第9話
「MiG-29OVT……まさか実在していたとは……!」
その日。護城駐屯地へと届けられた荷物を見て、茉本は鼻息荒くまくし立てていた。
「往年の傑作・MiG-29"ファルクラム"に新鋭のアビオニクス、そして推力偏向ノズルを搭載。ダブル・クルビットの実演に成功した、記録上唯一の戦闘機……。マニアも垂涎ものの代物だよ、彼女は」
曲線が多用されたF-2Aに比べゴツゴツとした形状で、尚且つトリコロールの派手派手しい塗装が施されたその機体を検めながら、一方の武内は気怠げにため息をついた。
「参ったな。同じ戦闘機でも、開発元の東西でこうも勝手が違うとは……」
「文句言ってちゃあバチが当たりますよ、
「まあ厳密には、無条件・無期限によるレンタル、とのことですけど」
大会からかれこれ二ヶ月が経ち、その間に、"アストロバーヅ"こと築守高校FA部を取り巻く環境は大きく変わっていた。そしてそれは、楳井が効かせた、小狡い機転によるものが大きかった。
彼が運営している部のウェブサイト、その一角に新設された募金フォーム。ひと昔前の言い方をすれば、「クラウドファウンディング」とかいうやつだ。若月がF-2Aでクルビットを繰り出したことにより、界隈ではすっかり名の知れた存在となった僕たちの元には、他校との金銭的格差を補って余りある額の支援が集まっていた。
さらに、もうひとつ––––これは全くもって想定していなかったことだが––––「退役軍用機保存協会」なる団体から、無期限かつ無条件による機体貸し出しの申し出があった。何でもその会長が、若月の大会での演技を見て、すっかり惚れ込んでしまったのだという。そうして届けられたのが、件の機体であった。
ロシア語で著されたマニュアルの全てを、解読し終えるまでに三ヶ月。武内たちメカニックが機体の整備を、若月が操縦を習得するのに一ヶ月。そして迎えた、ファルクラムの初飛行は、まさに圧巻の一言であった。
その荒々しい機動にはいっそうの磨きがかかり、クルビットを二重に繰り返す「ダブル・クルビット」を織り交ぜた演技は、半年前の大会で目撃した他校のどれをも圧倒している。しかし……。
僕はどこかで、物足りなく思っていた。かつての父や、これまでの若月のアクロバットを目にして抱いた期待や憧憬、そうした胸の高鳴りが、今回ばかりは感じられずにいたのだ。
その日一日の部活を終えた帰りがけ、身重く横たわる欠乏感の理由を求めるように、長らく放置されていたF-2Aの元を訪れた。
青い巨鳥は、人気もなく薄暗い格納庫の中にあって、ただ静かに佇んでいた––––それはちょうど、この駐屯地に乗り捨てられたままのジープたちと同じように。或いは、主人の帰りを待ちわびる、かの有名な忠犬のように。
その一途なような姿が、どうしようもなく愛しく思えて。薄く埃の被ったその身体を、レーダーアンテナの先端に至るまで、丁寧に拭きあげてやる。
普段使っている作業服に着替えて、点検マニュアルと工具箱を持ち出した僕は、武内の見様見真似で整備作業を始めるのだった。
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