第12話

「怖いんだ」


 夕暮れ時の茜を反射して、きらきらと瞬く周防灘。これから僕たちが引き起こそうとしている、ジャイアント・キリングの爆心地——そこに浮かんだ滑走路上、F-2Aの尾翼を点検しながら、僕は若月に語りかけた。


「世間にとって≪連邦≫は、人類の戦乱の歴史に終止符を打ち、世界に平穏と幸福をもたらした正義の味方だ。そんな彼らに反発している僕たちは、ひょっとすると、世界にとっての癌細胞なんじゃないだろうか……そう考えると、恐ろしくて仕方ないんだ」


 当の若月は「我関せず」と言った調子で、F-2Aの着陸脚にもたれかかって、本を読んでいた。彼女に何を言っても言葉を返してくれないと分かっていても、尚も僕は続けた。


「小さい頃にも、これと似たようなことがあった。僕の父さんは、自衛官だった。そして、≪連邦≫との戦争の中で死んだ。……そのことを小学校で話したら、次の日から僕は、いじめられるようになった。『わるものの子供はわるものに決まっているんだから、俺たちの手で成敗してやる』って。

 だけれど僕は、それに言い返せなかった。皆が≪連邦≫からの平和を享受しているこの世の中で、それを脅かそうとしていた僕の父さんは、確かに世間の『わるもの』だったから」


「私、その手の話は好きじゃないわ」


 栞も挟まぬまま手元の本を閉じて、若月はそう言った。思えばそれが、この二年間で彼女と交わした、はじめての言葉だった。


「常識がどうだとか、世間一般からみてこうだとか、そういう発想が嫌いなの。何故なら––––」


 そこで一旦言葉を切り、ほんの少しの間を置いて、彼女は言った。


「常識(コモンセンス)は、いつだって不誠実だもの」


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