読者《リーダー》 (3)

 深淵との一件を終えた後、俺は自室で仮眠を取った。今日は仕事の日だ。

 ベッドの下の隠れた引き出しに入れてある、仕事用の携帯を開くと、暗号メールで今日の任務について詳細が書かれていた。

 いつものように暗号を頭の中で解読する。取引場所は名古屋港。護衛は少なくて五人。取引相手はロシアの金持ちか。こっちも護衛は五人程度。何方どちらも名の知れた人間は付いてないようだ。

 そして標的である『安達尊徳』の罪に関する情報が数十ページに渡り書かれていた。

 その情報を軽く整理し、ひとつ深呼吸する。

 後二十分程で迎えの車が来る。

 それまでに、準備だけ整えるか。

 俺は鏡に向かい合い、髪をオールバックに整える。


「髪伸びてきたな」


 誰に言うでもなく、鏡に映る自分相手に一人ぼやくと、懐かしい師の言葉を思い出してしまう。

 いつだったか目にかかる髪が邪魔くさいと話した時。


『あぁ?髪が邪魔クセェだぁ?馬鹿言うな。只でさえ可愛くねぇ顔してんだ。髪くらい伸ばせ。ただロンゲは許さんからな?女みたいな髪型してたら、私が引き千切ってやるからな』


