第八章 10
謎の粘液に包まれた舌を避け、喰らうモノが投げつけてきた火球を斬り捨て肉薄した茶々が『蛙』の前足を切りつける。しかし分厚く弾力のある皮膚は剣の一撃を簡単に弾いてしまう。
「はぁ、はぁ」
少しずつ巨大化していく喰らうモノが放出する熱が茶々の服と肌を焦がし、汗とともに茶々の体力も容赦なく奪っていく。
例え輝力を得て超人的な能力を得ようと体力には限界があり異能力を使えば精神力も擦り減っていく。
ましてや、今までになんども輝力を引き出し輝石にかけられたリミッターの制限に引っかかり力が明らかに落ちてきている。
だが、だからといって茶々には引き下がる気は毛頭なかった。
「このっ、大人しく斬られろ!」
途中で軌道を変え迫る舌に剣を叩きつけるが逆に力負けし吹き飛ばされてしまう。
残っていた溶岩溜まりに落ちる前に踏みとどまれたが、段々と手足が重くなってきているのを感じ取り茶々の顔が悔しさに歪む。
絶対に勝負を決めなければならない所でミスをした。
このままではティアーネも優子も、捕らわれた人も犠牲になるかもしれない。
焦りと悔悟、そして
戦いにおいて余計な雑念は命取りになる。
力が入らない膝に手を当てて立ち上がろうとする茶々に向けて喰らうモノが火球を投げつけようと振りかぶった。
「こっちにもいますよ!」
喰らうモノの側面にとりついた優子の大鎌がなんども翻り青き冷徹なる光を帯びた刃が蛙の後ろ足を何度も切りつける。
足元の敵に気づいた喰らうモノが手にした火球を自分の足元に投げつけ爆炎が周囲を薙ぎ払う。
最早、自分が傷を負う事も厭わない喰らうモノの攻撃を氷の壁で防ぎ優子は果敢に攻撃をし続ける。
(今まで何度も先輩に助けられました。だから今度は私が……!)
きっとティアーネがなんとかしてくれる。そう信じて優子は大鎌を振りかぶった。
「蛙の体と人の体を組み合わせるか。二対二なら勝てるとでも思ったのかの」
「ティア……」
「まったく酷い顔じゃな。涙くらい拭ったらどうじゃ?」
「……情けないよね。優子ちゃんがあんなに頑張っているのに茶々は……」
「はん、攻撃を一回外した程度で何凹んでるんだ、お前は」
消沈した茶々の言葉を遮るようにリョウの声が聞こえてきた。
「し、師匠!?あの、その……」
ティアーネの通信システムから聞こえる声に茶々は驚く。嬉しさと安心感はもちろんあった。だが、それ以上に今の情けない涙声は聞かれたくなかった。だから映像がない事に茶々は心底ホッとしていた。
「茶々は……駄目でした。師匠が色々教えてくれたのに。それなのに肝心な所で……」
「くだらねえ事考えてんじゃねえよ。てめえは頭で考えるタイプじゃないだろうが。グダグダ言っている暇があったら戦え。出来ないってんならサッサと尻尾を巻いて逃げろ。余計な面倒を増やす前にな」
「師匠は強いから……」
「あ?」
「師匠は強いから!なんでも出来るからいいよ!けと茶々はそんなに強くないから!師匠みたいにはなれない!」
「俺みたいになる?ふざけた事いってんじゃねえぞ、クソガキ。仲間を見殺しにするクズになりたいのか、てめえは?」
いつもの投げやりな口調ではなく、ただ淡々と己の過ちを口にするリョウに決して忘れられない、忘れてはならない光景がフラッシュバックする。
『守る事とに逃げる事に関してオレの右に出る奴はいないさ。だから早くここから離れろ!』
『どうして!?どうしてアンタが生きててあの人が死ななきゃならないのよ!アンタが死ねばよかったのよ!返しなさいよ、あの人を返しなさいよ、この人殺し!返してよ、返しなさいよぉ!!』
『いつまでそこで腐っているつもりだ。もうお前の命はお前だけの物じゃない。だから最後まで付き合ってもらうからな。もし嫌だって言うのなら……、今ここで俺が殺してやる』
『オレにはもう誰かを守ることは出来ない。だからお前にみんなを守って欲しいんだよ』
『俺には誰かを守る事なんてできねぇよ。……だから戦ってやる。お前の分まで。他の誰よりも多く早く奴らを潰してやる。そうすれば――』
(お前が守りたかったものが守れるかもしれないだろ)
これは贖罪ではなく誓いだ。
戦いの中で死ぬか、それとも他の悲惨な末路を迎えるか――。
どちらにしても俺には未来なんてない。そんなものはいらない。
だから、こんな道を歩くのは一人でいい。
『明るい未来』なんて信じているヤツが来るべき所じゃない。
だから――。
「お前は俺より強くない?誰が決めた?それはお前が勝手にそう思っているだけだ。いいか、俺たちには限界なんてない。勝手に限界なんて作って諦めてんじゃねえ。お前には守りたい物があるんじゃなかったのか?」
らしくないと思いながらも言葉を止める事は出来なかった。
限界なんてない。
それは昔、もうココには居ないお節介でお人よしな奴に言われた言葉。
自分がその言葉の真の意味に気づいた時にはもう手遅れだった。
だけど、お前は違うだろう?
