残念微笑女 (3)

「起きて光希くん!遅刻しちゃうよ」


 深い睡眠から目覚めると、眼前に見知った顔がどアップで映し出された。

 パッチリとした二重に、漆黒の瞳と小さな鼻。薄く塗られたリップグロスが元の素材を完成させている。


「いつから不法侵入するような悪い女になったんだ」


「違うよ、寝坊助さんを起こしに来てあげた。優しいお友達だよ」


 そう言ってクスっと笑った輝夜は俺の腕を引っ張って無理やり座らせる。


「強引な女は嫌いじゃないが、寝起きは辞めてくれ。朝は弱いんだ」


「もう、時計見てよ。後、二十分で家を出ないと遅刻しちゃうよ?」


「まじか」


 そう言われ時計を見てみると本当にギリギリの時間だった。

 昨日あれだけ動き回ったからだろう。かなり寝たはずなのだが、まだ頭が回りきっていない。

 昨夜は千歳から琴乃葉の情報を探って貰ったが、結果として何も得るものが無かった。何もというのは言葉の通り『何一つ』情報が出てこなかったらしい。

 つまり意図的に消されているのだろう。本当に厄介な奴に目を付けられたものだ。


「ほーら。早く顔洗って朝ご飯食べて!テーブルの上に用意しておいたから」


 輝夜に急かされるように立たされた俺は忙しなく顔を洗い、テーブルに並べられた冷蔵庫のあり物で作ったであろう朝食を取る。

 時々だが輝夜はこうして俺に手料理を振る舞ってくれる事がある。なんでも只でさえ不健康な生活をしているのだから、ご飯くらいまともな物を取れとのことだ。

 その間にも、輝夜はタンスの奥から二着目の制服を取り出してきてソファの横に置いてくれる。

 何故制服の仕舞い場所を知っているのかは怖いから聞かないが。

 その後、制服に着替えた俺は輝夜と共に部屋を出る。

 そして左隣にある部屋の扉が開いていることに気づいた。


「あれ、誰か引っ越してくるのかな?」


「扉が開いてるって事はこれから荷物の搬入やらをするんだろう。まぁ安アパートだし、今まで誰も居なかったのが不思議なくらいだ」


 それにしても普通の奴が越して来てくると嬉しいんだがな。

 そんな一件は合ったものの、それ以外は特に何事も無く学校へと辿り着いた。


「それじゃ、またね!」


 輝夜と何時もの場所。追跡科チェイサーの棟前で別れる。


「あ、そうだ。マスターが今日の午後、ご馳走するから友達を連れてSAKINOに来てくれって言ってたんだが、輝夜は来るか?」


「え、本当?もちろん行くよ!」


「了解だ。じゃあ、授業終わりに迎えに行く」


「はーい!」


 内心、俺はほっと一息を吐く。友達と来てくれって言われてるのに一人で行くのは流石に惨めだからな。

 そして、今度こそ輝夜と別れた俺は、琴乃葉の待ち受けているであろう検挙科アレストの教室へと足を踏み入れた。

 入った瞬間に紅虎クリムが襲ってこないかと冷や冷やしていたが。

 予想は外れ教室に琴乃葉の姿は見えなかった。それ所か待てど暮らせど彼女が来る気配はない。

 これは嬉しい誤算だ。

 俺はいつ終わるかも分からないこの平穏な日常を満喫する事にした。

 当然本を読む事によって。

 その後、琴乃葉が現れたのは昼休憩開始のチャイムが鳴るのと同時であった。


「遅いご到着だな」


 隣の机に鞄を置き、椅子へと座った琴乃葉は顔を真っ赤に染めながら、毎度の事ながらこちらを睨んでくる。


「このドスケベ男。不純異性交友で逮捕してやるわ」


「なんの話だ」


「うるさいわね。何でもないわよ」


 経験上、何でもないの裏には何かある。昨日のやり取りの中に何か顔を赤くするような案件が合ったかと思い返していると。

 成る程。推測だが何となくわかった。

 琴乃葉が俺に仕掛けた盗聴器。それを俺は見ず知らずのおっさんの鞄に入れた。

 そして、そのおっさんは何らかの成り行きで女性と行為に及んだのだろう。

 琴乃葉はそれを受信機で聞いてしまった事で、俺があの後女性とヤッていたと勘違いしていると。

 確かに別れ際。俺は『この後用事がある』と言って琴乃葉をあしらった。

 それがその盗聴内容に真実味を持たせてしまった事も一因なのだろう。

 チラチラとこちらを、横目で見ながらその度に顔を真っ赤に染め上げている琴乃葉を見て、九分九厘この想像が当たっていると分かってしまう。

 さて誤解を解くにはどうしたらいいだろうか。盗聴器に気づいていたと言うのは余計な詮索を生みそうだし、上手い逃げ方は。

