第6話 願書提出

「やっぱ才能なんてないのかな?」


 シャルはぽつりと呟き、卵を割り、中身をフライパンへと落とす。


 魔力生成による魔石発光の練習を始めて3日経ったが、まだ自身での魔石発光は成し遂げていなかった。


 から魔法省の人間は才能があるとか言っていたが、本当なのだろうか。


 ていのいい言葉に踊らされているだけなのではないか?


 ――当たり前でしょ。あんたに才能なんてあるわけないでしょ。

 ――まだそんなこと言ってるわけ。

 ――現実逃避。

 ――バカじゃないの。


 ここにいない中学時代のクラスメートである彼女達の言葉が聞こえる。


 今のシャルが何をして、何に躓いているのか彼女達は知らないはずなのに、シャルには彼女達がそれを知った上でまるで自分に語りかけているのだと感じてしまう。


 被害妄想と幻聴。


 頭では分かっているつもりだ。自分が生み出した言葉なのだど。

 しかしどうしても、もし彼女達がいたなら、こういう言葉を口にするとシャルは確信する。


 卵の白身は沸々と透明から白く濁り始める。


「ダメダメダメ。考えるな、考えるな」


 シャルは頭を振って、頭の中の言葉を消す。そして自分の両頬を両手で叩く。


 そこでインターホンが鳴った。


「わ! へ? 誰?」


 シャルは驚き、火を消して昼食の準備を中断する。


 対応すると相手は郵便配達員だった。

 シャルは外に出て配達員から封筒を受け取った。


  ◇ ◇ ◇


「誰だった?」


 廊下でラボから出てきたリネットに聞かれた。


「郵便です。ウィルさんからリネットさん宛です」


 シャルは封筒をリネットに渡す。

 眉を下げたリネットはその場で封を切り中を見る。


「これは君宛だね。全くどうして私の名で送るかね、あいつは」


 シャルに封筒を押し付け、リネットはリビングに向かう。

 首を傾げシャルは封の中を窺う。中には王立魔法学院の編入試験の願書書類が入っていた。


 シャルはリビングのテーブルに願書書類の入った封筒を置き、キッチンへ戻る。


「昼はなんだ?」


 リビングでリネットが尋ねる。


「ロコモコ丼です」

「そうか」


 昨日の残りのハンバーグを使ったものだ。

 どんぶり鉢にご飯を、その上にハンバーグ、目玉焼き、そして最後にソースをかける。


「出来ましたよ」


 シャルはダイニングテーブルにロコモコ丼を二つ乗せる。


 リネットはリビングからダイニングへと移動し、食器棚からスプーンを取り出し、椅子へ座る。


「スプーンですか?」


 シャルは箸を持ち聞く。


「ロコモコ丼はスプーンだろ」

「ええー!? お箸では?」

「ま、人ぞれぞれだな」


 と言ってリネットはスプーンでロコモコ丼を食べ始める。


「そっちの目玉焼き、パサパサだけど?」

「途中で郵便が着たので。あ、火はちゃんと消しましたよ。でも、フライパンに熱が残ってて。焦がすことはなかったんですけどパサパサになったんです」

「恨むんならウィルの奴を恨みな」


  ◇ ◇ ◇


 昼食の後、リビングテーブルに願書書類を広げた。


「これに記入すればいいんですよね」


 と、シャルはボールペンで記入しながら聞く。


「ああ。それでこの書類も一緒に専用封筒に入れて届けるだけだ」

「その書類は?」


 リネットが持つ書類を尋ねる。


「本人確認の書類と試験料の納付証明書だ」

「え、試験料?」

「それは大丈夫だ。もう払っている」


 リネットは納付の判が押された証明書を見せる。


「で? 直接学校に行って出しに行くか? それとも郵送で送るか? もしくはウィルに送るか?」

「なんでウィルさんなんですか?」

「うん? ただの嫌がらせさ」

「もう、駄目ですよ。願書は郵送にしましょう」

「いや、ここは一度学校に行ってみるべきかな」

「試験日に迷わないためですか?」

「それもあるけど。こう側を案内しておこうと思ってな」

「向こう側?」


  ◇ ◇ ◇


 国立魔法学院は島の北側にあり、リネットの家からは町とは反対側に山を越えて、進んだ先にある。


「へえー」


 車の助手席から見える景色にシャルは感嘆の声を上げた。

 町とは文化が違っていた。

 家並みも建物も道路も、そして服装も。


「ファンタジー世界ですね」

「ファンタジーか。君、面白いね」

「え? おかしいですか?」

「大抵の人は中世の街並とかいうけどね」

「中世ですか? でも普通に車もありますし、信号とか外灯もありますし。よく見ると現代のものが結構ありますよ」