「千切れるもんなら、今すぐにでも来いよ。くそ師匠。今なら歓迎するってのに」


 いかんいかん。

 仕事前にセンチメンタルになっている。それは俺らしくないことだ。なので、自分の腹を思いっきりぶん殴る。

 よし。大丈夫だ。

 思考を強制的にリセットさせ、準備を続けた。

 よし、後は取り敢えずマスクをして。着替えは車の中で済ますからこんなもんだろう。

 流石にいつもの格好のまま、任務には付けない。出来る限り浅瀬光希である事を隠すため、自身を特定できるものは身につけないのは基本だ。

 家を出ると深淵の部屋を通りかかった、俺が出た時のままの様で電気は切れていた。

 まだ寝ている様だ。

 きっと、今日の出来事もあいつは見るんだろうな。そう考えると何だか、申し訳なさや気恥ずかしさを感じてしまう自分がいた。

 数分ほど歩き、近くのコンビニへと到着し、関係者の車が止まっている事を確認する。

 視線を左右に彷徨わせ、防犯カメラの位置、客の出入りを確認する。

 防犯カメラは死角、時間帯が遅いこともあり客の姿も見えない。後は他所の車のドライブレコーダーに映らないように注意して、目的の白いワゴンに乗り込む。


「やぁやぁ、執行者!元気にしてたかい?会えなくて寂しかったよぉ!生きてて何よりだぁ!友達はできたかい?虐められてないかい?辱められてないかい?」


 車に乗り込むなり、喧しい声が聞こえて俺は顔を顰めてしまう。


「犬塚、気が散るから仕事前は騒ぐなと言ってるだろ」


「ごめんごめん、私としては、みーーー。執行者が心配なんだよ!」


 こいつ今、名前を呼びかけやがったな?もし言い切っていたら、無駄に仕事をすることになっていた。

 俺の存在は極秘中の極秘になっている。

 それは日本の法が許さないという至極当然な理由の他に。

 もし執行者イコール浅瀬光希である事がバレてしまえば、俺を殺そうと日本全土から、戦うのが馬鹿馬鹿しくなるような数の敵が襲ってくることが目に見えている。

 執行者という名は既に日本国内の有権者達に通じてしまう程のビッグネームになってしまっているらしいのだ。

 それは仕方のないことだ。

 標的ターゲットは法で裁けない悪と明確に定まっている上、そんな大きな罪を揉み消せる程の者は大概政界関係者や金持ちなのだから。

 つくづく腐った世の中だ。


「まぁいい。俺の着替えは後ろか?」


 ワザと大きな溜息を吐きながら犬塚に尋ねる。


「おっほーッ!執行者の生着替え!生着ッ替え!写真撮っていい?動画回していい?それがダメなら眼球に焼き付けていいッ?!」


「お前に聞いた俺がバカだった。さっさと車を出せ、もし取引が終わっていたら、俺たちは首じゃ済まないぞ」


「もぅ、執行者はノリが悪いんだからぁ!犬塚さん寂しいぃ。でも、本当にそろそろ出ないと遅れちゃうから、動いてる中で着替えてぴょん」


「キャラを統一しやがれ、ぴょんじゃねぇよぴょんじゃ」


「執行者ちゃん怖ぃ~」


「ハァ」


 これ以上相手を続けたらストレスでハゲそうなため、相手にするのをーーーというより会話をするのを諦める。

 車が走り出したのを確認して、俺は後部座席に置いてあるトランクケースを開け、中から防弾防刃のインナー上下を着こみ、上から黒のローブを羽織る。

 漆黒の防火靴を履き、黒のグローブを付け、最後に口元を隠すため仮装用の仮面マスクを身につける。

 この仮面マスクは優れもので変声期の機能も付いている。なので声帯でバレるリスクはほぼ皆無だ。


「フー、流石執行者!そんな意味不明な格好でも似合って見えちゃうから凄いね!そこに痺れる!あ、憧れはしないけどぉ」


「犬塚。次この格好を揶揄ったら遠峰さんにチクるからな」


「それだけは許して!なんでもするから!」


「じゃあ、大人しく運転しやがれッ」


「了解いたしました。執行者殿!」


 たく、扱い安いのか扱い難いのかよくわからん奴だ。

 店長さん。つまりは遠峰さんは上役。犬塚と俺は下っ端だ。組織にとっては新参顔の二人なのだ。

 うちの組織は少数精鋭らしく、また秘匿の関係で構成員同士関わる事は非常に少ない。

 俺も会ったことのある人間は、先の二人と、もう一人だけだ。

 犬塚が入ったのは俺より後で半年前くらいだが、彼女の持つ『能力』がこの組織に絶対的に役に立つと言うことで即座に現場入りとなった。

 因みにだが犬塚はこう見えて警察のエリート。公安警察の一員である。

 あまり内情は聞かないが輝夜と同じ追跡科チェイサーとしての仕事を請け負っているらしい。

 なにか、遠峰さんに恩があるらしく、組織に入った様だが、彼女は俗に言うスパイ。

 警察の内情を組織に流す潜入員カメレオンをしているのだ。

 だからこそ、彼女はキャラを相手に掴ませず、自身の本心の部分は決して表に出さない。

 信用できないからこそ信用たりえる、不思議な女だ。


 その後、任務についての軽い確認を終えた後、三十分程で目的地へ到着した。


「じゃあな、終わり次第連絡を入れる。又、イレギュラーがあった場合、此方の判断で動く。連絡が取れない場合はこっちでなんとかする」


了解ラジャ。御武運を願ってます」


 流石に仕事直前となれば彼女もふざけた態度は取らず、車の中から小さな敬礼を向けてきた。

 さて行くか。

 時刻は深夜零時数分前。

 もう少しで人身売買の取引の時間だ。

 待ってろ。


 全員ーーー殺してやる。


                  

 ※


 名古屋港の倉庫街。過去には警備局のあった場所だが、数年前にあった暴力団同士の党争により壊滅し、既に別の場所へと移されている。

 時々、暴力団関係者の取引があるためか、防犯カメラなども無く、一般人の出入りも極端に少ない。更には海に面しているため海上からの逃走ルートも作りやすい。

 取引には絶好の立地だな。

 ゆったりと進んでいくと、直ぐに怪しい人間を見つけた。

 いや、向こうからしたら、黒のローブを羽織って仮面マスクを被った俺の方が余程怪しく見えるのだろうが。

 さて、第一の標的だ。


「お前は罪を償うきはあるか?」


 静かに。だが足音は殺さず、見張りに付いてる中年男の前に堂々と声をかけながら歩み寄る。

 もう聴きなれてしまった変声期で変えられた自身の機械質な声が闇夜に紛れ、おどろおどろしい雰囲気が醸し出される。


「何様だお前?ここは立ち入り禁止だ。さっさと失せな」


 乱雑な物言いにチャラけた態度。物事を深く考える事もなく、口から言葉を放つタイプ。

 だが、胸ポケットにバタフライナイフが入っているのが膨らみでわかる。

 そして、瞬時にそれを引き抜こうとした手癖の悪さと躊躇いのなさから慣れていることも。


「動くんじゃない。まぁ動いてもいいんだが。クビが飛ぶのが少し。いや、数秒早くなるぞ?」


「なッ!ーーー」


「動くなって言ったのに」


 首に当てた短刀で男の頸動脈を一息に切り捨てる。

 この男はリストに有った隠蔽に手を貸していた輩の一人だな。店長から貰った殺害リストに入っていた。

 もともと、逃がす気はなかったのだが、動かなければもう少し楽な死に方をさせてやったのに。

 俺は左手で執筆writeしたガバメントで、出血しながら仰向けに倒れた男の眉間をノールックで撃ち抜く。

 これは、せめてもの手向けだ。長く苦しませるのは無意味なのだから。

 そして視線の先はもちろん。


「さて、始めましてだな。俺はお前たちを殺しに来たものだ」


 何度見ても嫌なものだ。

 檻の中で生気の抜けてしまった表情をしている高校生くらいの女子。

 余程大声で泣いたのか、口にガムテームを貼られ声を奪われた、まだ十歳に満たないであろう幼女。

 そして、鋭い眼光で加害者ごみを睨み付けている二十代くらいの女性。

 吐き気がする。

 人が人を支配する世界など糞食らえ。

 この世の癌は俺が消してやる。


「よく頑張ったな。今から助ける」


 少女たちの瞳を見据えはっきりと言葉にする。ふつふつと湧き上がる衝動を抑えながら、視線を取引現場へと移す。


「誰だ、こいつは!」


「見張りはどうした?!」


 現在、この場にいるのは十六人。元々は片方で最低五人って話だったから、想定より少し多いか。

 安達ってやつはーーーあいつか。

 一人だけハイブランドで固めた狸がいる。ロシア側の名前は覚えてないが、その隣にいるアタッシュケースを持った奴だったはずだ。

 まぁ、俺が現れてから直ぐ様、臨戦体制に入ったのはロシア側の人間二人だけ。

 つまり、俺が多少の注意を払わなければいけないのはこの二人のみ。

 日本側は拳銃で武装こそしているが、焦った様子で安達の顔を眺めてやがる。

 それだけで技量が知れるってもんだ。


「見張りって、あの雑魚のことか?取引としては悪手の中の悪手だろ。最低限戦える人間を置いておかないとーーーこうゆうことになるぞ」


 そんな指導する様な言葉を放ちながら、執筆writeしたガバメントで日本側の護衛を六人同時に撃ち殺す。

 流石に動く対象へ全弾命中させるのは普通ならば難しい。

 しかし読み解きreadを使えば相手の行動予測をした上で射線を向ければいいだけのことだ。

 何故六人なのかと問われれば、ガバメントの装填数の問題だ。自動発砲機能フルオートの関係で六連射までが限界なのだ。

 これで、残りはボスを残して十人。

 一瞬の出来事に、場の空気は完全に俺が掌握していた。

 日本側は完全に硬直し、瞬き一つしていない。

 方やロシア側は。


Что一体 происходит何が起きてる?!