 考えた結果。


「安心しろ。俺はゲイだ」


「ゲッ?!」


「無論嘘だがな」


 その言葉に彼女は揶揄からかわれている事に気付いたのか、先程とは違う怒りの赤さを顔に浮かべた。


「やっぱりアレは貴方じゃなかったのね。声がちょっと違うからおかしいと思ったのよ」


「何のことだ?」


「ッ!何でもないわよ!」


「何でもないか」


 また昨夜の内容を思い出したのか顔を髪の色と同じ真紅に染めた。

 そして今度の何でもないは、自身にやましい事がある為の防衛だな。こうやって接している分には普通の少女なのだが。

 その実は犯罪者も黙るS級ライセンスの黒星様だ。

 まぁ、彼女の考察に貴重な昼休憩の時間を使うのも勿体ない。

 俺は席を立つと、学食へと足を向けた。


「何処行くのよ」


 琴乃葉は立ち上がった俺を上目遣いに見ながら言葉をかけてくる。


「学食だ。貧乏学生だからな、ここの学食は安価で量も多いから愛用している」


「なら私を付いて行くわ」


 そう言って鞄から小振りなランチバックを取り出した彼女は俺の後を、何処ぞのRPGゲームのキャラクターの様に引っ付きながら付いてくる。


「何故付いてくる?」


「貴方をパーティに入れるためよ」


「何故俺だ?」


「人間性に問題はあるけど能力は確かだからよ」


「他の金星を誘えばいいだろ、俺みたいな赤星じゃなくてな」


「私はただ強いだけの人間に興味はないの。貴方には何か特別な力がある気がする。言うなれば勘よ」


「何故黒パンツだ?」


「いつもは白だけど、昨日はたまたまーーーって何聞いてんのよッ!」


 質疑応答を一問一答で答えながら学食へ向かう。最後の質問でキレた琴乃葉が後ろから蹴りを放ってくるが、読み解きreadを使うまでも無く回避できるので気にするまでもない。

 彼女も学内では出来る限り力を隠したい様だ。

 そんなこんなで学食に辿り着くと、既にかなりの人数が集まっていた。

 俺は適当な四人がけのテーブルに座ると、目の前に琴乃葉が続く様に座る。

 彼女のことを知らない人間がまだ多いからか、琴乃葉に向けられる視線の数が尋常じゃない。

 男の視線はもちろん、女性の視線も多分に含まれているのは、やはり彼女の特異性に依るところだろう。

 紅髪紅瞳コウハツコウガンなんて言うのは日本において、滅茶苦茶に目立つのだから。そして、その隣にいる俺に視線が向くのも自明の理というやつで、居心地がとても悪い。

 今更違う席へ行けとは、いくらデリカシーが無いことを自覚している俺でも言えないため、諦めのため息を吐く。


「俺は昼飯を買ってくる、席をキープしといてくれ」


「分かったわ。私はアイスの缶コーヒーで」


「都合よくパシリに使うな」


「ケチな男は嫌われるわよ?」


「たく」


 流石に女からケチと言われてしまえば、買って来ないわけにも行かず。

 自販機で缶コーヒーのブラックと微糖の二つを買った俺は、学食で一番コスパが良いと言われている、かき揚げうどんを買い、琴乃葉のいる席へと戻ろうとする。

 しかし。


「へぇー!エイルさんって日本人さんなんですねっ、ハーフさんかと思いましたです!」


「本当だね!こんなに綺麗な紅髪見たことないよ!」


「やめなさいよ、周りから変な目で見られるから私はあんまり好きじゃないのよ」


 なんか人数が増えていた。

 というか、輝夜と千歳がエイルを挟む様に座っていた。

 側から見れば警衛の中でもトップクラスの美少女集団が一つのテーブルに集結しているのだ。その光景は絶景であり圧巻だ。

 周りからの視線は先程の数倍と言っていいだろう。

 さて、それを見た俺が取る行動はただ一つ。


「空いてる席はっと」


 あんな席に混ざったら、前に琴乃葉に言われたタラシのレッテルが真実味を帯びてしまう。

 リスクマネジメントは出来る男の嗜みだ。


                ※


 さて。如何にして俺は美少女の会合に巻き込まれているのだろうか。

 先程逃げたはずの俺は、突然背後から現れた千歳により、元のテーブルへと連れ戻されてしまった。

 まるで影から出てきたと錯覚しそうなその動きは、魔法でも使われた様な感覚だ。チラリと見えた彼女の指にはめられた、祝福の指輪が本当に効果を発揮してたりしないよな?

