第八章 11

 

 「GAAGOOOAOGOAOOAO!!」

 「今度こそ終わりにするよ!」


 遅れを取り戻すように茶々は力強く黄金の草原を仲間たちの元へ駆けていく。


 「今までこちらにやっていたことをやり返されて苦しんでおるな」

 「でも、まだ諦めていないみたいです!」


 徐々に失われる力。そして近づいてくる消滅に危機を感じた喰らうモノは狂ったように体を動かし、体を発熱させ絡みつく草を焼き尽くそうとするが踏まれても焼かれても花園はそのいろどりを失わない。


 「輝力で作られた物がそう簡単に千切れる訳がなかろう」

 「それでも油断大敵!決めるよ、優子ちゃん!」

 「あっ、待ってくださいよ、先輩!」


 後ろから追い越した茶々を追って優子も走り出す。


 うめき声を上げながら蛙の口が開き茶々たちに向けて火炎を放射するが二人は示し合わせたように左右に別れ接近、それぞれの武器で左右の前肢を斬りつける。

 弾力のあった皮膚は渇いた木のようにあっさりと根元から斬られ支えの失った蛙の顔が草原にキスをする形で動きを止めた。


 しかし喰らうモノもただやられているだけではない。


 体が前のめりになり蔦の拘束が一瞬だけ緩んだ時を逃さずに人型の腕が力任せに拘束を引きちぎり二人を上から叩きつぶそうと拳を握る。


 「大人しくしろ!」


 茶々の声に応えるように何百もの蔦が『蛙』の背に生えた人の胸に巻き付き凄まじい力でブリッジ状態に持ち込んでしまった。


 「今じゃ、トドメを!」

 「いや、まだ来る!」


 直角に折れ曲がる格好になった腹が裂け、そこから毒々しい色をした無数の蛇が二人に向けて放たれる。

 だが、それは既に悪あがきに過ぎない。


 「邪魔!」


 茶々が大地を踏み鳴らせば、下から飛び出した土壁が舌を防ぎ、勢いを失い地面に落ちて花園で浄化された。


 「こんなものっ!」


 優子の前に展開された冷気空間に触れた舌は凍り付き粉々に砕け散った。


 「喰らうモノが自爆する気じゃ!急げ!」


 空と大地を紅く染めていた疑似太陽が徐々に光を失っていく。

 代わりに喰らうモノの核の点滅がより一層激しくなる。

 せめて、目の前にいる敵を道連れにせんと喰らうモノは自爆の最終段階へと移行する。

 

 だが、その光景を見てもティアーネの心に不安はない。

 あの輝きを持つ者たちの前に敵はいない。

 それはあの日見た光とは違う。

 けれども、同じ位に力強く輝く二つの光が同時に攻撃を仕掛ける。


 「いちいち不気味な攻撃をしないで!」


 青い光を纏った大鎌の鋭利な刃が『蛙』の首を下から掬い上げるように刈り取り、そのまま裂けたままになっていた上半身を斬り倒した。

 頭と人型の上半身を失った『蛙』に残されたのは核を内包した無防備な胴体のみ。



 「まだ、まだ茶々の力をこんなものじゃない!」


 大地を操る力は強大だが、それはあくまで搦め手だ。

 相手の動きを封じ、必殺の一撃を叩き込む、そのための布石。

 

 「茶々の全てを!この一撃に込めるっ!!」


 茶々の体から溢れ出した光は武骨な石の剣を、今の主にふさわしい姿に変えていく。表面を覆っていた石が砕け、その中から鮮烈な光を湛えた美しき剣が現出する。装飾の類はほとんどないが唯一刀身の中ほどに輝石に似た石がより強く輝きを放つ。