「守りたい、もの……」
茶々は昔からヒーローというものに憧れは持っていた。
例えお節介と言われようと困っている人に声をかけずにはいられない性格は、この憧れを捨てきれないからだ。
だから『勇者』になることにも抵抗なんてなくて、むしろ当たり前だと思えた。
けれど現実は残酷で。
助けてくれた憧れていた師匠は同時にとてつもなく高い壁で。
だから、いつしか心の中で言い訳をしていた。
別に世界の平和を守りたいなんて大それた事は考えてはいない。
ただ大好きな家族を、大切な友達を守れればそれでいい。
憧れに押しつぶされそうになっていた自分を守る為の拙い嘘。
右も左も分からないときにティアと交わしたエデンを取り戻すという約束も今では『師匠がなんとかしてくれる』と心の何処かで思っていた。
だけど、それじゃ駄目だ。
本当は分かっていた。
師匠と茶々の戦う目的は同じじゃない。きっといつかは別々の道を行くことになるんだってことは。
だから強くならないといけない。
誰かの期待に応えるとかじゃなくて、本当に大切なモノを守りぬくために!
「茶々に守りたい物を守ることが出来るかな?」
「俺が知るか」
「師匠は冷たいよね」
「俺が優しいことなんて今まであったか?……最後のアドバイスだ。どんなに無様で情けなくても勝つことを諦めるな。後悔をしたくなきゃ前へ進み続けろ。そうすりゃ結果は後からついてくる」
それはただの理想論で絵空事に聞こえる。
けれど『勇者』たちはその夢想を現実に変える力を持っている。
茶々の輝石で作られたペンダントが今までにないほどに強く輝き始めた。
「師匠、ありがとうございました!」
「師匠って呼ぶな。俺はそんな柄じゃない」
「そんなことないです!師匠は茶々の目標です、今までも、これからも!そして、いつか追い抜いて見せます!」
「はっ、吠えるじゃねぇか。なら、行け!」
「はい!藤城茶々、仲間を助けるためもう一度戦います!」
いつの間にかティアーネは優子の傍に寄って超能力で戦いのサポートをしていた。
優子も何度も吹き飛ばされながらも諦める事無く大鎌と氷の能力を駆使して巨大な喰らうモノに立ち向かっている。
限界なんてない。
その言葉に胸に刻みこむ。
ヤオヨロズから輝石のリミッター機能に関する警告音が聞こえるが、そんなものは最早気にしない。
そして茶々の想いに応えるようにリミッターを破壊した輝石から更に黄金の光が溢れ出し体を満たす。
負っていた傷は瞬く間に癒え、力が漲ってくる。
(ああ、そうか)
茶々は自分の能力を土を操る能力を地味で今一つ役に立たないと思っていた。
だが、そういう風にしてきたのは他ならない自分だったのだと今なら分かる。
「大地を司る力。その本当の力を、今ここに!」
溢れ出す黄金の輝きは地面に突き刺した剣を伝い、そして喰らうモノが作り出した荒涼とした空間を作り替えていく。
僅かに残っていた溶岩は消え去り、降り注いだ隕石で凸凹になった地面は平らに。そして修復された地面から黄金の輝きを持った植物が次々と芽吹き荒野に命の輝きをもたらす。
「これは、先輩の能力?すごい、傷が治っていくし力も湧いてくる!」
「どうやらリョウが上手くやってくれたようじゃな。それにしてもリミッターを強制解除するとは。あとで始末書じゃな」
通信機能を切りティアーネは美しく咲き誇る花畑に目を向けた。
命を育み癒す力を持った美しい楽園のような光景。
だが輝力で生み出された楽園は喰らうモノにとっては地獄以外の何物でもない。
花畑に触れている『蛙』の体が焼け爛れ爆発し溜め込んだ力が粒子と共に空に消えていく。
このままではマズイと判断した喰らうモノが跳躍し逃げようとするが――。
「逃がさないぞっ!」
茶々が大地から抜き払った剣を喰らうモノに向ける。茶々の意思に応じるように花畑から伸びた無数の蔦が喰らうモノに巻き付き、その巨体を押さえつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます