第2章 4
「いや~、朝は焦った~」
放課後。
境山中学校にある例の倉庫の中、そこにある古いテーブルに突っ伏している茶々の上でティアーネが茶々に説教をしていた。
「焦ったのはこっちじゃ!とっくに学校に行ったと思っておったのに呑気に寝とるんじゃからな。だからあれほど深夜の捜索は早く切り上げようと言ったのじゃ!」
そもそも茶々が朝に起きられたのはティアーネが起こしてくれたからだ。
しかし、その直後にティアーネは本部に呼び戻され、後の事は奈々に託された。
そして短い用事を終えたティアーネは、妙な胸騒ぎを覚え、茶々の家に戻ってみたらソファーで爆睡している茶々を発見したのであった。
「遅刻はぎりぎりしなかったけど先生に怒られちゃった。最近たるんでるんじゃないかって」
勇者になる前は、友達に会うために早めに登校していたが、ここ最近は勇者として夜の活動が多くなりギリギリの時間まで寝ている事が多くなった。そうなれば当然登校時間も遅くなる。
「それはそうじゃろう。受験生として気を引き締めねばならん一年だというのに生活がだらしなくなれば心配されるのも当然じゃ。だから無理はいかんと言っておる。あまり生活態度が悪いと受験に良くないのではないか?」
「うっ、そりゃそうだけど~」
「勇者ギルドは国営の組織ではないのじゃ。戦いに時間を削っても誰も補償はしてくれん。それは分かっておるじゃろう?」
「それは分かってるよ~。でも、茶々も師匠やみんなの役に立ちたいんだよ~!」
今から一月ほど前。
友達と遊んだあとの帰り道茶々は黒い怪物に襲われた。
そして訳も分からず、逃げ回っていた茶々を救い出したのはリョウとティアーネだった。
その後、怪物の名が喰らうモノ、ティアーネが住んでいる世界エデンが滅亡寸前であること、そして今度は地球が狙われていることを知った茶々は自分も戦う事を選んだのだ。
その時からリョウという存在は茶々にとって師であり恩人であり、憧れのヒーローになった。
(自分もいつかこんな風に誰かを助けたい!)
思えば毎日楽しく生きてはいたが、心の底から『何かをしたい』と思ったのは茶々にとって初めてだったかもしれない。
だから茶々は脇目もふらずに『勇者の使命』を果たそうとするのだが、ティアーネから見れば、他を犠牲にして無茶をしているようにしか見えないのだ。
(思い込んだら一直線が茶々の持ち味ではあるが、それは同時に短所でもある。ここは我がしっかり導いてやらねば!)
そう思っての説教なのだが、しかし茶々の「一刻も早く解決したい」という考えも、間違っているとは言えない。
そこで説教の方向を茶々の考えを尊重しつつ諭す方向に舵を切る事にした。
「皆の役に立ちたいという気持ちは分かるつもりじゃ。我も父や兄たちの役に立ちたいから地球に来たのじゃからな。だからこそ焦って欲しくはないのじゃ。大丈夫、お主はよい勇者となる。それは我が保証してやる」
「……まだ『使徒』として新米のティアに言われてもなぁ~」
「なんじゃと~!」
使徒というのは簡単に言えば勇者のサポート役を行う者たちを指す。
ティアーネが使徒になったのは茶々が勇者となるきっかけになる事件の少し前のことで、ある意味二人は新米同士の同期といってもいい。
もっとも、ティアーネの方はあくまで先輩という立ち位置に拘っている部分がある。
実際の仕事ぶりも茶々とは役割が違うが、至って優秀であり茶々の当てこすりに怒るのも無理はない。
「嘘、嘘だって!……ありがとう、ティア。テストもいまいちだったから、ちょっと焦ってた。勉強もちゃんとやらないと師匠みたいな立派な勇者になれないもんね」
「うむ、そうじゃな」
とりあえず相槌を打ってはみたが、ティアーネはリョウの学校の成績の事など知らないので内心冷や汗をかいていた。
「といっても、今回は置いてきぼりだけどね。あ~あ、茶々も一度ティアーネの故郷を見てみたいのにな」
「それは仕方あるまい。我が故郷『エデン』にいる喰らうモノは地球種とは比べ物にならないほど強大じゃ。じゃが経験を積んでいけばいずれお主にも声がかかろう」
「でもさ~、Cランクになれてたらワンチャンあったかもしれないじゃん」
「いや、エデンでの作戦を受けられるのはB以上じゃぞ?」
「でも、前に大きな作戦があったときは新入りでもエデンに行ったって……」
「それは、まだ勇者の数が少なかった時の話じゃ!いや、今も決して多い訳でないが、状況が違いすぎるから参考にならん」
「むぅ……」
「むしろ、その時は地球に残った勇者の数が少なく大変だったそうじゃ。エデンに行けんからと拗ねておる暇はないぞ。それに今はお主の故郷を魔の手から守ることが重要じゃろう?」
「うん、お父さんもお母さんも奈々も友達も茶々が守らないと!そういえば師匠はまだ帰ってきてないの?」
茶々の質問にティアーネが少し困った顔をしたが、少し間を置いて、朝にチーフから受けた報告を茶々にも伝える事にした。
「それがエデンと連絡がつかんみたいでな。ああ、そう心配そうな顔をするでない。またいつもの転移ゲートが不調なのじゃろう」
「それって、前も一か月くらい繋がらなくなっちゃったんだよね」
「以前よりは安定性を増したと報告はあったのじゃがな。向こうから戻れなくなった学生組は阿鼻叫喚かもしれんが」
「ああ、朝に地球に戻るつもりだった人たちは悲惨だよね」
「なので今本部にいる使徒たちは大わらわじゃな。特に記憶操作が出来る者は忙しいことになっておるな」
ギルドの数少ないサポートの中には『情報操作』という物がある。
何らかの理由で家や学校に戻れなくなった勇者の為に家族や周囲の人の記憶を操作し周囲から疑いの目を向けられることを防ぎ、勇者の活動を助けるのである。
「うわ~、そんな事になってたんだね。それでゲートはすぐ直るの?」
「まだ原因の調査に取り掛かったばかりじゃ。チーフが言うには次元波の影響があると言うておったが、その場合なら……」
「???」
「あ~、簡単に言えば、しばらく待てば自然と直るという話じゃ」
「なら安心だね。ようし、茶々が師匠の分もがんばるぞー!……で、今日はどうしよう?」
「お主は本当に無計画じゃな」
ティアーネの言葉に反論できず茶々は笑って誤魔化すしかなかった。
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