 「グランカリバー!!」


 新たに生まれ変わった剣の名を叫びと共に振り下ろされた黄金の剣は光の奔流となって空に浮かぶ偽りの太陽を切り裂き、そして喰らうモノの核を体もろとも消し飛ばした。



 「……終わりました?」

 「敵の消滅を確認。ミッションコンプリートじゃ」

 「……やった、勝ったんだ!」


 既に暗くなりつつある森の中に少女たちの歓声があがった。



 同じ頃。

 既に夜の帳が降りつつある山の中を小さな黒い塊がモゾモゾと草むらを這っていく。

 溶岩を泳ぎ脱出を試み失敗した喰らうモノは自らの一部を切り離しおいて潜ませておいたのだ。

 まずは腹ごしらえとばかりに小さな虫を捕食し逃げようとする喰らうモノに影が被さった。


 「逃げられるとでも思ったのか?」


 足の裏で喰らうモノを踏みつけたリョウが足を退けると先ほど喰われたばかりの虫が元気に暗闇に消えていった。


 「ったく、油断するなって言っただろうがよ」


 視界の先では茶々たちが抱き合って勝利を喜んでいるのが見える。


 「アンタが小物退治に専念するなんて珍しいわね」


 何も言わないリョウにいつの間に現れた沙織がニヤリと笑い。


 「本当は助けに行こうと思えばすぐに行けたんじゃないの?でも茶々の成長を促すためにあえて助けに入らずに様子を見てた、とか?あっ、ちょっと!」

 「寝言は寝てから言え」

 

 そう言い残してリョウは踵を返して森の中へと消えていった。


 「あっ、さおりんだ~!今、師匠もいなかった?」

 「よかった、無事だったんですね!」

 「あなたたちもね。本当に無事でよかったわ。にしても、酷い有様ね」


 そう言われて茶々と優子は自分のあちこち服を見る。


 「うわっ、コートもボロボロだ」

 「私の服もせっかく綺麗にしてもらったのに……」

 「それに汗臭いわよ。本部に帰ったらさっさとシャワー浴びなさい」

 『は~い!』

 

 「あっ、茶々たちだ!」

 「そっちも無事だったみたいだね」


 気が付けば巣に突入した全員が集まって、それぞれの健闘を称え合う。

 だが、その和やかな雰囲気も沙織の手を鳴らす音でお開きとなる。


 「さっ、いつまでもこうしてられないわよ。全員撤収。あとはドローン隊に任せるわよ」

 『了解だ。解放された人たちもそれぞれ家路についている。彼らのケアはこちらで行う。皆、ご苦労だった。時間がある者は食堂へ来てくれ。ささやかながら祝勝会を準備している』

 

 ほぼ全員が喜びの声をあげ次々とヤオヨロズを操作して転移していく。


 「優子ちゃんは参加する?」

 「私は……」

 「あれ、行き違いになったか?」


 上空から風を纏って着地した陽太郎を見て残っていた茶々、優子、ティアーネは目を丸くする。


 「ギルマス今頃何しに来たの?」

 「うわ、酷い言い草だな。……なんか怒っている?」

 『当たり前(だよ!)(です!)(じゃ!)』

 「あ~、そうだよな。結局俺は何の助けにもならなかったしな。すまん!」

 

 素直に頭を下げる潔さに三人は顔を見合わせため息をつく。

 よく見れば陽太郎の黒いコートも所々汚れているのが見て取れた。それだけで彼も裏で色々動いていたのを察せられる程度には茶々と優子も成長していた。

 だが、それはそれとして、やはり言っておかなければならないことがあると優子が代表して一歩前に出る。


 「何度も死にかけましたよ、おかげさまで」

 「あれ、リョウがいれば平気だと思ったんだけど……」

 「ぜんっぜん!平気じゃ!ありませんでした!!途中で逸れちゃって、それはもう大変だったんですよ!しかも通信も出来なくなって帰還も無理になって……!」

 「本当にそれはこちらの見通しが甘すぎた。反省してます……」

 「でも、そのおかげで色々知ることもできました」


 恐るべき侵略者、それに立ち向かう勇敢な人たち、そして何より自分も知らなかった自分自身の事とこれからの事――。

 

 「だから私は――」

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