終章
終章 1
境山町から帰還して数時間後。
ギルドマスターの執務室には三人の男がいた。
ソファーに腰掛けて報告書に目を通している陽太郎。
同じく敵のデータを分析しているチーフ。
そして、入り口近くの壁に腕を組んでもたれかかっているリョウ。
「お疲れさん。そんなとこに突っ立ってないで座ったらどうだ?」
「いいからさっさと用件を言え。こっちはさっきから待ってんだよ」
「はいはい、分かったよ」
苦笑して陽太郎はデータ化された報告書を読むのを後回しにして用件を片付ける事にした。
「それで西山周辺はどうだった?一応敵が残っていないか見て回ってたんだろ?」
「とくに異常はなかった。喰らうモノの気配もねえし、残っていたモノもなかった。そこら辺はアンタの方が詳しいだろ?」
話を向けられたチーフが西山周辺の現在の様子を空中に投影した。
「喰われていた人たちも全員が帰還した。住所も確認済みで一週間は経過を確認する予定だ」
今回救出された人たちの中から新たな幻視者が生まれているかもしれない、そのための処置をチーフは淡々と語る。完全に陽が落ちた西山は僅かな民家と街灯の明かりのみで薄暗いが、そこにはもう少し前までの異常を思い出させる痕跡は何もない。
本来の予定よりも遅く帰った人たちも、今日は少し不思議に思っても明日にはとってつけたような都合のいい嘘を真実として日常に戻っていくのだろう。
「ひとまずこれにて一件落着か。にしても、超常の存在を許さない地球が吐いた嘘か。これは優しい嘘ってやつなのかね?」
「さてな。だが真実だけで全てを解決できるわけではない。世界が意志を持ち自らを守るために嘘をつく。それを責める事が出来る正直者がどれほどいるだろうか?……魔力がない事も含めて地球は本当に不思議な世界だ」
「んなのはどうでもいいんだよ。なんで俺をわざわざ呼び出したんだ?」
「そりゃ、たまには労いの言葉でもかけようかと思って」
普通の人間なら怯えて逃げ出しそうな鋭い視線をさらっと受け流して陽太郎は本来の要件を切り出した。
「そう睨むなって!今回の作戦に関しても、そしてなにより茶々の教官役もキチンとやり遂げてくれたしな。本当に感謝してるんだ」
「てめえらが勝手に押し付けておいてよく言うぜ」
「いやいや、この短期間でリミッターを壊すほどの成長を見せたんだ。十分すぎる成果だよ」
力を制御するためのリミッターと茶々たちには説明していたが実際には違う。そもそも輝石の力を完璧に制御するのは現状では無理なのである。では、何のためかというと、一つは新米勇者の力を計るものさしとして。そしてもう一つは――。
「エデンで開発中の輝石を用いた動力源。今回の制御システムのデータも有効に活用させてもらおう」
「黙って実験台にするとはいい根性しているな」
「リミッター自体は勇者の事を考えて付けられているのは事実だ。慣れないうちに輝力を引き出し過ぎて暴走してしまう者もいるからな」
「その点では茶々はキチンと自分の力を制御しきってみせた。実際大したものだよ。その分、色々見通しが甘かった俺らは沙織から説教されたけどな。まさか、お前が今まで帰ってこなかったのはそれを見通してか?」
沈黙を肯定と捉えて陽太郎は苦笑する。ギルド最強の男も『おっかさん』の説教には逃げ出すらしい。
だがすぐに真面目な顔をして手元のヤオヨロズを操作すると壁のスクリーンに何処かの地図が映し出された。
「色々アクシデントはあったが、その分後顧の憂いは絶てた。次はいよいよ『鉱山奪回作戦』だ」
「ここを取り返せば輝石の供給も大分楽になる。エデンの解放に大きく近づくことになるだろう。そこでだ、明日から君にはエデンに行ってもらいたい」
「転移装置は直ったのか?」
「その件に関わることだ」
それから十分後。
「フン、ちっとは楽しめそうだ。もう向こうには行けるんだろ?」
「少しくらい休んだらどうだ?」
「必要ねーよ」
そういってリョウは足早に部屋から出ていった。
「仕事を割り振った人間が言う事じゃないけど忙しい奴だな」
「だが、確実にやり遂げてくれるから任せられるのだ。それでもう一つの懸念材料についてはどうする?」
「そっちは弟子の方にやってもらうつもりだ。幸い、頼りになる仲間が増えたし新チームの慣らしにはちょうどいいだろ」
「了解した。我々がここにいない間彼女たちが頼りだからな」
「そういうことだ。巨人王の時は残ったメンバーがエデンに行ってた俺らより大変な目にあってたし、その点を踏まえて人選は……」
こうして一つの戦いが終わり、そしてまた新たな戦いは始まる。
全ては終わりなき戦いを終わらせるために――。
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