 そんなバカな考えを脳内で繰り広げ現実逃避を心みる。

 千歳と輝夜は俺を通じた知り合いであるため、初対面なのは琴乃葉だけ。横で話を聞いている限り、既に自己紹介は終わらせている様だが。

 因みに昨日の依頼の件で、千歳は琴乃葉の情報を探っていたため、既に名前だけは知っていたはずだ。まぁ結局なんにも情報が出てこなかった為一般人と結論を出していたが。探索科サーチは依頼人のプライバシーの厳守を徹底するため、当然琴乃葉にそれを伝える事はない。

 さて。女が三人集まればかしましいとはよく言ったものだ。彼女らは俺の存在など忘れたかのように、ガールズトークを繰り広げている。

 そして、話がひと段落したところで先ほど俺が買わされた微糖の缶コーヒーを飲みながら、琴乃葉が視線を向けてきた。


「なんだ」


「貴方の周りって可愛い子多いのね」


 輝夜と千歳を交互に見た琴乃葉は何気なしにそんな事を言った。


「ハッ」


 その言葉に俺は乾いた笑いを零す。


「なによ」


「訳あり美少女じゃ無ければ大歓迎なんだがな」


「私の何処が訳ありなんですかッ鬼畜先輩!」


「ミツキチくん?今のは聞き捨てならないなぁ」


 片やオタクを絵に描いたような残念微笑女。片や人の家に不法侵入した挙句、制服を仕舞っていた場所すら把握していたお節介大和撫子。

 そして一番の問題児は初対面の俺を突然襲撃してきた、黒星の紅の瞳ルビーアイときたもんだ。

 コイツ等を訳あり美少女と言わずなんと呼ぶのか。


「二人して俺を鬼畜呼ばわりするのは辞めろ。変な噂が立つだろうが」


 只でさえ周りからは何を考えているのかわからないと言われる俺だ。

 実は『脳内で女を犯していたイカレ野郎』なんてレッテルを貼られたら、いくらメンタルの強さを自負する俺であっても、三日は登校拒否をすることだろう。


「それより!良かったら二人も放課後にカフェに行かないかな?」


「おい、人の話を聞け」


 俺の訴えを軽く流した輝夜は、千歳と琴乃葉に向けてそんなことを言った。


「カフェですか!良いですね、折角なので琴乃葉さんと仲良くなりたいですし!」


 千歳も俺の言葉なんて聞いちゃいない風で、輝夜の意見に同意している。


「カフェねぇ。もしかして昨日事件が有った『SAKINO』ってお店だったりするのかしら?」


「えッ、SAKINOで何か事件があったの!」


「あら、お昼のニュースでやってたわ。どうやら強盗事件があったみたいね。でも『通りすがりの覆面レスラーさん』が窮地に現れて事なきを得たらしいわ」


 琴乃葉は輝夜ではなく俺を見ながらそう話した。向けられた紅の瞳ルビーアイは「そうよね、覆面レスラーさん」と言外に語っている。

 こいつ。公園で待ち伏せする前から、ずっと俺を付けてたな。

 盗聴器に尾行、まるで探偵みたいな奴だ。というか見てたならさっさと介入して強盗の戦意を削いでくれよ黒星さんよ。


「良かったぁ。じゃあマスターや千依理ちゃんは無事だったんだ」


「ええ、被害は数枚お皿が割れたくらいで済んだみたいよ」


 安堵の息を吐いた輝夜は胸をそっと撫で下ろした。


「本当です。お昼のニュースで話題になってます。止まぬ異能犯罪って見出しで結構話題性のある記事になってるみたいですね」


 流石は探索科サーチだけある千歳は、何処からか取り出したタブレットで昼間やっていたというニュースを再生し、こちらへ見せてくれる。

 犯人は海老藁茂久。元ボクシングヘビー級の選手で数年前に能力の顕現により強制解雇。その後、ギャンブルに狂いながら、その日暮らしを続けていたそうだ。

 犯行動機は遊ぶ金欲しさと、隣でスロットを打っていた無精髭のおっさんにバカにされたことが原因らしい。

