第2話 魔女の家
ロータリーで赤いバンに乗り、シャルたち3人は出発した。
「君が迎えにくるなんて珍しいね」
「なあに、新しい教え子が今日来るっていうから。そのついでさ」
「教え子って?」
「メイザー家の子さ」
メイザー、つまりアビゲイル・メイザーのことだろう。
「その子も魔女の家に?」
シャルは聞いた。
「魔女の家って君、なんかその言い方は疎外感を感じるねえ」
「す、すみません。リネットさんのお家でしょうか。……その、アビーも一緒に暮らすんでしょうか?」
アビーの名前が出てリネットは目を開いた。そして面白そうな顔をしてミラー越しにシャルを見つめる。
「おや、アビーのこと知っているのかい?」
「先程船でお会いしました」
「こりゃあ奇遇だね。でもアビーは一緒に暮らさないよ。私が一時的にアビーの家庭教師をするって話さ」
「本当に一時的にかい? これを期にメイザー家に付け入ろうとしてないかい?」
ウィルが懐疑的な言葉をかける。
リネットは眉を寄せて、
「ウィル、お前と一緒にするな」
赤いバンは山を少し上ってから右に回り込むように進み、山の裏に入った。そして目に入ってきた景色にシャルは感嘆の声を漏らした。
「すごいですね」
左右2つの湾に囲まれた細長い土地が伺える。両方の湾にはビーチがそれぞれある。海の色は東が青色、西が緑色だった。今いる南の山と北の山との間に都会のような建物が聳えている。
「やっぱりそっきの港町しかないと思ってただろう」
「いえ、魔法学院もあるので他に町とかあるのかなと思ってはいました。でも、こんなにも広大とは」
山の裏には港町の十数倍は大きい町があり、大きな建築物や川、そして森、ビーチ、港、丘や山もある。
「本当はあの港に着く予定だったんだ」
ウィルは助手席から西側の港を指差す。
「? 何かあったんですか?」
「ここ最近物騒でね。この前、あの港で一騒ぎがあったんだ。それでしばらくは客船関係は先程の港町に停泊することになってるんだ」
「一騒ぎですか?」
「ちょっとしたデモだよ。本土でもあるでしょ」
確かに本土でもデモがある。でもそれは旗やプラカードを抱えたデモ行進だ。騒音はあるが破壊活動や暴動はないはず。
「ここでは少し過激でね。あ、もしかしてそれで迎えに来てくれたのかい」
「言ったろメイザー家のためだと」
バンは町の中を進む。
コルデア島は宗教観が根強い島とイメージしていたが本土と遜色はない。
本土にもあるスーパーやファミレス、ファーストフード店もあれば今風のコジャレたブティックもある。
町を歩く人も普通の衣服だ。
「普通ですね。あ、悪い意味でなく本土と同じという意味で」
「まあ、ここはな」
「? どういうことです?」
バンは町の中に止まることなく、郊外へと進み、丘へと続く坂道に差し掛かる。景色も次第に建物から緑が増えてくる。
「あのう、リネットさんのお家はどこに?」
「この坂道の上さ」
そしてバンは丘の上に建つ、木々に囲まれた家屋の前に停まった。
「なんか……色々とすごいですね」
魔女の家は一見、大きな現代建築風に見えるが所々コテージ、昔風のレンガ造り、木造建築の部位があり、奇抜であった。
向かって正面には芝生の庭があり、右にはビニールハウスがある。中はここからではわからないが植物であると想像がつく。左には木々が多く、かつ鬱蒼としてわからない。
リネットはバンを車庫に入れて内側から出て門扉へと戻ってきた。
「さあ、どうぞ」
リネットが門扉を開いて二人を中へと通す。リネットを先頭に3人は家へと続く土道を歩く。
「すごい家ですね。魔女の家だからですか?」
「面白いことを言うね。この家がこんなのになったのは色々あったからさ」
リネットは肩を竦めて言う。
「色々」
「私の先代が30年程前にレンガ造りの家を建てたんだけど10年前に半壊させてしまい現代建築風にリフォームしたんだ。その後、すぐに私が住み、7年前に工房を爆破させてしまって、そこをコテージ風にしたのさ」
「古い木造建築は?」
「あれは昔の離れさ。レンガ造りの時は別々だったんだよ。でも現代建築の時に繋げたのさ」
「取り壊さなかったのですか?」
「以外と重要なものでね」
「ウィルはここで待ってろ」
「コーヒー淹れておこうか?」
「好きにしろ。シャル、部屋へ案内する。こっちだ」
ウィルをリビングに残し、リネットとシャルは廊下に出る。
まっすぐと長い廊下を進み、突き当たりを左に曲がると階段がある。二人は階段を上り、2階へ。木造建築側にある部屋にシャルは通される。
「ここが今日から君の部屋だ。好きにとは言わんが、まあ自分の部屋のように
8畳の部屋でベッドに机、椅子、タンス、棚、窓は一つで今は緑色のチェクのカーテンが外の光を遮断している。
「荷物を置いて。リビングへ戻るよ」
言われた通り、バッグを床に置いた。リビングに戻るとコーヒー香りが鼻腔をくすぐった。
シャルは椅子に座らされ、テーブルを挟んで対面にリネットが。ウィルはテーブルにコーヒーを置き、シャルの隣に。
「これからのことだが」
とリネットが話し始めた。
「まず君は私の下で最低限の知識として魔法学を学んでもらう」
「はい」
「魔法ではないぞ。魔法学だ」
「? え、あ、はい」
どう違うというのか。それを察したのかウィルが、
「
ウィルが割って入る。シャルに安心させようとにっこり笑みを向けた後、カップを持ち、コーヒーを飲む。
「魔法についての知識だ。それ以外は家事をしてもらう」
「魔法の勉強……その、実戦的なものは?」
「そういうのはアルビアで学ぶといい。ああ、でも魔石の発光は覚えてもらう」
「魔石の発光?」
「ようは魔力生成だ」
「魔法はいいんですか? 編入試験もありますし」
「編入試験で魔法による実技はないから安心しろ。あるのは国数社の3教科と才能確認の魔石発光だ。あっ! 後、面接だ。私立高校の専願入試に魔力生成テストがあるものと思えばいい」
「……そうなんですか」
「今の実力なら問題ないだろ。いい
「はい。でも落ちましたし……」
と、シャルはどこか申し訳なく言う。そして高校受験のことが頭によぎる。それによって当時のことがふつふつと思い出してしまう。
彼女等の辛辣な言葉、当てられたレッテル、嘲笑、失敗するまでの永遠の問題。
それらを思い出すと心がざわざわと荒波を立てる。
悔しくて、悔しくて、辛くって、苦しい。
「どうした?」
「い、いえ、なんでも」
シャルは邪念を払おうと頭を振った。
「あ、あの、魔力生成は? 私、したことありません。できるかどうか……」
「安心しろ。一度魔法を発動させたなら、魔力生成も難しくない。生成ができたら簡単に魔石を発光できる」
魔力生成に近いもので思い出すとしたらそれはあの
今でもあれが自分がやったこととは思えなかった。でも心あたりはある。まさか自分にあのような真っ黒いもの溜まっていたとは。
ぞっとした恐ろしさがある。今までも見せたことのない攻撃的な自分。
それでもなぜか、悦のようなものが残っていたのをシャルは感じていた。
「分かりました。で、編入試験はいつ頃ですか? 願書とかは?」
その質問にリネットは止まった。しばらくしてウィルに顔を向ける。そのウィルはカップをソーサーに置いて、
「え? ……えっと来月かな?」
「願書は出したか?」
リネットはウィルに尋ねる。尋ねられたウィルはシャルに顔を向ける。シャルは頭を振り、
「わ、私は何も知りません」
ウィルは口を大きく開いたまま止まる。脂汗がすごいことに。しばらくして、
「もしかしたら、出してない……のかも?」
リネットは眉間に皺を寄せウィルを睨む。ウィルは慌てて、
「て、てっきり出してるのかと。え? 本当に出してないの?」
「なんやかんやとわちゃわちゃしていたので。それにこちらへ住むのもつい先日知ったくらいですし。願書については本当にわかりません」
ウィルは額を
「願書受付期間は無事かな? ちょっと確かめてみる」
席を立ち、「電話借りるよ」と言ってリネットの返事も聞かず、ウィルは固定電話を借りる。
「どうも魔法省のウィル・ターナーです。……願書の件で……はい。……受付期日は……そうですか。では後ほど願書を……あ、そうです。……あ、大丈夫ですか。……あ、どうも。……はい。失礼します」
そして受話器を置き、元いた椅子へと戻る。
「後日出しても大丈夫だって。いやあ、良かった、良かった」
ウィルは手の平で顔を扇いで言う。
それにリネットは溜め息を吐き、
「しっかりしろよ。受けられなかったらどうするんだよ」
「それは大丈夫だよ」
「どういうことだ?」
「なんでも元々特例だから願書は必要ないんだって。
「なら願書はもう出さなくていいってことだろ? お前さっき……」
「それは一応形として貰っておきたいと先方が言ってるだけだよ」
「つまり今の電話で余計な面倒が増えたってことか?」
リネットはもう一度溜め息を吐いた。
「ちょうど国立魔法学院の見学にもなるし問題ないでしょ。受験本番に道に迷って遅刻もしなくなるし」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます