第4話 グラウンドの外では

 私が江夏さんの本を読んで一番感じたことというのは、プロ野球の選手というものは、グラウンド内ではお互いにいいプレイをしてチームが勝つために頑張らなければならないし、言われなくても頑張るものだが、一歩外に出れば、何も群れ合う必要などない、ということです。

 それが、プロだ、ということです。


 なぜその点に私が意識を向けたかというと、当時の環境があまりにひどすぎたからというのがあったからです。

 大体、高校というところは「青春」の象徴みたいなところがあるのは、昔からそうなのですけれど、そのノリで行けば、仲間と一緒に何かを、という感じにもなるでしょう。その頃の職場のイメージというのも、こんな感じでしたな。これは池田邦彦氏の漫画「カレチ」での主人公のセリフですけど、この言葉が、当時の世相や人々の思いをまさに象徴していると思うので、ご紹介しましょう。


 先輩後輩の公私にわたる付合いと、それをもとに誰もが成長していける職場。


 この「職場」というのを適当な言葉に変えたら、わりにどこでも通用する文ですね。江夏さんのおっしゃる「プロ」というのは、当時の私には、その言葉とは全く無縁に感じられました。

 江夏さんに限った話じゃない。それこそ、阪神からトレードで南海に行くことになったときの監督だった吉田義男さんにしても、野球殿堂シリーズ「海を渡った牛若丸」で、あるメジャーリーガーの二遊間の名コンビと言われる選手たちのことについて、同じようなことを書いていました。


 「グラウンドでは名コンビだが、外に出ると一言の口もきかない」


 吉田さんは、プロはそれでいいのだという趣旨のことをおっしゃっていた。


 それから、私は当時養護施設(現在の児童養護施設)に住んでいました。最後の2年間を担当したのは、尾沢さん(小説のキャラクターを充てますね)という男性の職員で、彼の職責は、「児童指導員」というもの。

 彼はずっと剣道をされていて、大学までずっと剣道部。剣道というのは1対1の試合が基本ですが、団体戦もある。そこで、誰と誰があたるか、というのはあるのですけどね。そういうスポーツ(「武道」だという指摘はここではご勘弁を)だからなのかもしれないが、あるいは、彼の育った当時の青春ドラマなどの影響もあるのかもしれないが、仲間とか家族とか、そういうものをものすごく強調していた。

 正直、それに辟易していたというのも、ある。

 何が悲しくて、必要以上に群れる必要などあるのか?

 今はともかく、当時の養護施設というところは、(法令上)児童という名の子どもたちをやたらに群れさせるようなことが多かった。

 そのほうが職員も管理しやすいし、子どもたちにしても、それに乗っているほうが、楽。大人も子どもも、楽なのですよ。

 でも、社会に出ると独り立ちしなきゃいけない。そこを教えきれるのかというと、大したことが言えない。

 大体、職場の主力というのが、短大を出てすぐの保母(現在の「保育士」)と呼ばれる職員。年齢にして20歳にこそなっているが、それなりの年齢の人から見れば「年端も行かないおねえさん」でしょ。もちろん例外もあるが、中学生や高校生の男子児童など、そうそうまともに「指導」などできるわけもない。

 そのうえ、中には自分が「指導者」であって、自分の指導が効果を奏しているのだと言いたげな言動をした保母もいた。年が経てばいい思い出とか懐かしいとか笑い話などとほざくおめでたい御仁もいるようだが、私はそんなところでは寛容じゃないし、その必要もないと考える。

 今思い出しても、不愉快ですよ。

 もっとも、後に当時のことを男性の児童指導員たる幹部職員諸氏がことあるごとに「申し訳なかった」と謝ってきましたけど、そんなもの、後の祭り。後々の能書きなんか、いくらでも付けられるだろう。それと一緒やがな。


 さあ、そんな中で、私は徹底的に、プロ野球の本を読み始めたわけ。

 江夏さんの言動が紹介された本やスポーツ新聞を読んでいくにつれ、ああ、あんなところで群れ合いなんかしている場合じゃない、そういう気持ちを高めていくことができました。

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