第七章 4
「優子ちゃん、ナイス!」
「このまま押さえつけます。後は頼みます、先輩!」
大鎌から注ぎ込まれる冷気で『軽トラ』の車体が急速に凍り付く。だが、完全に凍り付く前に茶々へ向けられた主砲、副砲が一斉に火を噴く。だが、その攻撃は優子の攻撃で車体が傾いて狙いがずれ茶々の頭の上を通過していくのみで終わった。
「これで、どうだっ!」
茶々の武骨な大剣が砲台を文字通りに叩き潰す。
だが、それでも『軽トラ』はタイヤを激しく回転させ、その場を逃れようとする。
「ぐぅぅぅ、すごい力ですっ!」
太ももが露わになる事も躊躇わず壁に足を掛け踏ん張る優子だが、徐々に体が持っていかれそうになる。
「もう少し凍らせる速度を上げられんか!?」
「うううう、よく分からないので無理です!」
「そ、そうか」
元々能力の使用は感覚で行っていたのだ。そこに全身に力を込めるという肉体的な要素も加わった事で優子の処理能力は既に限界を迎えていた。
「というか、ちゃんと凍らせられているんですか!?」
「それは出来ておる。あと一押しできれば……!」
少し高い場所に浮かび戦況を見守りながらティアーネもサイコキネシスで優子を支えるが、『軽トラ』の馬力はそれを上回り始めていた。
「この、この、この、止まれぇ!」
砲台を完膚なきまでに破壊したが肝心の核を見つけられない茶々が焦り始めた茶々が剣をハンマー代わりに車体を叩く。なんとか車体を破壊しようとするが、それを防ぐように『軽トラ』は砲台を再生させようとし茶々の攻撃の矛先を逸らす。車体を覆う氷を引き剥がすように細かく体を震わせタイヤが激しく地面を擦る。
「茶々、早く核を破壊するのじゃ!」
「分かってるけど見つからないのっ!」
余裕のなさから怒鳴り合う二人の声に被せるように優子が叫ぶ。
「喧嘩はしないでくださいっ!」
叫んだことで謎のブーストが掛かったのか『軽トラ』を凍らせる速度が飛躍的に早まり一瞬車体を覆いつくした……かにみえたのだが直ぐに溶かされてしまった。しかし、それは決して無駄だった訳ではなかった。
「タイヤが光ってる!」
「それが核じゃ、破壊するのじゃ!」
凍結を解除するために力を放出し発光した核、それは右の後輪、そのホイールに当たる部分だった。
「道理で体をいくら叩いても見つからない訳だよ!けど、これで本当に終わりだぁ!」
車体にめり込んだ剣を引き抜き、そのまま勢いよく突き下ろす。
ガキンと硬い手ごたえに阻まれるが徐々に剣先が核を砕き入り込んでいく。ひび割れが大きくなるほどに血のように黒い煙が噴き出し『軽トラ』の動きが弱くなっていき、起死回生を狙って再生させようとした砲台が形をとる前に金属が割れる音が周囲に響き、決着がついたことを知らせた。
「……勝ちました?」
「うむ、なんとかな」
「……ふぅぅぅ」
ティアーネの言葉でようやく優子は体の緊張を解き、大きく息を吐きだす。
「ありがとう、優子ちゃん!あっ、怪我は大丈夫だったの!?」
「は、はい!あ、あの、ちょっと距離が近いですっ!」
「ええい、落ち着け。まだ危機が去ったわけではないのだぞ!」
勝ったことによる高揚感からしばし敵地にいる事を忘れはしゃぐ三人。
だが、別の場所で起きた戦いが自分たちに大きな影響を与えることになるとは、この時知る由もなかったのである。
巨大な二体の獣が何度目の取っ組み合いを繰り広げている。その衝撃は凄まじく
不安定な足場が激しく波打つが、そんな事はお構いなしに獣たちの戦いは続く。
一体は白銀の毛を身にまとう狼男。
一体は黒い毛皮を身にまとった『熊』。
獣人の爪が熊の胸板を切り裂くが、切り裂いた皮膚の奥から光が迸り
普通の生物なら、この時点で勝負は決まっていただろう。
