小さいサンドウィッチからナイフとフォークで取り始めたのでロゼはそれにならいサンドウィッチを取った。
そしてアビーがナイフをサンドウィッチに刺して口に運ぶのでロゼも真似てサンドウィッチを食べる。サンドウィッチはおいしかったが普段は手を使って食べるので味覚より違和感が勝っていた。
「学校で留意する点はありますの?」
「えっ! ん」
急な質問でサンドウィッチを喉で詰まらせ、紅茶を慌てて飲む。
「あちっ!」
紅茶は熱に驚き、カップから紅茶を少しこぼす。
「あらあら、これをどうぞ」
アビーはティッシュペーパーをロゼに渡す。
「すみません」
運よくテーブルの上に数滴こぼした程度だった。それでも恥ずかしく急いでティッシュペーパーで拭く。
「それで学校で留意すべき点はあります? 例えば授業とか教師、それと……」
そこでアビーは顎に右指を当て、ロゼをじっと見つめる。
「それと?」
「派閥とか」
「……」
それが聞きたいことなのだろうか。
「私、今年からというか、今月から入ってきたので派閥とかあんまり知らないですよ」
とロゼは肩を竦めた。
「でも、あなた先月からこの島に着ているでしょ。どこの派閥にも所属していないし」
「そりゃあ、私はただのパンピーですから」
パンピーって言葉を使ったけどお嬢様には通じるかなと心配したが、
「謙遜しないで。高校から入学した身。さらにあなたはマルス商店の人間であの人から推薦状を書いてもらったのだから」
「……」
その言われ方には少し居心地が悪かった。
「ごめんなさい。気を悪くしたかしら?」
「いえ、そんなことは。派閥についてはそんなに知らないんです」
「ふうん。面倒な派閥とかあるの?」
「派閥は基本面倒ですよ」
と言ってロゼはカップに口をつける。今度は熱さに気をつけて紅茶を口に含む。
「スコーンをどうぞ。紅茶によく合うわよ」
「あ、はい。いただきます」
ケーキスタンド中段のスコーンを取る。
「一番有名な派閥は?」
「えーと貴族派は伯爵家のクロード派かな?」
「王家のリーリア派はではなく?」
「リーリア派は王家ですけど人数は少ないんですよ。なんていうか神聖で近寄り難いみたい。クロード派は人数が多いですね。色んな貴族も入ってますしパンピーもいますよ」
ロゼはスコーンを一つ頬張る。
「なるほどね。純血派は?」
「今は純血派とはいいませんね。魔法一族と言います」
かつては自らを純血派と言い、他を混血派と言って差別発言をしていたがここ最近は差別用語には風当たりが強く純血や混血と言った言葉は使わなくなっていた。
「魔法一族ではクラム派ですね。人数は少ないですけど一人一人の才能はずば抜けてますよ」
「クラム派ということは他の家も含まれているってこと?」
アビーはスコーンを取りながら聞く。
「はい。クラム派は魔法一族派というよりクラム家を中心にした仲良しグループですかね。次に政治家一門は……」
「ボールドね」
「あ、はい。ご存知で?」
「そりゃあ共和党トップのご子息でしょ」
やはり政治家のことは政治家ということか。
アビーは手にしたスコーンを食べる。カリッと音が鳴る。
「偉ぶっている派閥はあるかしら? 学院で肩で風をきるようにしている人とか?」
「基本どの派閥も偉ぶってますよ」
「目をつけられたら危険なとこは?」
アビーはケーキスタンド上段の皿に置かれているモンブランをナイフとフォークで取った。
それにロゼも続いて上段のチーズケーキを取った。
「目をつけられる。……個人に対してのいじめやいちゃもんは私の知る限りありませんね。ただ目をつけられると厄介そうなのは…………どれも厄介ですね。きっと」
「私が入学したらボールドに目をつけられそうね」
とアビーはぽつりと言った。
「ああ、アビーさんのお家は民主党でしたね」
それにアビーは肩を竦めて応え、モンブランを食べる。
「派閥同士の争いとかある?」
「そりゃあ、まあ、もちろん」
「一番争いがすごいところは?」
「貴族派のクロード派と魔法一族のクラム派ですね。あそこすごいバチバチしてますね」
「クロード派とクラム派ね。どっちの派閥からもお誘いがきそうね」
「魔法一族は純血派ですよ」
「私、遠い血縁で魔女の血を引いているのよ。純血にはない魔女の血を」
アビーは皮肉交じりに言う。
純血派は偉大なる先人の血と一子相伝の御業を受け継ぐ者。しかし、今では普通より魔法の才があるのみの派閥がほとんどである。
「もしかしてリネットさんの?」
「いいえ。あの方ではないわ」
そしてアビーは紅茶を一口含んだ。
「そういえば魔女リネットさんのところに同居人さんがいるのをご存知で?」
もしかしたら本命はこれだったのでは?
今まで派閥の話はそのための布石だったのか。
「……ええ。名前はシャルと言います」
きっとどこかで自分がシャルといたところを聞いたんだろうとロゼは考えた。
が、しかし――。
「知ってるわ。ここに来るとき船でお会いいたしましたから」
既に周知していたとは。
「彼女も編入試験を受けるのでしょ?」
「らしいですね」
「それは魔女になるためなのかしら?」
「違うのでは? 一緒に暮らしているだけでお弟子ではないようですけど」
「でもリネットさんの親戚なのでしょ?」
と言ってアビーは窓に視線を向ける。
つられてロゼも窓に視線を向けると澄みきった青い空が目に入った。
限界がないように見えて、近付くと限界がある。
「アビーさんも魔女になるためここに来たのですか?」
ロゼのその質問にアビーは少し間を置いてから答える。
「いいえ。私が魔女になることをメイザー家が許さないでしょ」
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