第3話 これからのこと
ウィルが出ていったあと、リネットからこの家での役割についての説明があった。
「まず君の役割はについてだが。料理、洗濯、掃除、買い出し、その他雑用だ」
シャルは心の中で「それって家政婦の仕事じゃん」と呟いた。
リネットはそれに気付いたのか、
「そうだな。家政婦だな。ただ、それは国立魔法学院に通うまでだ」
「学校に通ったら?」
リネットは目を瞑り、思案する。そして、
「…………よし。平日は料理と雑用、休日は全般だ」
「ちょっときつくないですか?」
「何、料理をきちんとすれば文句は言わん」
「わかりました」
まあ住まわせてもらい、かつ魔法の御指南を受けるのだから文句は言えまい。
◇ ◇ ◇
シャルはあてがわれた自室で荷ほどきをしていると母からケータイで着信がきた。
「もしもし」
『ちょっとあんた! リネットさんの家に着いたら連絡するって約束でしょ。どうなの? 着いたの?』
母からの怒号のような言葉にシャルは眉根を寄せて一度ケータイを耳から離した。そして連絡するという約束を今、思い出した。
「あ、ごめん。忘れてた。着いたよ。今、荷ほどきしているとこ」
『そう、無事着いたのね。それでどう?』
「どうって言われても……まあ、普通?」
『やっていけそう?』
その質問にシャルは辟易した。
「それはまだ学校に入学してないし、わかんないけど……」
『学校行けなくてもいいから、そこで世話になりなさい。……あと魔法とか、そういうのもきちんと勉強して』
母は押し付けるかのように言う。それにはシャルは内心苛立った。でもそれを抑えて、
「わかった」
『本当にわかってる? いい? もうあんたにはそれしかないのよ』
それしかないなんて言うがシャルには母が何を言いたいのか分かっていた。
――そこで大人しくしておけ。
「わかった。それじゃあ、もう切るね」
『ええ、しっかりしなさいよ』
通話を切ってシャルは、
「しっかり、ね」
その言葉はシャルの気分を陽から陰へと落とした。まるで自分がしっかりしていない言われている気がしたからだ。
苛立ちが募る。すると過去の言葉が頭に
『あんたには無理よ』
『現実見なさいよ』
『バカじゃないの』
シャルはお腹をさすった。まるでそこに苛立ちが貯まっているような気がした。
そして苛立ちを吐き出すように大きく息を吐いた。
それでも苛立ちは消えなかった。
「考えるな。考えるな」
シャルは頬を叩き、荷ほどきに無理矢理専念する。
衣服はタンスに。筆箱、ノートは机に。歯ブラシ、ハミガキ粉、櫛は後で洗面所に。
荷ほどきは以外とすぐに終わった。
手持無沙汰になるとまた過去という幻影が現れる。
「ああ、もう!」
目の前の空っぽの鞄をシャルは当たるように少し強めに
「どうした? 声をあげて?」
「ひやぁ!」
シャルは驚き、振り向いた。
「リリ、リネットさん!? 何ですか?」
「ん? ちょっと家の周りを案内をしてあげようとな。スーパーとか雑貨屋とか知っておいた方がいいだろ」
「あ、はい。お願いします」
◇ ◇ ◇
車ではなく徒歩で案内された。
まずは坂を下り、ここに来るまでに通った町の方へと向かう。町の名前はヌアナという。主に魔法とは関係のない一般人が住む町らしい。
コルデア島は魔法の関係の人間だけが住んでいると考えていたからそういう人間もいてシャルは驚いた。
「スーパーは坂を下ればすぐだ。あとちょっと歩けば見える。ほらあれだ。スーパートドロキって看板が見えるだろ」
「はい。見えます」
オレンジ色の看板に白文字でトドロキと書かれている。いや本当は白の看板にオレンジ色を塗られて、トドロキの部分だけが塗られてないんだろう。うまく文字ができるように塗られているので白文字が書かれているように見えたのだろう。
「それじゃあ次は雑貨屋だ」
スーパーを越え、四車線の大きい車道にあたる丁字路を左に曲がり、2ブロック分進むと大型の日用雑貨屋店が現れた。
「あれが日用雑貨店、その隣は服屋だ」
日用雑貨店の隣に全国展開しているファッションセンターの建物があった。それはシャルの実家周辺にもあった店であった。見知った建物があり、シャルは少し安心感を持った。
「この道は奥に行けばファミレスやファースフード店、その他色々な店があるんだ」
「色々ですか」
「生活圏はここいらで問題はない」
と言ってリネットはUターンした。
「この周辺の案内はこれくらいでいいだろう。もしなんだったら後で地図をやる」
帰りはリネットと共にスーパーに立ち寄り、夕食と明日の朝食分の食料を買った。
◇ ◇ ◇
今日は引っ越しで疲れているだろうということで夕食はスーパーで買った弁当とお惣菜だった。
シャルはハンバーグ弁当、リネットは焼肉弁当、お惣菜はコロッケに餃子、切り干し大根。
「明日は早いから飯食い終わったら風呂入って寝るように」
夕食時、リネットに告げられた。
「明日何かあるのですか?」
「マルス商店から頼んでたものが届く」
「朝早くにですか?」
「ああ。午前6時だ。君が対応して荷物を受け取ってくれ」
「はい」
時計の短針は夜の7時を指していた。
この後、風呂を沸かして2番手に入っても早くに就寝できそうだ。
シャルは止まっていた箸を動かした。ご飯は温かいが、甘ダレがかけられた焼肉はまだ冷たかった。もう一度レンジでチンしようとも考えたがやめた。
◇ ◇ ◇
明日は朝早くから荷物の受け取りという仕事がある。それゆえ早めに就寝しないといけないのだが、シャルはなかなか寝付けなかった。
それは他人の家のベッドだからか、それとも心にわだかまりが残っているのからか。
今日から始まった新生活。
今までにはなかった魔法のある生活。
他人には根拠もなく馬鹿にされ見下されていた自分。そんな自分があんなことで魔法の才が発露して、あれよこれよとこの島に流された。
――なんともまあ、皮肉な。
シャルは寝返りを打った。
受験に失敗した身だ。
こんな自分でも何かしろの身に付く術があるならなんでもいい。
――私にはもうこれしかないのだから。
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