 ボスが何かを叫んでいる。

 だが、俺がロシア語なんぞ分かるわけもない。


Japnese日本語 or dirty汚い English 英語 only.しか使えねぇよ son ofクソ a野郎 bitch」


 銃弾を追加で執筆writeし、ロシア側の二人とボス二人を残し、先程と同じ様に一人一発で殺害対象に入っていた人間を仕留める。

 こいつらは雇われ兵なんかじゃなく、ただ単に犯罪に手を貸していた輩だな。

 手を貸す代わり、さぞ美味しい思いをさせて貰えたのだろうが。

 能力すら持っていなかったことを鑑みる、と暴力団やヤクザからも摘み出された本当の屑の様に思う。

 思う事はただ一つ。

 弱すぎる。

 こんなにも弱い人間が弱者を虐げるなんて、本当に腐った世界だ。

 金がなんだ。

 金が正義という文化が嫌いだ。

 旧時代の様に強いものが勝つという世界であれば、俺は多少なり理解を示していたかも知れない。

 だが、ただ金があるだけで天狗になっている、こんな吹けば飛ぶ様な薄っぺらい人間が弱者を虐げるなんて神が許したとしてもーーー俺は絶対に許さない。

 さて、取り敢えず残りは二人。少しは手応えが合ってくれればいいが。

 しかし、相手を見るに無理そうだ。

 既にロシア側の護衛二人はボスのことなど眼中になく逃げる方法を模索している。

 この二人は多分臨時で雇われた者だろう。

 俺は名案を思いつき、二人に英語で語りかける。


Understand英語はわかるか? English?」


Some少しなら what」


First 初めてか??」


Yes.Help!!そうだ!助けてくれ!Didn’t知らなかったんだ! know!」


 英語がわかる様なので少し話してみたが、この怯えようからして本当に依頼内容を知らなかったのだろう。

 まぁ、この二人は情状酌量の余地ありか。

 手を汚していない者まで殺してしまえば、こいつら犯罪者となんら変わりない存在になってしまう。

 それだけは絶対に出来ない。


「Go straight女を連れて真っ直ぐ進め with the girl」


Yes.thankわかった。ありがとう you」


 元々少女を保護するため、指定の場所に救護班を配置している。この二人はそこまでの護衛として使おう。

 その後、あの二人をどうするかは上の人間が決める事だ。

 ロシアの二人は、ロシア語で何かボスへ罵声の様なものを浴びせた後、檻を開け、少女達を連れて俺の指差した方へ走っていった。

 幸いなことに鍵は外側から簡単に開けられる様になっていた。

 これは檻中の女たちに、もしかしたら自力で逃げ出せるかもしれないという希望を与える為だろう。

 実際は縛られている少女たちには開ける術はない。心を完全に折らないように、気を使っていたようだ。

 ーーー売り物として。


「さて、どっちから先に死にたい?」


 変声期で変えられていても、俺の声は酷く重い声音になっていた。心臓が激しく脈打ち、拳銃を握る指に力が入る。


「なんなんだお前は!私を誰だと思っている!内閣財務ーーー」


 ガバメントの中に弾丸を執筆writeし、躊躇いなく安達の両肩を撃ち抜く。

 男の言葉を遮るようにガバメントの発砲音とむさ苦しい男の叫びが響き渡る。


「なんだ?随分と可愛い悲鳴を上げるじゃないか。そうか、今まで痛ぶってきた女の物真似か。上手いじゃないか」


 肩を撃ち抜かれた安達は既に両手の感覚は無くなっているだろう。

 止血をしなければ自然と死ぬだろうが、そんな簡単には殺さない。

 最低でも罪の分だけは苦しんでもらう。


「やめろ、やめてくれ!頼む金ならーーー」


 俺が一般の人間ではない事に今更気づいた様子の安達は、呆れた事に命乞いをしてくる。

 隣のロシア人は、恐怖で身が竦み動くことすら出来ないようだ。

 さて。


「今まで売り払った少女の数は最低でも二十八人。権力を得るために殺しを依頼した人間の数、十三人。そして、強姦の数は百を優に超えてるな。なのにいざ自身の番となれば金で命乞いとは。見苦しいとは思わないか?」


「何故、そこまでの情報を。いや待て、その姿、まさかっ執行者か!」


 ここにくる前に暗号メールに書かれていた資料。そこには、こいつの罪がずらずらと並べられていた。

 普段であれば犯罪者であっても、迅速に命を刈り取る事を、人としての最大限の情としてきた俺だが、こいつの罪は少しばかり重すぎる。罪の意識で『執行対象』の名前を覚えられない俺が、否が応でも覚えてしまった程に。