 動機の一つに知人が関係していそうな気がするがきっと気のせいだろう。精神衛生上そう思って置こう。

 その後、通りすがりの警察官と覆面レスラーにより、現行犯逮捕されたと出ている。

 これは憶測だが、強盗さんが警衛の生徒にやられたと証言したのだろうが、警察がそれを捻じ曲げてマスコミに虚偽の報告をしたのだろう。

 よくある事だ。そのお陰で俺の名前や身体的特徴が一切出ていないのは吉報といえる。

 そういえば。と俺はある事を思い出し輝夜に尋ねる。


「昨日、輝夜が受けていた指名依頼の対象って、もしかしてこの男じゃ無いか?」


 先日、輝夜は警衛に置いて面倒臭い制度である指名依頼を受けていた。

 簡単に言えば、ほぼ拒否権の無い依頼と考えて問題ない。依頼してくるのは警察本部であったり、金持ちだったりが多いが小さな依頼であれば地域住民からの物もあったりする。

 依頼料などが個別に設定できるため、警衛の人間からすれば強制という点を除けば、いいバイトになっている。


「ううん。違うみたい、昨日話しを聞いて、心理分析してみたんだけど、強盗っていうよりも『怪盗』に近い人みたい。何にしろ行動パターンがバラバラ過ぎて掴み所がないの。もうお手上げだよ」


 そう言って両手を広げた輝夜は、昨日の苦労を思い出したのか、らしくもなく机にバタッと倒れ込んだ。

 輝夜は輝夜で昨日は大変だったようだ。

 そんな彼女を苦笑いで眺める千歳は、タブレットを閉じるとがっかりした様子で口を開いた。


「残念ですけど、今日はそのカフェはお休みしているみたいです。まぁ昨日の今日なのでしょうがないですね」


「それなら大丈夫だ。店のマスター直々に来て欲しいと言われてるからな」


「そうなんですか?」


「昨日、千歳と会う前、帰りにSAKINOに寄ったら、丁度捕物を終えた覆面レスラーさんが後は任せたって、その後の仕末を頼まれたんだ」


「なんか光希先輩ってよく事件に巻き込まれてますよね。不幸体質系主人公なんですか?能力を無効化できる右手でも持ってるんですか?」


「何処の上条さんだ。生憎とそんな便利な力は持ち合わせていない。不幸体質は生まれつきだがな」


 そんな俺たちの会話を横で聞いていた輝夜は「上条さんって誰?」って感じで小首を傾げいる。

 俺は乱読家故にライトノベルも嗜む。なので千歳のネタにもついていけるのだが、伝記やミステリー、純恋愛などの少しお堅い小説しか読まない輝夜は置いてけぼりになってしまった。


「迷惑でなければ私は一緒に行きたいです!」


 話が逸れていることに気づいた千歳は右手を挙げてそう言った。


「琴乃葉さんはどうかな?」


 いつのまにか幹事が輝夜になっていた。流石お節介大和撫子なだけはある。


「えぇ、私もご一緒させてもらうわ。貴方達とは長い関係になりそうだし」


 輝夜の問いかけに琴乃葉は何処か含みのある言葉を返しながらも付いてくるらしい。

 貴方達って言葉の中に俺が入っていない事を祈るばかりだ。

 その後くだらない雑談をしているうちに、昼休憩終了を知らせるチャイムが鳴り響き、それを合図に俺たちは学食を後にした。


                 ※


「せんぱーい。迎えに来ましたですよ」


 放課後、授業という名の読書タイムを終え、周りのクラスメイト達がぞろぞろと帰っていく中、その流れに逆行するように千歳が現れた。


「あら、早かったのね雪名」


「エイルさんに会いたいがために、不詳千歳雪名、急ぎ馳せ参じましたです!」


 まるで忍術を使うように、でかい胸の前で印を結んだ千歳は、犬のように琴乃葉の貧乳へと頭を擦り寄せている。いつの間にかお互い名前で呼び合ってるし、随分と仲良くなったもんだ。

