第9話 練習

 電灯1つだけのもの悲しい瞑想室でシャルは魔石を光らせる練習をしている。ただし今日は一人でだ。前回まではリネットに魔力を注入してもらったが、今回はシャル一人で魔力を生み出さなくてはいけない。


 魔力の生成については講義は受けている。

 シャルは目を閉じ、深呼吸をし、額に魔力をイメージする。


 ――前回はいいとこまでいけたんだ。次こそは!


 今日一人で練習するようになったのはシャルから頼み込んでのこと。


 ――大丈夫。理論は叩き込んだ。まずは頭から。


 魔力とは基本的には体のどこからでも生成可能である。しかし、初心者はまずイメージにより額から生成することが基本となっている。


「額、額、額にあるように」


 シャルは何度も額と呟く。これも一種の自己暗示で魔力生成には大切なことである。


「私は魔力を持っている。持っている。額に、額に」


 強く念じる。

 だが、


「…………ダメだ」


 魔力が生まれない。


「もう一度、もう一度」


 自分を鼓舞してもう一度魔力生成に挑む。


「…………」


 それでも魔力は生まれなかった。

 魔力の代わりに額に汗が浮かぶ。それはとても嫌な汗だった。

 密閉された部屋ゆえ息苦しい。


『ほら、ムリムリ、ムリ。諦めなって』

『あんたには出来るわけないんだから』

『身の程を知れよ』


 笑い声が聞こえる。

 見下す笑みが見える。


「違う。出来る。絶対!」


 シャルは下を向き叫んだ。

 すると額から黒い光がゆっくりとこぼれた。


「ま、魔力?」


 実際に魔力そのものを見たことはないのでシャルは驚いた。

 額から下へと動かし、腕を通して手の中の魔石に魔力を注ぐ予定だった。

 シャルは

 慌ててゆっくりと落ちる魔力に魔石を当てた。

 すると、


「わわっ、わわわわ!」


 赤い魔石は赤く光ることなく、震える。うっかり手のひらから落とそうになる。魔石をぎっゅと握る。


「え? え? 何?」


 シャルの慌てる声を聞いて隣のラボにいたリネットが部屋に入ってきた。


「どうした?」

「魔石が震えて……」


 リネットはシャルの手の中で震える魔石を見て、険しい顔つきになる。


「すぐに放せ! 下に落とせ!」


 シャルは言われた通り、魔石を床へと捨てた。

 魔石は床にぶつかり割れた。その際に魔石はまばゆい赤い閃光を発した。


「何をした?」


 リネットが眉根を寄せて聞く。


「えっと、あの……」


 シャルはどう答えればいいのか分からず、しどろもどろになる。


「魔力を注ぐ練習だよな?」

「……はい。それで、なんか、額から魔力が出ちゃってそれを慌てて魔石に当てると、魔石が震え始めたんです」

「そうか。きちんとイメージしたのか?」

「この前の魔力をイメージして」

「額から魔力が出たとき何イメージした?」

「えっと、あの……」


 シャルは答えに窮して下を向く。


「いや、いい。だいたいは分かった」

「あの、どういうことなんでしょうか? どうして魔石が?」

「まずは破片拾いからだ。箒と塵取りはラボにある」

「わかりました」


 シャルはラボに向かい、箒と塵取りを持って戻ってきた。

 瞑想室でリネットがしゃがみ魔石を摘み思案気の顔をしている。


「あの、手危ないですよ」

「ん、あああ」


 シャル箒で床の割れた魔石を掻き、塵取りへと収める。


「ゴミ箱はこっちだ」


 リネットに連れられラボのゴミ箱へと向かう。

 ゴミ箱は三つあり、右から『魔石』、『燃やせるもの』、『燃やせないもの』と書かれた紙がゴミ箱に貼られている。

 シャルは『魔石』紙が貼られているゴミ箱に割れた魔石を捨てる。


「あの、その魔石は?」


 シャルはリネットが手にしている魔石の破片を指して聞く。


「ああ! これはいい。さて割れた魔石に説明しようか」


 リネットはシャルに椅子に座るように指示する。シャルは箒と塵取りを片付けたあと椅子に座った。


「割れた原因は魔力ではないからだ」

「魔力ではない! では何なんですか?」

「それは魔法だ」

「ま、魔法? でも魔法は魔石がないと……」

「魔石以外でも魔法を発動させるものがあるだろ」

「確か、ギフトとテンペ……あ!」


 答えに導きシャルは声を上げ、リネットは頷いた。


「そうだ。テンペストだ」

「私の魔法」

「昔のクラスメート、高校受験のことを考えただろ?」


 言い当てられシャルは腋を締めた。


「…………はい。なんか焦ってたら、つい昔のことが頭をよぎって、それで」

「テンペストは心が不安定になると発生するからな。魔力生成と結び付いてあのような魔法が発生したんだろ」

「すみません」


 シャルは項垂れるように頭を下げて謝る。


「次からは気を付けるように。いいか、昔のことは思い出すな」

「……はい」


  ◇ ◇ ◇


 その後、何度も魔石を光らせようと魔力の生成、そして魔石への注入を試みもうまくいかなかった。


「今日はもういいぞ」

「……はい」


 シャルは後片付けを始める。


「私ってやっぱり才能ないのでは?」

「おいおい、まだ魔法入門したてだろう」

「……でも、私、まだ……光らせて」


 リネットはシャルの肩を叩き、

「試験までまだあるんだ」

「……はい」


  ◇ ◇ ◇


 シャルが工房を出たあとリネットは溜め息を吐いた。


 ああは言ったものの実は今だに魔石を発光できないのは問題だった。

 魔力生成ができれば誰でもその日の内にクリアできるもの。

 それが今だに出来ないとはどういうことか。


「これはもしかして浪人する……かもな」


 国立魔法学院アルビアは生まれてすぐ魔法の才がありと言われた子が幼稚舎から入るのが普通。


 途中から入学する子も多数いる。だが、高校から入学する子の多くは1浪をする。

 リネットが贔屓にしているマルス商店の孫も1浪して入学した。


 だが、に落ちて1浪する子は基本いないのだ。


 編入試験は誰でも簡単に受けれるものではない。魔法省の推薦が必要だ。

 魔法省は魔法に関する事案を管轄している所であり、その職員のほとんどがアルビオンの卒業生である。多少のがあれど魔法省から推薦であれば通るものである。


 そういう面を除いても、OB・OGの多い魔法省から推薦されるということは才があると押されたということでもある。すなわちそれは受かったも当然ということでもあるのだ。


 だが魔石も発光できないとなるとさすがに難しいかもしれない。


「こりゃあ大変だな」


 リネットは瞑想室に目を向ける。


「まずは魔石の発光ではなく瞑想を丹念に行うべきかな?」

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