第八章 9

 茶々の力強く踏み出した足が地面に触れると、一メートルの高さまで盛り上がった長方形の土が水平に伸びて一本の橋、喰らうモノの紅く輝く核への道を作り出す。


 マグマに触れないように作られた茶々の肩幅程度しかない細い道、そこに優子が氷でコーティングを施していく。噴き出したマグマが端に当たるが氷が道を守ってくれている。


 助走をつけ勢いよく橋に飛び乗った茶々が手すりも命綱もない危険な平均台を滑走する。

 降りかかる炎を斬りはらい、マグマの波をジャンプでかわし、橋に勾配を作り速度を維持し核を目指す。


 「援護します!」


 大鎌から手を離した優子が左手で橋のコーティング、右手でつららを作り出し茶々と橋に落ちそうな炎に撃ち込み相殺する。


 「二重発動ダブルアクションじゃと!?本当に器用な娘じゃな」

 「出来るような気がしてやってみましたけど大変ですね、これ」


 二重発動は本来なら、ある程度の経験と自分の能力への理解が深くなくてはできないスキルだ。それを今日初めて勇者として戦場に立った少女がやっている事にティアーネは舌をまく。

 だが、強力な異能を用いるほどに負担は大きくなる。

 優子の額から滲み出る玉のような汗は周囲の熱気のせいだけではない。

 一方は維持、もう一つは狙いをつけて攻撃。異なる行動を同時にこなすのには凄まじい集中力が求められる。その困難な事を、どちらも完璧にこなす優子の負担は大きい。傷を癒す、体力の回復は輝力である程度はカバーできるが精神の方はそうはいかない。


 (無理をするなと言いたい所じゃが今はその余裕もない。もう少しだけ頑張って欲しいのじゃ!)


 優子が茶々の援護に全力を尽くしている分、ティアーネも自信と優子に降り注ぐ炎を防ぐのを一人でこなしていた。こちらも限界が近いが、本来何の義務も持たない少女が限界を超えて奮闘しているのを見れば、王族の一員としては弱音を吐くわけにはいかない。


 (全てはお主にかかっておる。頼んだぞ、茶々!)



 しかし、喰らうモノも坐して死をまつ存在ではない。力が暴走していてもなお消えぬ生への執着が自衛行動をとらせる。先の茶々との攻防から向かってくる茶々本人を狙うよりも足場を狙う事に注力する。

 制御が効かないながらも溶岩を操り橋を何度も飲み込み、氷を溶かしつくし排除を狙う。細かに狙いをつけるより単純な物量で波状攻撃を仕掛け少しずつだが橋にダメージを蓄積させる。


 その攻撃をかいくぐり迫る茶々に喰らうモノがマグマの中から一本の巨大な腕を作り橋へ振り下ろした。


 「先輩!!」「茶々!!」


 氷のコーティングも虚しく破壊され橋が崩落する。喰らうモノのマグマの腕も衝撃で崩れ落ちていく。

 悲鳴にも似た声をあげた二人の声を遠くに聞き喰らうモノは勝利を確信した。

 だが、それはすぐに驚愕に変わる。


 「まだまだっ!」


 予め優子に掛けてもらっていた左手の氷の盾で腕の残骸であるマグマを振り払い茶々がマグマに沈む直前の橋から跳躍する。

 

 「これで、どうだぁっ!!」


 茶々の光を帯びた大剣は確実に核を捉えていた。

 先の一撃でヒビの入った核を破壊するには十分な一撃は――。


 しかし虚しく空を切った。


 愕然とする茶々の目の前で核が転がりマグマの中へと落ちていく。

 僅かに残っていたマグマに覆われていない地面に足をつけ周囲に目を走らせるが核はマグマに沈み姿が見えない。


 「どうなったんですか!?」

 「奴め、マグマの中に逃げ込みおった!」


 優子の問いに応えつつティアーネが周囲を調べるが、マグマの全てに喰らうモノの反応が出てしまい居場所を特定することは出来なかった。


 「そんな……」


 愕然とした茶々が膝から崩れ落ちた。




 溶岩に落ちた核が周囲のマグマを吸収し最初の『蛙』に似た姿を再構成し、そのままマグマの中を泳いで巣の外へ向かう。

 様々なアクシデントはあったが、それでもなんとか自身の保護だけは出来た。せっかく喰らってきたモノが失われるのは惜しいが命と情報には代えられない。

 怪我の功名だが、このマグマのおかげで逃げ出せた上に巣を崩壊させた後は周囲に破壊を撒き散らし追跡の手を緩める事も期待できる。


 そして、喰らうモノは自らの巣に自壊を命じた。


 ……一秒、二秒、三秒が経過しても何も起こらない。

 何度も何度も命令を下すが、巣は壊れず空間が固定されたままだ。

 慌てて楔の破壊に向かわせた眷属と意識を同調させようとするが、まったく繋がる気配がない。


 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」


 それは憤怒か絶望か。

 逃げ道を失った『蛙』が意味不明な雄たけびを上げて再び地上へと姿を現わした。


 


 「空間の安定を確認!どうやらB班がやってくれたようじゃな」

 「それで喰らうモノは!?」


 いつの間にか炎の雨は止んでいた。

 腕を下ろした優子の問いにティアーネが答えるまでもなく溶岩の川から喰らうモノが飛び出してきた。


 「出てきた!けど……」

 

 優子が戸惑うのも無理はない。出てきた『蛙』は大きさこそ人間大ほどに縮んでいたが肌が赤黒く変色し紅い瞳が炎の様に揺らめいている。

 何より優子の肌を突き刺すような威圧感の正体は敵意だ。

 逃げるでも喰らうでもなく殺す。

 その絶対的悪意に優子の体に震えが走る。


 「怯えるな。あの状態になったという事は、もう奴にも後がないという事じゃ」

 「……はい!」


 狂ったように叫び続ける『蛙』の腹が赤く光り、広げた口から周囲のマグマを強引に吸い込んでいく。


 「『暴食の宴』!奴め、周囲のモノを吸収し自爆して我らを道連れにするつもりじゃ!一刻の猶予も与えてはならん、攻撃をするのじゃ。……聞いておるのか、茶々!」


 声というよりも音波のような咆哮を発しながら周囲の力を吸収した『蛙』が更に姿を変えていく。

 蛙の背を突き破る様に頭のない逞しい人間の体が生え、地面に届くほど異様に長い腕を、苛立ちをぶつけるように地面に何度も叩きつける。

 地面に伝わる振動の強さに優子の頬に冷たい汗が流れる。だが、視線の先。既に周囲のマグマが消え去り小高い丘になっている場所にいる茶々がゆっくりと立ち上がり喰らうモノ目がけて丘を駆け下りていく。


 「一人で突っ走る奴があるか!すまんがユウコ――」

 「分かっています。先輩を援護します!」


 ティアーネの言葉を遮り優子は走り出す。

 一人残ったティアーネは急いで外部へ通信をとろうと試みる。明らかに茶々の様子がおかしい。ならそれをどうにかできるのは一人しかいない。

 そして僅かな時間をおいて。


 「何かあったのか?」


 相も変わらない素っ気ない声が聞こえてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る