第6話

 一週間後。あれほどFA部への加入を否定していた僕であるが、結局のところ誰に強制されるでもなく、自分から入部届をしたためたのだった。


 その理由は、まず–––幼き日から薄れやしない、むしろ歳を重ねるほどに強くなるばかりの、青い巨鳥への憧れ。父が家庭以上にその身を置いた、空の世界に対する好奇心。


 そして。出会って間もない「若月ケイ」の存在もまた、僕の中で、入部を決定づけるきっかけのひとつとなっていた。


 彼女の冷然とした眼光に見据えられたその瞬間、襲われた奇妙な胸騒ぎ。初めて見た筈の光景を以前から知っているような、しかしそれが、いつ・何処で目にしたものかまでは思い出せない––––俗に「既視感デジャビュ」とかいう––––矛盾した感覚。

 若月の姿に、僕はいったい、何を重ねているというのか。それを知るために、暫くの間、彼女のそばに身を置こうと考えたのだ。



 学級の担任に入部届を提出したその日から、さっそく、僕のFA部員としての活動が始まった。


 機体整備に使う工具・部品の買い出しや、耐Gスーツの洗濯など、山積した雑務にてんてこ舞いの日々。その一方で、武内やOBたちから教えを受け、メカニックとしての知識や技術を少しずつ習得していった。……最悪の第一印象からは意外なことに、武内は、あれこれと毒を吐きながらも、戦闘機に関しズブの素人の僕に色々教えてくれていた。学年が同じということもあってか、いつしか僕たちは、憎まれ口を叩き合う、「悪友」と呼べるような関係になっていた。


 その一方で、こちらも僕の同級である若月との関係はと言えば、遅々として進歩せずにいた。

 若月は普段––––シミュレータでの訓練や実際に飛行する以外––––、地上の何事にも何者にも興味がないと言った様子で、自身の機体のそばに腰を下ろし、ただ静かに本のページを繰っていた。その本というのも、今どき流行りのライト文芸とかじゃなくて、一昔前のミステリ小説や、或いは哲学書といった類のものが殆どだった。

 僕はそうした堅苦しい本が好きじゃなかったから、話しかけてみようにも共通の話題が見つからず、事務連絡をしてみたところで彼女は無言で頷くばかり。他の皆も若月との距離感を測りかねているようで、まるで彼女の周囲には、何人たりともそれ以上近づけないような透明のバリアが張られているようだった。



 そんなふうに、同じ部活動のメンバーでありながらも若月とは一言の言葉も交わすことなく、気がつけば三ヶ月。そのうちに世間は夏休みへと突入していた訳だが、僕たちはと言えば、かえって以前にも増した忙しなさの中にいた。


「全日本高校ファイター・アクロバット選手権大会 九州予選会」


 九州と本州の狭間に広がる周防灘の上空で行われるその大会に、僕たち築守高校FA部は、部の五年の歴史の中で初めて出場することとなった。

 これまでに経験のないことに、OBの面々含め勝手のわからぬまま、準備と練習に勤しむ日々。山内やOBのメカニックたちで機体を整備しては若月がそれを飛ばし、再び整備しては飛ばしを繰り返しているうちに、光陰矢の如く夏休みは過ぎ去っていた。


 そして、来たる八月二十九日。

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