「……まあね」


 リネットは苦笑した。

 車は十字路を右へと曲がる。

 そして大きな校門が見えてきた。


「道はそんなに難しくないだろう」

「はい。目印となるところもあったので簡単に覚えました」


 車は校門に入るのでなく塀にそって左へと迂回する。そして別の門が現れた。


「裏門ですか?」

「いや、特別出入り口だ」


 門で守衛に身分と目的を言い、許可を得て、中へと進む。

 校内に入って、すぐの駐車場で車を留める。


「どうして正門でないんですか?」

「もちろん正門でも問題ないが一般的には正門は生徒で、それ以外はこっちだ」


 と言ってリネットは歩き、シャルはその後に続く。生徒たちとすれ違うたび、ちらちらと視線を感じる。

 そんな視線を無視してリネットは迷うことなく歩き進む。


「もしかして出身校ですか?」

「いや、違うが」

「ならどうして迷わず進めるんですか? 前に来たことが?」

「ああ、所用でな」


 そして二人は噴水広場に辿り着く。


「さっきの正門があれだ」


 リネットはそう言って太い道の向こうを指差す。シャルは指差す方に目を向けると真っ直ぐと長い桜並木の道の向こうに正門が見える。


「桜すごいですね」


 満開を過ぎてはいるがまだ多くのピンクの花弁を咲かせた桜は綺麗であった。


 二人は噴水広場側の玄関口から校舎に入る。

 玄関口から入ってすぐ正面に事務所がある。

 受付でシャーロットはリネットに背中を押された。


「あの、願書を提出に来ました」


 シャルは願書の入った封筒を受付の女性に渡す。


「少しお待ち下さい」


 受付女性は封を開け、書類を確認する。そして、1枚の書類に判を押して切り取る。切り取ったそれをシャルに向け、


「確認しました」

「あ、はい」


 シャルは切り取られた本人控えを受け取った。


「後日、試験票をお送り致します」

「はい」


 これで終わりと思い、下がろうとした時、奥に座っていた事務局長がリネットに声を掛けた。


「ガネーシャさん。少々、お話が」


 事務局長は手でこちらへと示す。


「シャル、すまない。外で少し待っていてくれ」

「はい。噴水広場で待っています」


 シャルは玄関を出た時、何人かの生徒が玄関前にいた。

 その生徒たちは「あはは」、「どうも~」と言って散り散りに去っていく。

 それをシャルは小首を傾げて不思議に思う。


 噴水広場近くに木製のベンチがあり、そこにシャルは座った。


 下校中の生徒たちがシャルの前を次々と通る。そしてシャルを見る目は様々。興味、奇異、驚愕など。ちらりと目を配るものから上から下までじっとりと見るものまで。


 そんな目に晒されて、少し居心地が悪く、しばらくじっと耐えているとリネットが戻ってきた。


「すまない。待たせたな」

「いえ、別に」


 そのリネットの後ろには、


「あら? 久しぶりね」


 客船で出会ったアヴィゲイル・メイザー。


「あ、こんにちは」

「そう貴女がリネットさんの」


 二人が再会の挨拶をしている時、知り合いだろうか、ある生徒がリネットに頭を下げて、近くを通り過ぎようとした。それをリネットは止めた。


「マルス、丁度良い。この子にラビリスタを紹介してやってくれ」

「ラビリスタ?」

「ここ学院周囲を含んだ街のことだ。私は少しアヴィーと話がある。それまでマルスに案内してもらえ」

「あの、勝手に決めないでください。それに私、マルスではないです。マルスは店の名ですから」

「マルス。……ああ! 朝の!」

「会ったことあるだろ」

「あの時、宅配の子」


 自分と同じ年頃の女の子だったのでシャルは覚えていた。


「お互い顔見知りということだから頼むよ」


 と言ってリネットとアヴィーは校舎に戻っていった。


「相変わらずマイペースだな」

「あ、あのう……どう、します?」

「いいよ。少し案内するよ」


 お得意様の頼みを自分の一存で蹴ることはできないのでロゼは街の案内をすることにした。


「よろしくマルスさん」

「……だからマルスは店名だって。私はロゼ・ガフィー。高一だよ」

「私はシャーロット・オレアナ・トムソン。高一予定です」

「同じ学年か。ならタメでいいよ」


 ロゼはそう言って右手を差し出した。


「うん。よろしくロゼ」


 シャルは差し出された右手を握った。

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