第八章
第八章 1
ひとしきり騒いだ後、茶々たちは本来の目的である他の班との合流を目指して移動を開始しようとしていた。
とはいえ目的地などないので、あてずっぽうに歩くしかなく茶々が当然のように先陣をきり出発しようとした矢先、その出鼻を挫くかのように二つのヤオヨロズからサイレンが鳴り響く。
「空間変動を感知!二人とも手を繋ぐのじゃ!」
「優子ちゃん!」「先輩!」
反省を生かして聞き慣れない単語に拘泥するより早く優子が茶々の手を握る。同時にティアーネも茶々の肩に掴まり三人は一塊になって異変に備える。
その異変は突然に起こった。
どこまでも続くと思われた赤茶けた台地、その風景が引き延ばされ二重、三重にブレ始める。それに併せて周囲の光景がスライドショーのように次々と切り替わる。火山、山道、荒廃したビル群、原生林、砂漠、海、洞窟。
上下に感覚もなくなり立っていたはずの地面も消え、最初に巣に入った時のような僅かな浮遊感を経て茶々たちが辿り着いたのは―――。
だだっ広い荒野。赤い空にただ土を敷き詰めただけの地面。雰囲気はさっきまでいた場所に似てはいるが、大きな違いはそこかしこに様々なオブジェクトが墓標のように立ち並ぶ点だろう。
明らかに日本とは違う建築様式の建物、破壊された車、砲身が砕けた大砲、刀身が半ばから失っている剣、焼け焦げた大木。そういった物たちの中に混じっていたあるモノを見て優子は悲鳴を上げた。
それはかつてヒトであったモノ。
「これは……」
「墓場、いや、廃棄場じゃな。喰われたモノたちの行きつく先がこれじゃ」
優子は喰らうモノに感情はないと思っていた。だが、それは間違いだと思い始めていた。
あれはきっと悪意の塊に違いない。そうでなければ、喰らったモノをわざわざ飾り立てている事の理由が分からない。
そして、この悪意を阻止できなければ次は自分の大切なモノがこの悪趣味なコレクションに加えられてしまうかもしれない。そう思うと身が怒りと同時にプレッシャーも襲ってきた。
(これが命の重みを背負うという事……?)
自分以外の命、その運命を預かる事の重みを実感して心が折れる人がいる事に納得する。もし失敗すれば。そう思うとまた足が竦んでしまいそうになる。
「これが巣の本当の姿じゃ。喰らったモノを保管し消費する。別名『胃袋』とも呼ばれるのも納得じゃろ?」
「はい……。でも、何があったんでしょう?私たち、まだワープポイントに入っていなかったはずなのに」
奇襲を警戒して三人は周囲に気を配るが、敵の気配は今の所感じれず辺りは不気味な程に静かだった。
「恐らくじゃが、巣の主が何かをしたのじゃろうが、具体的な状況は確認のしようもない。外と連絡が取れれば何か分かるんじゃろうが……」
「なら、とりあえず進んでいくしかないじゃん」
「犬も歩けばなんとやらか。まぁ、当てもないし仕方なかろう」
そして三人は立ち並ぶオブジェクトを避けるようにして茶々の直感に従う形で移動を始めた。オブジェクトの影、または上からの襲撃を警戒しながら茶々の後をついて行く優子はティアーネが熱心に喰われたモノの記録している事に気づいた。
「その記録ってどういう風に役に立つんですか?」
「これは言ってみれば喰らうモノが歩んできた歴史じゃ。どのような文明に接触してきたかが分かれば戦闘などに活かせることもある。それと弔いという意味もある。せめてここにいるモノたちが存在していたという事実はデータとして残しておいてやりたいのじゃ。滅ぼされた者たちの無念を思えば、この程度のことしかできないのが歯痒いがな」
ティアーネの供養と言う言葉を聞いて優子も心の中で手を合わせ、犠牲者の冥福を祈り喰らうモノへの怒りを新たにする。
やがて色を失ったオブジェクトの数は減っていき、代わりにまだ色が残っているオブジェクトが増えてきた。
「え!?これって!?」
優子が驚きの声をあげるのも無理はない。
そこにあったのは煉瓦塀、木、郵便ポストに自販機、ガードレール等など見慣れた物が数多くあり、中には郷土博物館の案内板も含まれていた。
「私たちの世界の物を……!ううん、色々な世界の、色々な人たちが作った物をゴミみたいに扱うなんて……!」
「あっ、優子ちゃん、こっち来ちゃダメ!」
茶々の制止の声は少し遅かった。背の低い茶々の肩越しに見えた物を見て優子はまた言葉を失うことになる。
それはこの光景をみてからある程度覚悟していた事だった。
視線の先にあったモノ。それはただ休日を楽しんでいた人たち。本来なら今頃は夕飯はどうするかとか楽しい時間を過ごしていたはずの人たちが時を止められ捨てられた人形のように地面に倒れていた。
「先輩、人が!」
「優子ちゃん、下がって!」
倒れている人に駆け寄ろうとする優子を無理やり抱えるようにして茶々が飛び退く。距離をとった事でようやく優子も茶々が制止した本当の理由を把握した。
小高く積み重なった喰らわれたモノの山、その上に揺らめく黒い影が三人を見下ろしていた。
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