第8話
「続きまして、エントリーナンバー9番。築守高校"アストロバーヅ"の展示飛行です」
昼下がりの会場に、ウグイス嬢めいた作り声のナレーションが鳴り響く。
≪滑走路へのタキシングを許可する。オーバー≫
無線を通じた係員の指示で、若月の操縦するF-2Aは、滑走路へと車輪での移動を始めた。
その尾翼には、宇宙空間から地球を見下ろす、一羽の青い鳥の
「宇宙(Astro)」の「鳥たち(Birds)」という何のひねりもないネーミングは茉本によるもので、聞かされた当初は、その安直さに辟易としたものだ。しかし、それを元に楳井が描いたエンブレムはなかなか出来の良いもので、実は気に入っていたりする。
滑走路上、白線で示された所定の位置についた機体は、路傍に立つ係員がフラッグを振り上げると同時に、滑走を始める。
尾から陽炎を吐き出しながら速度を増し、そしてついに大空へと飛び立ったその後ろ姿を見送りながら、奇妙なことに、僕は父のことを考えていた。
あの時––––迫り来る≪連邦≫の無人航空機群を前にして、「負け試合」を挑んだ父は、何を考えていたのだろう。負ければその先には「死」が待ち受けているというのに、いったい何が、彼をそこまで駆り立てたのだろう。
……分からない。彼の背中を追いかけてここまで来た筈なのに、それに近づくどころか、むしろ遠ざかっているような気さえする。
ならば、若月の場合はどうか。負け試合に挑もうとしている今この時、何を考えているのだろうか——。
周防灘上空をゆったりと飛行していた青い巨鳥は、演技の開始を告げる号笛を聴くとともに、機首を急速に引き起こした。主翼の両端から発せられた飛行機雲が、二重の螺旋を描きながら蒼穹を昇ってゆく。
急上昇に急下降、急加速に急減速。ヨー・ピッチ・ロール、全ての方向において機敏な旋回––––相変わらず子供の玩具遊びめいたその機動は、しかし他校のフランカーたちと比べるとやはり単調で、味気ない。
若月がリハーサル通り演技を終え、周囲から失笑が聴こえ始めた頃。武内が、ストラップで首にかけていた小型無線機を口元に近づける。
「こちら武内。お疲れ様、若月さん。後は誘導に従って……」
≪……、…………≫
無線機から聴こえる若月の声に、武内は何やら、表情を凍りつかせた。しかしここからでは、彼女が話している内容まで聞き取ることはできない。
「ちょっと待ってくれ、その機体でやるのは無理だ!エンジンが失火を起こして、ともすれば墜落……って、聴こえてないのか?!」
どれだけ武内が呼びかけても、若月からの応答はない。不審に思って空を見上げた僕は、次の瞬間、呆気にとられていた。
急激に速度を落とした青い巨鳥は、その尾部を、機首より進行方向の前方へと突き出すような体勢をとる。その状態でさらに減速を続け––––なんと驚くべきことに、同じ高度を保ったまま、器用に宙返りしてみせたのだ。
それまで、小馬鹿にしたような態度をとっていた周囲の観衆から、一斉にどよめきが上がる。
「おいおい、嘘だろ……」
手から無線機を取り落とし、惚けた顔をした武内が、うわ言のように呟いた。
「こりゃあ……凄えや」
一方の楳井は、一眼レフのファインダーを覗き込みながら、連写を始める。
「ハハハ……信じられるかよ、あの機体で、まさかクルビットだなんて……」変なテンションになった茉本が、引き攣った笑い声をあげた。
「バントでホームラン打つような話だぜ、そりゃあ」
結果、「ワーストフォーが妥当」とされていたその日の大会に、"アストロバーヅ"は第四位にランクインした。後一歩で表彰台を逃したものの、初出場でこの順位とは、史上類を見ない快挙なのだそうだ。
誰も予想し得なかったジャイアント・キリングの話題は、瞬く間に全国へと駆け巡る。––––そしてこの機を、我らが広報担当は見逃さなかった。
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