序章 3 

 ちょうど茶々が学校で眠気と絶望的な戦いをしている頃、勇者ギルド本部の一室、ギルドの長に当てがわれた部屋で少し古ぼけたソファーに足を組んで座っているリョウがいた。

 茶々と同じく徹夜のはずなのだが、特に疲れた様子はないが、これからの退屈な話が始まる事に不満そうな顔をして、対面する人物にフードの奥から鋭い視線を向けていた。


 その視線を受ける人物、通称チーフと呼ばれるティアーネと同じような体を持つ小さな男は宙に体を浮かしたまま、淡々と渋い声で静かに語りだした。


 「それで藤城茶々の事だが……」

 「おまえの所の姫さんから報告いってるだろ。とりあえず合格だ。あとはそっちで上手くやれ」


 取り付く島もないリョウの言い分に気を悪くした様子もなくチーフは「そうか」とただ短く答え話題を変えるべくリョウの目の前にスクリーンを展開し一枚の地図を映し出した。


 「なんだよ、茶々《あいつ》が住んでるところじゃねぇか」


 面倒な話が終わった事を察し、僅かにリョウが前のめりになるが、話が戻りそうな気配を感じ不満そうな顔をする。

 

 「その通り。ティアーネ姫から境山町における喰らうモノの発生件数が気になると報告があった。なのでここ最近の発見、討伐した場所を調べてみた。君も既に何体か倒しておいてくれたようだが」

 「目障りだから潰しただけだ。どうせどこかに巣でも作っているんだろ」

 「それで、ここ最近連絡を取らずに単独で巣を捜し歩いていたのか?」

 「人手が少ないから手間を省いてやろうと思っただけだ」

 「そうか」

 「小言は言わないのか?」

 「1人で巣に突入したのなら、な。だが今の君は昔とは違う、そうだろう?」

 「はっ、勝手に言っていろ」

 「それに人数が出せないのはこちら側の事情の所為でもある。君に全ての責任を押し付ける訳にはいかない。よってこれからは正式にギルドからのクエストという形をとらせてもらい我々もサポートに入ることにした。よって……」

 「ほらよ、欲しいのはこれだろ」


 リョウが懐から取り出したスマホの様な物を操作しデータをチーフへ送る。


 「感謝する」


 受け取ったデータはすぐに表示されていた地図に反映され、いくつかの赤い点が追加された。


 「やはり巣が出来ている可能性が高いな。境山町の中心部で6件、四方を囲む山を含めた周辺部で5件。更に周辺の町でも現在までに7体が確認されている。問題はどこに巣があるかだが、君はどう見る?」

 「山だな」


 チーフの問いにリョウは間髪を入れず答える。


 「根拠は?」

 「勘だ」

 「勘か」

 

 リョウの短い答えに不満を持つわけでもなくチーフは顎に手を当てて考え込む。

 今までに多くの喰らうモノを狩ってきた男の経験に基づく勘である。

 今までの報告の中から、リョウの感覚に引っかかった物を見つけ出し法則を見つけるのが自分たち『使徒』の役割だとチーフは思い地図と喰らうモノのデータを入念に調べる事を脳内の膨大な作業メモの先頭に書きつける。

 

 「了解だ。ならば君は引き続き境山町を囲む山の捜索を続けて欲しい。こちらからもドローンを飛ばすなど支援する」

 「今は大して人を動かせないんだろ?街中はどうすんだ?」


 元々、勇者の数は多くない上に、ある大きな作戦を前に多くのメンバーがその準備に追われている。リョウが単独で行動していたのもこうした理由があるからだった。


 「それについては問題ない。適任が1人いるだろう?」

 「おい、まさか……」

 「君の判断では単独行動はまだ早いとのことだったな。ならば姫に彼女、藤城茶々のサポートに入ってもらう。そのうえで君が彼女たちの指揮をとってくれ」

 「おい、こら、勝手に話を進めるな」

 「他のチームも出来るだけ早く作り境山町を包囲する形に持っていく。場合によっては、この全てのチームを統括してもらうことになると思うが頑張って欲しい」

 「だから勝手に話を進めるな!なんで俺がそんな面倒な事をしなくちゃならねぇんだ!?」

 「言わなくても分かるだろう。百人隊長殿?」


 結成から歴史が浅く、人数もいまだ400人もいない勇者ギルドの中で100人単位の勇者に命令を出せる百人隊長は現在5人しかいない。

 その1人がリョウであり、境山町を中心とした作戦のトップになるのは必然だった。


 「権利には責任が伴うものだ。たまには、こういう経験も悪くないだろう」

 「お前ら、そういって茶々あいつを俺に押し付けたよな?」

 「教官期間の延期とでも思えばいい。ああ、それともう1つだけ注意がある」

 「まだ何かあるのかよ?」

 「もし『向こう』で何かあったらそちらの要請を優先してほしい」

 「なんかトラブルでも起こっているのか?」

 「念のためだ。出来るだけ君の負担を増やさない方向にもっていくつもりだが……」

 「はっ、別に構わねぇよ。面倒な指揮なんぞより、適当に暴れてアイツらを潰す命令の方が気が楽だ」

 「すまないな。では、こちらからは以上だ。連絡などの雑務はこちらで引き受けるから君は休んでもらっても構わない」

 「向こうの作戦まで時間がないんだろ。ならその前にさっさと終わらせてやるさ」


 そういってリョウはさっさと部屋を後にした。

 ドアが閉まるとチーフはさっそく茶々とティアーネを含む、現在動けそうな勇者と使徒たちに向けてクエスト参加を促すメールを送る。


 


 こうして境山町を舞台にした新たな戦いが人知れず始まったのだが、睡魔に負けて机に涎を垂らしている茶々がそれを知るのはまだ少し後のことである。

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