 そんな百合百合しい光景を生暖かい目で眺めているとポケットにしまっていた携帯が震えた。

 メールって事は輝夜だろう。

 何時ものガラケーをパカっと開き、内容を確認すると「少しだけ図書委員のお仕事を頼まれちゃったから後で合流するね!」との事だ。

 流石、世話焼き図書委員長さん。大忙しのようだ。

 メールの旨を琴乃葉と千歳に伝えると、先にSAKINOへと向かう運びとなった。輝夜は俺と同様に店の常連だ。場所も知っているし、迷う心配も無い。


 その後、SAKINOへの道を琴乃葉と千歳の二人が並んで仲良く話している一歩後ろを追いかけるようにして歩く。

 何処ぞのラノベ主人公みたく女子に挟まれながら歩きたくは無い。

 しかし、今日の琴乃葉はやけに大人しい。未だに今朝の一件を引きずっているのか時々こちらを頬を染めて睨んでくるが、それ以上関わってくる様子もない。

 パーティの件を諦めてくれたのなら幸いなのだが。

 そんな考え事をしながら歩いていると、首を後ろに回しながら千歳が尋ねてきた。


「そういえば光希先輩ってなんでエイルさんと仲良くなったんですか?」


 はてさて俺と琴乃葉は仲が良いと言えるのだろうか?まぁ一緒に学食でランチをしていた間柄といえば悪い仲ではないのだろうが。


「琴乃葉が一目惚れしたらしいぞ」


「えぇッ!」


 歩みを止めた千歳はあからさまに驚いた様子で目を点にしている。視線を琴乃葉へ向け、冗談ですよね?と茶色の瞳で問いかけている。


「あら、反論に困ること言ってくれるわね。強ち間違ってないから言い返せないじゃない」


「え、エイルさん!ちょっと大胆過ぎませんですか?それにこんな冴えなくて、デリカシー無くて、仕事もしない読書バカの鬼畜先輩なんて、エイルさんには釣り合わないですよ!絶対絶対私は認めませんです!」


 琴乃葉の言葉に何故だか千歳は涙目になりながら、俺の胸をポカポカと叩いてくる。地味に祝福の指輪が当たって痛い。

 俺って奴はそんなにも救えない人間なのだろうか、なんだか涙が出てきそうだ。


「安心しなさいな。雪名の言う通り、こんなのと付き合う気はさらさら無いわ」


「こっちのセリフだ。俺は貧乳に興味は無いしな」


「もう一度言ってみなさい。燃やすわよ」


「おー、怖い怖い」


「どういうことですか!」


 俺と琴乃葉のやり取りに業を煮やした千歳が、俺の耳を引っ張りながら顔を近づけてくる。ゲームオタクの引き篭もりの癖に無駄に力が強い。耳が千切れそうだ。


「簡単な話だ。恋愛感情じゃない一目惚れってだけのことだ」


 千歳はその言葉に?マークを浮かべ小首を傾げた。


「それのいう通りよ。私はこれを戦力としか見ていないわ」


「成る程です。確かに一年生の時の光希先輩のお噂は、ある意味伝説になってますものね」


「過剰評価だ。俺は本読んで静かに生きたい一般人だ」


「『これ』は自分を過小評価し過ぎなのよ」


 そう言って琴乃葉は俺を指差した。


「それとかこれじゃ分からんだろ。名前を呼べ、名前を」


 昨日から思っていたことだが、琴乃葉は俺の名前を一向に呼ぼうとしない。千歳や輝夜の事は名前で呼んでいるし、そこにはなんらかの意図があると思っていたが。


「私とパーティを組むまでは呼んであげないわ。焦らしプレイは得意なのよ」


「じゃあ、琴乃葉から名を呼ばれる事は未来永劫なさそうだな」


 千歳は千歳で「焦らしプレイ...いやらしいです!」と顔を真っ赤にしながら叫んでいた。

 そんな言い合いをしながらも、足を進めて数分。やっとのことSAKINOへと辿り着いた。

 昨日はOPENになっていた手作りのプレートが今日は反対を向きCLOSEに変わっている。


「こんな所にカフェがあったんですね!」


「ああ、裏道にあるから全然賑わってはいないんだがな。静かな方が読書家としては嬉しいから贔屓にしてるんだよ」


「本当に先輩は本の虫ですよね」


「お前はゲームの虫だろ?」


「それを言われちゃうと言い返せないです」


 千歳といつものやり取りをこなしていると、横から琴乃葉が不機嫌そうにジト目を送ってくる。

 その紅の瞳ルビーアイは「イチャつくな燃やすわよ?」と語っている。


「早く中に入りましょ?美味しい珈琲を飲みたいわ」


「そうするか」


 燃やされたく無い俺は取っ手に手をかけ、扉を開いた。

 カウベルのカランカランという音が響く。

 その瞬間。


「光希さーーーんッ!」


 黒髪のポニーテール少女。マスターと二人でカフェを切り盛りす立役者の看板娘。


『崎野千依理』が俺の胸へと飛び込んできたのだった。



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