第7話
垂直離着陸(VTOL)型の旅客機が行き交う北九州空港の、今や使われなくなった滑走路。そのうちのひとつが、今回の大会に出場する機体の発着場となっていた。
路傍に並べられ、他校のメカニックに整備を受ける機体たち。奇妙なことにその多くが、素人目には似たり寄ったりのシルエット––––機首に取り付けられた二枚の前翼が特徴的な––––のものばかり。そんな中で僕たちのF-2Aは、周囲を取り囲む部員の少なさも相まって、明らかに場違いといった様相だった。
エンジン音を轟かせながら周防灘の上空をアクロバットする、これもやはり他と似たようなシルエットの機体を見上げながら、茉本は呟く。
「金持ちはフランカーに乗れていいよなぁ……」
彼が「フランカー」と呼んだその機体の、重力の働きを感じさせない縦横無尽の機動。それは、かつて目にした父のアクロバットや、或いは普段若月が見せるそれを、凌駕する鋭敏さだった。
ライバルが見せる驚異の実力を目の当たりにして、若月は言わずもがな、妙に冷静な四人。その様子が気になって、僕は隣の武内に声をかける。
「驚かないのか?あんな滅茶苦茶な機動を見せられても」
「別に、あんなの普通だよ。さらに言えばあの程度じゃあ、十七ある出場校のうち、ベストエイトに入るのも厳しいだろうな」
まるで「太陽は東から出て西から沈む」とか「林檎はいずれ木から落ちる」とか、そうした普遍にして不変の法則を語るかの如く。あまりに平然とした武内の言葉に、僕は絶句する。
「じゃあ、今回の大会で、僕たちって……」
「ワーストフォーが妥当ってところでしょうね」この期に及んで縁起でもないことを、楳井はさらりと言い放った。彼は、三脚を取り付けた一眼レフのファインダーを覗き込みながら、アクロバットするフランカーに向けて繰り返しシャッターを切っている。
「というのも、別に若月先輩の実力が不足してるんじゃないんです。ただ機体が足を引っ張ってるってだけで……」
「F-2Aじゃあ、何か不都合が?」
そのように尋ねると、今度は茉本が返答する。
「そりゃあ……新品の革靴よりも履き潰したスニーカーの方が愛着はあるんだけど、いざよそ行き、って時にはまた話が違うだろう?」
そう同意を求められるも、発言の意味が理解できず、僕は首をかしげる。
「ええと。つまり俺がいいたいのは……」
「つまりF-2Aは、アクロバットには向かない機種だってことだ」横から武内が、茉本の言葉に補足した。
「機体性能が極端に低いって訳じゃないんだが、そもそもが
西のラプターに、東のフランカーシリーズ。そうした高性能の制空戦闘機が群雄割拠割拠するFAという競技において、F-2Aはどうしても苦しい戦いを強いられる……そういうことでしょう、部長?」
「ああ、そうそう。彼女はもともと、
「正直なところ、今回のは消化試合みたいなもんですし」
一眼レフの背面モニタを見つめ、満足げな笑みを浮かべながら、楳井が続けた。
「仮にもFA部を標榜している以上、大会に出ておかないと体裁が保てないし、何より来年から部費の支給を打ち切られかねないから、形だけでも出場したってだけで」
それまで胸の内を焦がさんとしていた炎が、ふと消えてしまったような気がして。僕はひとつ、大きく嘆息する。
僕たちのような発足したばかりの弱小でも、しかし努力を重ねさえすれば、表彰台とは言わずとも健闘出来るとばかり思っていた。そのために僕は、未熟ながらも発揮しうる全力を注いで、若月のことをサポートしてきたのだ。
それが実際のところ、初めから結果の見えていたような負け試合だったとは。皆がそのことを知る中でひとり熱くなって、まるで僕だけが馬鹿みたいじゃないか––––。
ふと、当の若月がどう思っているのか気になって、僕は彼女の方を一瞥する。
彼女は、ただ無表情のままフランカーを見上げていて、そして矢庭に呟いた。
「あれじゃあ、まるで小蝿ね。品性のかけらもないわ」
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