第11話
翌日。格納庫へと納められていた筈のMiG-29OVTが、忽然とその姿を消した。
入り口を閉ざしていた扉のロックは、重機か何かで無理やり破壊された様子であるものの、他に荒らされたような形跡はなく、ファルクラムの機体だけが跡形もなく消えていたのだ。
「まあ、そんなに驚くようなことじゃない」
他の部員たちが大騒ぎするなか、妙に冷静な調子で、武内は僕に言った。
「まさか、ここまでの荒技に出るとは想定していなかったが」
その前日。武内は、若月と白服の男たちが話すのに、こっそり聞き耳を立てていたのだという。流石は地獄耳、車の中からわずかに漏れるばかりの会話の内容を、彼は鮮明に聞き取っていた。
まず、白服の男たちの正体は、「世界平和維持技研」なる組織からの使者。一目見て想像していた通り、連中は≪連邦≫の手先だったという訳だ。
そして彼らは若月を、無人機に対して演習を行う有人機のパイロットとして、航空機研究部門へとスカウトしたのだという。
「でも前の戦争じゃあ、連中の無人機は有人機を圧倒してたんだろ?今更になって、どうして格下相手に演習するんだ」
ふと気になって、僕はそのように尋ねる。
「有人機に比べた、無人機の決定的な優位性は、何だと思う?」
「……パイロットが乗り込む必要ないこと」
「その通り」武内は頷く。
「無人機の強みとは、生身の人間を乗せた有人機では不可能な、莫大なエンジン出力にものを言わせた機動だ。極端な話、パイロットの安全を鑑みて出力の限られた有人機に求められたような、高度な操縦技術は必要ない––––開戦直前まで、連中はそう思っていたらしい。
しかし、いざ有人機と交戦させてみると、結構な数が撃墜される羽目となった。そこで連中は終戦後、退役軍人や優秀なFA選手なんかを集めて、その機動の研究を始めたのさ。F-2Aでクルビットを披露した若月さんが、目をつけられるのは当然だろう」
「そして、ここからは俺の勝手な想像だが」武内はそう前置いてから、続ける。
「ファルクラムをうちに貸し出してきた『退役軍用機保存協会』ってのも、恐らくは≪連邦≫の手下だろう。若月さんに高性能機を与えてみることで、彼女が研究に値する人材かどうか、試金石にしようとしたんだ。
そして彼女は、連中からのオファーを断固として断った。だから連中は、今朝になってファルクラムを没収しに来たって訳だ」
そんなことがあってたまるか––––僕は憤慨した。
≪連邦≫に父を奪われ、母を奪われ。プライドも奪われた上に、さらにようやく手にした「青春」まで奪われる覚えが、一体どこにあろうか。連中の傍迷惑な善意に、どうしてここまで、胸を締め付けられなければならないのか。
「しかし、若月さんには気の毒だ。せっかくの引退試合で、優勝すら期待されてたのに、おじゃんになっちゃって」
「……いや、まだだ」 絞り出すようにして、そう言った。
「まだ、終わっちゃあいない」
「まさか、F-2Aのこと言ってるのか?」
武内はひとつ、鼻で笑う。
「無理無理、間に合わんよ。あれは一年近く放置されてたんだ、これから調整を始めたところで……」
「やっぱり不足かな。僕みたいな下手糞が、しかも気が向いたときに整備してただけじゃあ」
「お前……」
ほんの一瞬、素っ頓狂な表情を浮かべた後、武内は会心の笑みを浮かべた。
「いいだろう。もっかいばかし、ジャイアント・キリングを巻き起こしてやろう」
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