「知ってるか?家畜の話を聞く飼い主はいないんだ。何故かって?それはーーーどうせ死ぬ存在だからだよ」


「助けてくれ、助けーーー」


 壊れたレコードの様に、助けを求める安達の姿を見て、仮面の下の俺の顔は。きっと酷く歪んだ物になっている。

 この世から悪をまた一つ消しされる歓喜。

 今までこいつに人生を弄ばれた人間たちの絶望。

 深層心理では人を殺したくないと思っている自身からの抑制。

 その全てが混ぜ合わされた結果、俺は感情のない笑みを浮かべていた。

 その事に自身で気づき、慌てて思考をリセットする。ダメだ。このまま感情に流されてしまえば、きっと俺が先に壊れてしまう。


「もういい。死んでくれ」


「やめーーー」


 俺は一息に、ガバメントのトリガーを弾いた。

 銃口から飛び出した、45.acp弾が彼の脳を撃ち抜くのにコンマ一秒もかからなかった。

 呆気ないとしか言いようがない静寂。

 俺は一つ大きな息を吐き、最後にロシアのボスを殺さなければと、そちらへ銃口を向けれるが。

 男は顔面をコンクリートに押しつけて倒れていた。近寄って見るが反応はなく、首筋から脈を測ってみれば。


「死んでやがる」


 死の恐怖からくるストレスで心臓が麻痺し、そのまま死んでしまった様だ。

 苦しんだ様子も無いため、存外楽に死なせてしまったと少し後悔している自分がいた。

 なんて弱い生き物なんだろう人間っていうのは。

 そう自問し。

 自答する。

 だからこそ、人間なんだろうな。と。



                   ※


「やあ、お疲れ様だね執行者!」


 その後、事が片付いたのを見計らって直様、俺と同じローブを羽織った犬塚が現場に到着した。

 血と死体が散乱した現場を見ても、怖気付くどころかニンマリとした笑みを浮かべられる彼女は、やはり何処か狂っている気がする。


「依頼対象は全滅した。後の処理はいつも通り任せる」


「酷いなぁ、執行者ちゃんはぁ。こんな汚れ仕事を私にさせるんだもん!ぷんぷん」


 両の拳を腰に当て頬を膨らませる犬塚を冷ややかな目で睨む。


「とっとと片付け無いと、めんどくさい事になるぞ」


「いやん、怒っちゃダメだめよぉん」


「たく」


「じゃ、ちゃちゃっとやっちゃいますね」


 いつまでも、おちゃらけた様子の犬塚だったが、仕事モードのスイッチを『入りオン』にした様だ。

 彼女の仕事は当然送迎だけでは無い。

 現場の『後始末クリーニング』が本職なのだ。

 殺害現場をそのままにしておく訳には当然いかない。

 スタスタと歩いて行く犬塚を目線で追う。

 彼女の小さな掌が先程俺が殺した『死体安達』に触れる。

 ヒュンッ。

 と風を切る音と共にーーー死体がその存在を消した。

 相変わらず稀有レアな能力だ。


「今日はどこに繋いでるんだ?」


「富士山の火口です。今の所そこが一番安全に隠滅できますからね」


「そりゃ、灰すら残らんな」


 犬塚の能力は『物体転送テレポート』。その名の通り、物体を任意の場所に一瞬で転送できる能力だ。

 最初に話を聞いたときには、なんだその馬鹿げた能力バランスブレイカーは。とも思ったが実際はそんなに単純なものじゃ無いらしい。

 どこまで本当かわからないが、過去に聞いた話では。

 自身を含め、生きてる人間を転送させる事は不可能。人が物体と認知する『物』しか転送できないらしい。更には送ることしかできず、呼び戻す事は不可能。

 物体転送テレポートできる地点に保存できるのは最大二箇所で、それも自身が直接赴きマーキングをしないといけないらしい。

 そして質量制限もあり、大きすぎるものは送る事ができないようだ。

 しかし、それだけでも彼女が組織に入ったとき即座にこの席へと就任した理由は分かるだろう。

 今までは俺が殺した犯罪者達は、人の手でコツコツと時間をかけ証拠を隠滅してきたのが、犬塚の能力のお陰で、数分足らずで現場を片付ける事ができるようになったのだ。

 その恩恵は計り知れない。


「ふぅ、終わりましたよぉ。今日はやけに人数多かったですねぇ。疲れちゃいましたぁ」


「雑魚ばかりだったがな。おい、まだ拳銃が転がってるぞ」


「それは帰る時回収するんですよぉ~、上の命令です。金目の物は取っとけって。それよりいつも以上にお疲れてますよねぇ。どうです、この後ホテルでも行っちゃいますぅ?疲れてる時の方が生存本能がーーー」


 そんないつもの犬塚のバカ発言に、どう返そうか考えていたその時。


「今すぐに逃げろ。顔を見られるな、絶対にだ」


 俺は本気の警戒を犬塚に伝える。


「ッ!御武運を」


 数秒前までふざけていた犬塚も緊急事態を察し、瞬時に表情を変えると、ローブを靡かせ颯爽と走り去っていった。

 俺の身に押し寄せているのは、慣れた感覚。幾度となく戦場で味わったーーー死の気配だった。

 取り敢えず相手が複数で無いことを願うか。仮に犬塚の方へ刺客が向かっていたとしても、俺は助けに行けない。

 直感で感じてしまうのだ。

 背後から感じるプレッシャーは明らかに格上。自身の身を守るので手一杯だ。


「こんな月夜にーーー何かようか?」


 俺は覚悟を決め、背後へ向き直る。

 十メートル程離れた堤防の上。

 そこにいたのはーーー。


 ひらひらと、黒のロングコートが夜風に踊り。


 紅色の虎が、退屈そうに欠伸をし。


 見慣れてしまった、紅髪が月の光を受けて紅玉ルビーの様に煌めいた。


「初めまして執行者。私は公安警察。第一級犯罪特別捜査班FCIよ。貴方を連続殺人の現行犯で逮捕するわ」

 

 隣の席の編入生。

 俺をパーティへ誘った少女。

 S級ライセンス黒星保持者。


 浅瀬光希の天敵。


 琴乃葉エイルが俺を見下ろしていた。



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