第4話  ロゼ

 ロゼの朝は早い。

 まだ肌寒い季節の風を受けてカブを運転する。

 荷台には宅配の荷物であるダンボールが一つ。朝早い理由はそれを届けなくてはいけないから。


 ロゼは昨年から国立魔法学院に通うため本土から母方の祖母が住む家に引っ越してきた。学院には一年浪人して入学。去年は絶対に学院に入学させるため魔法の勉強がほとんどで店の手伝いはなかった。しかし、今年から時間に余裕ができて手伝いをすることになった。

 その祖母の店の手伝いでロゼは朝早くから仕事をしている。


 祖母からは「仕事のしの字も知らないから、簡単なのを選ばせてやるよ」なんて言っていたが選んでもなければ簡単でもなかった。


「クソめんどくさいのを押し付けておいて!」


 ロゼはカブをふかせて、坂を登っていた。

 目的地は丘の上にある魔女の家。

 ここいらでは有名であるらしい。そしてあまり関わりたいとは思われていない。それは周辺が木々で覆われ不気味だからではなく、もっと別のことが起因であろう。


 カブを停め、ダンボールを持ち、門扉へ。

 しかし、今日はいつもと違っていた。ロゼがいつも訪れる時、魔女はすで門扉に立っている。初めて宅配に訪れた時は幽霊と見間違えて失礼ながら思わず声を上げて驚いた。

 その魔女が今日はいない。


「あれ?」


 ロゼは日付を間違えたのかと思い、受領表を確認した。

 受取日は今日の日付。時間も間違ってはいない。


 インターホンを鳴らすべきかと考えたが、この早朝の時間に鳴らすのもなと躊躇った。

 一旦、祖母へ連絡すべきかとケータイを取り出した。


 そこへ魔女の家のドアが開いた。魔女と思ったら外に出てきたのは小柄な少女だった。少女はまだ眠気が取れてないのか、瞼は重くゆったりとした足取りだった。


「すみませーん。マルス商店のものです。商品のお届けに参りました」


「あ、はーい」


 少女は急いで門扉へと向かう。

 別にロゼは急かしたわけではなないのだが、急かしたような形になり申し訳なく感じた。


「こちらにサインをお願いします」


 ペンを受け取った少女はサイン欄にシャーロットと書いた。


「……リネットさんですよね」

「ああ! すみません。つい!」


 少女は記入したシャーロットを急いで2重線で消して、リネットと書いた。


 ロゼは受領書を切ってダンボールを少女に渡した。


「はい、確かに。どうも」

「ど、どうもです」


 少女には少し荷物は重たかったのか腰が曲がっていた。


 カブに乗り、発進する前にロゼは魔女の家に振り返った。応対した少女はゆっくりとした足つきでドアへと向かっている。


「誰だろう?」


  ◇ ◇ ◇


「ねえ、ばあちゃん、今日さ……」

「ここでは店長だよ」


 いつも通りロゼは配達後、店のバックヤードで祖母に受領書を渡した。

 ロゼの祖母は70手前なのにしっかりとした体で、背もきっちりと伸びている。顔の皺も少なく、髪も白髪染めで黒く染めているので50そこらにも見える。ロゼはここに住み始めた時は客から娘さんと勘違いされることもしばしば。


「店長、今日魔女の家に宅配に行ったんだけどさ」

「魔女でなくてリネットさんだ」


 ロゼは祖母によく魔女ではなく名前で呼ぶにようにと注意されている。しかし、ロゼの友人知人はみな、魔女と呼んでいるのでつい魔女と言ってしまう。


「……そのリネットさんの家に宅配に行ったんだけど、知らない子が出たんだよ。私より少し下かな」


 ――中学生。いや、自分基準ではいけない。高校生ぐらいかな。


 背が高いロゼからすると背の低い子はつい中学生のように感じてしまう。


「あんた、間違った所に送ってないよね」

「失礼なちゃんと魔……リネットさんの家だよ。あそこらへんってリネットさんしか住んでないでしょ。間違えるわけないし」


 祖母は受領書を見て、


「確かにそうだね。ん? シャーロット?」


 受領書にはシャーロットの上に2重線が。端にリネットと記入されている。


「それたぶんその子の名前。間違って自分の名前を書いちゃったんだよ」

「ふむ。あの家には魔女しか住んでないはずだけど」

「……ばあちゃん、魔女って言ってるよ」

「うるさい子だね。あんたのせいだよ」

「なんでだよ!」

「にしても誰だろうねえ。もしかして若返りの薬でも作ったのかね」

「いや、若返ってもないと思うよ」


 リネットは黒髪ストレートだった。若返ったとしてもゆるふわ系にはならないと思うし、それに顔つきが全然違うし、何より雰囲気が違いすぎる。小動物系で庇護欲がうずうずする子だ。


