第10話
季節は巡る。
一年ぶりの九州予選を間近に控えた、ある日。実際に機体を飛ばしての練習を終え、地上に降り立った若月の姿を、僕たちはただ呆と眺めていた。
「この調子でいけば、優勝はまず間違いないでしょうね」
彼女の姿を撮影しながら、楳井は、隣に立つ私服姿のもやし男へと語りかける。
「なあに。今の若月と彼女なら、その先––––全国入賞すら夢じゃあない」
相も変わらず大仰な口調で、茉本は言った。大学受験に失敗し、今や浪人生として多忙の只中にある筈の彼は、今日ばかりは「気分転換」という名目で護城駐屯地へとやって来ていたのだった。
「しかし……」パイプ椅子に背をもたせて、茉本は続ける。
「ちょっと見ないような間に、我らが"アストロバーヅ"も随分と変わってしまったな」
辺りを大勢の作業服姿が忙しなく行き交うのを、彼はゆっくりと見回す。今年から新たに一年生が大挙をなして入部し、だだっ広さを持て余していた部室の格納庫も、随分と賑やかになったものだった。……しかしながら、若月はもうじき引退するというのにパイロット志望者は一向に現れず、部長の武内は「ただいたずらに穀潰しが増えただけ」と毒づいてばかりいるが。
ふと、折りたたみ椅子に腰掛けて給水していた若月の元に、見知らぬ二人の男が近づいていくのが見えた。最近では一般の見学客がやってくるのも珍しくなかったが、今回の彼らに限って、他と比べて明らかに異質な雰囲気を放っている。
「あの、どちら様で……」
「若月ケイさん、ですね?……ずっと自宅を留守にしていらっしゃるようでしたので、こうして直接、お目にかかりに参りました」
楳井の質問を気にも止めず、二人は若月に向かって、わざとらしく笑いかける。……彼らが身に纏った純白の制服を、僕は知っていた。
「申し遅れました、私たち……こういう者です」
男たちが差し出した二枚の名刺を受け取った若月は、普段の仏頂面のままで、しかしその目だけを少し見開いた。
「あちらの方に、我々の車を停めてあります。その中で少しばかり、お話を」
二人に促されるまま、立ち上がった若月は、そのまま格納庫を去っていく。突然の出来事に理解が追いつかぬまま、僕たちは遠ざかってゆく背中を、ただ見送ることしか出来ずにいた。
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