だが、相手は普通の範疇を大きく超えたナニカだったのが『熊』の不運だった。
いくら牙を突き立てようとしても、全く歯が立たず『熊』は何度も齧りつくが結果は同じだった。
「じゃれつくんじゃねぇよ。そんなに遊んで欲しいのか?」
煙を中から伸びた腕が『熊』の野太い首をがっしりと掴む。
「いいぜ。少しだけ遊んでやる」
そのまま片腕で『熊』を引き剥がし、宙づりにしてリョウが獰猛な笑みを浮かべる。『熊』の首に食い込んだ爪の先から黒い煙が噴き出し周囲を黒く染めていく。
「どうした、もう仕掛けはないのかよっ?」
その挑発に乗ったわけではないのだろうが、『熊』の体のあちこちから現れたビームの発射口から黒いエネルギーが放射されリョウの体が再び爆風に包まれる。
だがそれでも首を掴んだ腕が離れる事はなく逆にその力は強くなっていく。
「それで終わりか?ならもう思い残すことはないよな」
『熊』の体が大きく震え背中からリョウのもう一方の腕が突き出した。そのまま『熊』の体を頭の上まで持ち上げ、両方の腕を同時に逆に動かし『熊』の体を引きちぎった。
ボロボロと崩れ消えていく体の残滓の中、腹の部分から零れ落ちた核が黒い粒子を大量に放出して体を再構成しようとするが、それを待ってやる義理はない。核を空中で掴めると、一瞬の遅滞もなくリョウはそれを握りつぶした。
「ちっ、情けねぇ」
人の姿に戻ったリョウが右手を握りしめる。その言葉を向けたのは倒した相手か、それともまんまと仲間と分断されてしまった自分なのか。
パーカーのポケットからヤオヨロズを取り出すが、どこにも通信が出来ない事に気づき舌打ちする。
「やっぱり面倒な事になりやがった」
食堂で感じた予感が現実になってしまった事にため息を吐きつつリョウは歩き出す。
「まぁ、いいさ。昔と同じようにやるだけだ」
まだヤオヨロズが開発される前。喰らうモノとの追いかけっこは勘と足の勝負だった。あの頃を思い出しリョウは感覚を研ぎ澄ます。やるべきことは変わらない。ひたすら進み、出てきた敵を叩き潰す。
誰よりも早く、誰よりも多く。
「そうすりゃ少しは……」
ふいに見えた記憶の中にある碧色の鎧を着た青年の背中を目を閉じて追い払う。今は思い出に浸っている場合ではない。
向かっている先にいくつかのワープポイントの気配を感じたリョウは思い出の幻影を振り払うかのように適当に近くの物に飛び込んだ。
その頃、巣の中ではもっと焦りを感じていた存在がいた。
それはこの巣を作り出した主。
リョウの危険性はかつて自分を作り出した『親』や他のグループの情報を統合して知ってはいた。
だからこそ、囮として境山町中央部や四方の山を越えて別の地域にも『子どもたち』をばら撒いた。
そうして巣の場所を隠し、せっせと力を蓄え山の一つを抑えるまでになった。
そして自分の中で考えられる限りの能力と武装を与えた切り札は……あっさり倒された。
『まだ足りなかった』
そう判断した主は行動を開始する。
巣を縛り付けていた楔は無力化したが、いつ力を取り戻すかは分からない。
だからこそ速やかにこの場から脱出する。その為に己の力を開放する。
巣を操作し、侵入者たちを出来るだけ遠ざけ、その隙に今まで喰らったモノを回収し再起を図るために。
だが、あまりにリョウという大きすぎる存在に気を取られていた喰らうモノは一つのミスを犯す。
大した脅威ではないと足止めを一匹放ったまま存在を忘れていた三つの敵性反応が自分のすぐ近くにいることに。
その三つの反応と自分がいる空間が繋がってしまっている事に気づくのはしばし後の事である。
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