「名前もシャーロットなんだから違うでしょ」

「お弟子さんでも迎え入れたのかね」

「弟子っぽくも見えなかったよ。なんか今時の普通の子だったし」

「そうかい。ま、しばらくすると何かわかるだろう。ここは世間の狭い島の中だしね。あんたもご苦労様。今日はもういいよ」


 ロゼは店を出て、隣の祖母の家に向かう。店と祖母の家は繋がっていないので一度店を出ないといけない。しかも間に塀があるので道路に出ないといけない。


「なんで繋げないんだろ」


 玄関のドアを鍵で解錠してドアを開ける。

 セキュリティーと効率の面から店と家を繋げた方が良いはずなのに。距離も遠くはない。塀をなくせば少し渡り廊下で繋げればいいような気がする。


 それはここに来てから、いつも不思議に思っていたこと。いつかは聞こうとしてもつい聞きそびれてしまう。


 朝食を食べ、制服に着替え、忘れ物がないのか鞄を開けてチェックする。

 時間を確認するとまだ登校に中途半端な余裕がある。一眠りするには短く、かと言って登校するには早すぎる。部活をしているなら朝練の時間だろう。


 部活に入って朝練をすればいいのだろうが仕事終わり朝練の部活して、学校で授業なんて絶対疲れて授業中に居眠りしてしまう。


「暇だな~」


 何もすることもなくリビングで朝のニュース番組をぼんやりと見る。

 そんな中、この前のコルデア島の事件が報じられた。


「あ、この前のだ」


 地元のことゆえか、テレビに釘付けになる。


 確か数日前にテロリストの危ない荷物が港で見つかったとかだ。

 テレビではリポーターの女子アナが現場である港にいて情報を報じている。


『……現場からは以上です』


 その後、わざわざCGを使った映像を流しつつ、以前の情報を踏まえて局のアナウンサーが懇切丁寧に説明をする。それが終わると専門家、そしてコメンテーター達に話を振る。


 特に益のない情報とあたり障りのないコメントが飛び交う。


「なーんだ、あんま真新しい情報はないのか」


 ロゼが求めているのは誰が何の目的、もしくは誰に渡すつもりで物騒な物を港に運んだのかだ。結局、それは分からずじまい。


『魔法で犯人分かんないのですかね?』


 とコメンテーターが言った。

 ロゼはそれを聞いて鼻で笑った。


 ――魔法はそんな都合のいいものではない。


 魔法は子供向けアニメのように動物に変身したり壊れたものを完全修復したりはできないのだ。

 せいぜい、擬態に近い変装や簡易修復くらいだ。

 魔法は決して万能ではないのだ。


『そんなことはできませんよ』


 専門家が代弁するように言った。


『そう言えば、この前も魔法の事件がありましたよね。もしかしてそれで反対派が活気づいてのことですかね?』


 アナウンサーが聞く。


『まずあの事件とは関連性はありませんね』

『反対派は?』

『反対派が活気づいてのことかは調べてみないと……』

『なるほどそれは大変ですね』


 アナウンサーが眉間に皺を寄せて言った。

 そして次の報道に移った。


「この前……ああ、あれか」


 高校受験に失敗した子が学校で精神が不安定になり、魔法を発動してしまい怪我人を出した事件だ。


 魔法関連ということで報道はされたが、さほど大きく報道されなかった。

 しかし、芸人コメンテーターが、


『これから受験に失敗するとこんなことがあるかもしれませんね』


 と冗談混じりの発言が問題となったのだ。

 そんな不適切な発言をした芸人はあくまで合格発表の学校を案じてのことと弁解した。


 それがまさかの大事になるとは。


 多くの人は芸人コメンテーターと同じ様に合格発表のあった高校げんばで事件があった誤解していた。しかし、実際は加害者である子の中学校で事件が発生したのだ。芸人コメンテーターの間違いにより、事件についてもう再認識された。



 その再認識のおかげで、事件のあったその日は合格発表があった日とは別の日であることも判明。


 ではなぜ中学校で魔法が発動したのか?


 さらにこの件で警察は動かず家裁にもならなかった。それが疑惑となり、マスコミも動いて執念深く調べられた。


 そこで調べていくとどうやらいじめがあったのではという疑惑が浮上したのだ。


 学校側は否定。さらに受験生に影響があるので今は何も言えないと黙秘された。

 そう、受験が終わっているにも関わらず。


 マスコミの執念深い調査の結果、受験に失敗したことを馬鹿にされたことが原因で精神が不安定となり、魔法が暴発ぼうはつしたことが判明。


 この件で魔法の才能がある人間は管理すべきだという意見が強まった。しかし、反対意見もあり、管理下にあっても周りの人間がクズ共なら意味はないのではと。


 ロゼも反対派の意見に賛成。魔法が暴発した原因は周りの人間にある。魔法を使う人間が悪いわけではない。心が汚い人間が悪いのだ。


  ◇ ◇ ◇


 ほんの少し前の事件、いや事故について思い起こしていると、


「あんた、まだいたのかい?」


 声の方を振り向くと廊下に祖母がいた。


「時間大丈夫かい?」


 そう聞かれ壁時計を見るといつも家を出る時間をとうに過ぎていた。


「やっば!」


 ロゼは急いで立ち上がり、鞄を持って玄関へと向かった。

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