残念微笑女 (2)

 俺の嫌な予感がなりを潜めている事から、どうやら最後の面倒ごとはこの残念微笑女だったようだ。

 両手に千歳の買い物袋をぶら下げながら店長さんへ本を返すために雑貨屋へと足を運んでいる。

 荷物持ちをする代わりーーーというわけでもないが、千歳も俺に付き合うとのことだったので二人で並んで歩いているのだ。


「ふふっふっふんっふーん」


 隣では千歳が台詞に音譜マークが付きそうな勢いでルンルンと鼻歌を口ずさんでいるのが憎らしい。

 そしてなぜ鼻歌が、赤い帽子を被ったおじさんがぴょんぴょんと跳ねたり走ったりするゲームのBGMなのだろうか。特に意味はないなのだろうがセンスがわからん。


「ご機嫌だな」


「はいです、先程までの私はレベル一で魔王を倒せっ!なんて縛りプレイを強要されてたくらいのストレス値だったのですが。私を縛り付ける物が無くなった今。隠された力に目覚め魔王を一撃で消し炭にした気分ですッ!」


 この食料や雑貨品の入ったスーパーの袋はトンデモなく重い拘束具だった様だ。

 まぁ何だかんだ一番重そうなリュックを千歳が背負ったままでいるのを見ると、生意気なのか可愛げがあるのか判断に困る所だ。


「後ですね、あんまりこうやって誰かとお出かけするってことがないので、嬉しいって訳でも無いわけでも無いわけで」


「お前友達いなさそうだもんな」


「それを先輩に言われてしまったらお終いですね」


 そう言って千歳は嬉しそうにこちらに微笑みかけてきた。

 あー。なるほど。

 こいつに惚れるやつなんて変わり者か相当危篤なやつか変態ロリコンかと思っていたが。この嬉しそうな笑みを見てしまえば、分からなくもないーーーかもしれないと思ってしまった。


「あー、っとここだ」


 そうこうしてるいるうちに、やっと雑貨屋へと辿り着いた。ここまで来るのに色々な事がありすぎて、何故だか達成感が尋常じゃない。

 足を止め、振り返りながら千歳にそう伝えると。既に夕日も沈みかけているというのに額からだらだらと汗を流す残念微笑女がいた。


「え、本当にここですか?私、霊能力とかオカルト話は全くと言っていいほど信じていないのですが、何故か此処から凄く禍々まがまがしいオーラの様なものを感じるんですが」


 千歳は無意識にか一歩足を引いて、目前の雑貨屋から少しづつ距離を取ろうとしている。

 まぁそれも無理はないだろう。

 目の前に佇むのは『古びたレトロ』と評するには些か物足りないレベルのーーー例えるなら捨てられた民家が三十年近く放置されたらこうなるであろう。といった外観であったからだ。


「千歳?」


「なんですか?」


 少し尻込みしながら返事をする彼女に、俺らしくない笑顔で問いかける。


「お前虫とか大丈夫か?」


「なんでこのタイミングでそんな事を聞くんですか!この鬼畜先輩はッ!」


 俺的には無理について来なくてもいいと、良心からの言葉だったのだが。千歳はムキーッと顔を赤くしながら「行ってやりますですよ。虫でもお化けでも魔人でもかかって来いです!」と一人何やら覚悟を決めていた。

 いや、流石に魔人は勘弁して欲しい。


「お前が付いてくるっていうなら止めはしないけどな。あ、あと結構散らかってるから商品を踏まない様に気をつけろよ」


「踏む位置にあるのって商品の枠組みで大丈夫なんでしょうか?」


 それには俺も同意するが、あの店長さんに言っても無駄だと知っている。

 気を取り直し、立て付けの悪い横開きの扉をガタガタと音を立てながら開く。

 千歳が「空き巣ヒルトビしてる気分です」と後ろから言っているが、気にしたら負けだ。

 雑貨屋の中に入ると、乱雑に散らかった商品と、立てかけられた看板が視界に入る。


「遠峰雑貨店?」


 千歳が首を傾げながらそこに書いてある文字を読み上げる。この店は通常、外に設置するであろう看板を店内に貼り付けているのだ。

 そのため、ここへ買い物に来る人は大概、店長さんの知り合いしかいない。前に聞いた話だと昼休憩ギャンブルタイムでも鍵をかけないらしい。不用心だとは思うが対策はしてると言っていたので気にするだけ損だろう。


「店長さん、俺だ」


 そう誰もいない店内に声を掛けると、ガラクタの奧から中肉中背の無精髭を生やしたおっさんが、こちらに手を上げながら近づいてくる。


「おぉ、光希じゃねえか。女連れでなんだ?ここをホテルと間違えてんじゃねぇのか?ここでやってもいいが料金は先払いだぞ」


 開幕早々どデカイ爆弾を落とすこのおっさんこそ、ここ遠峰雑貨店の店長。遠峰銀二さんだ。


「生憎、俺にロリコン趣味は無い。すまないが店長さん。コイツはそう言った話題に滅法弱いんだ。気をつけてくれると助かる」


 そう言って千歳を指差すと、今にも顔から湯気を出しそうな程真っ赤になり、わなわなと震えていた。


「なんでぇ、今時の若者は進んでるって聞いてんだがな。まぁウブなのは悪いこっちゃねえよ。仕込み甲斐があるだろ」


 そう言って胸ポケットから赤マルタバコを取り出した店長さんは商品がある事などお構いなしに火をつける。


「先輩のお知り合いって変な人ばかりですよね」


 千歳が俺の耳元でそんな事を言ってくる。否定したいが、この店長さんの前では空虚な否定は焼け石に水だろう。

 紫煙を遊ばせる店長さんをジト目で見つめる千歳は何か言いたそうにしているが、店長の顔が少しばかり厳ついからか、なにも言えずにいるようだ。

 千歳のためって訳でも無いが、さっさと要件を済ませて帰ろう。

 今日は疲れたのだから。


「千歳、その辺の適当な商品見て回ってていいぞ。俺は少し店長さんと話すから」


「は、はい。分かりましたです」


 そうして、千歳は俺達から離れふらふらと商品を見学しに行った。


「んで、今日の用件は何だ。この前は防火性の靴を買っていったよな。次は防火性のパンツとかか?」


「残念だが今日は買い物に来たわけじゃない」


「んだよ、冷やかしなら帰れ帰れ。今日は神様が降臨してくれたお陰で気分がいいんだ。早く店終いして夜の街へお出かけだ」


 神様が降臨って事は今日はコインか。この人と会話する度にこの手の話題を聞かされるせいで、いらない知識を覚えてしまった。因みにケンさんだったら銀球パチンコ。よく分からんかっこいい名前が出たら馬だ。


「借りてた本を返しに来たんだよ。期限を過ぎたら買い取りだって脅したのは店長さんだろ」


 借りたのは昨日だ。期限は一週間なのでそこまで急ぐ必要は無かったのだが、返すついでに新しい本を借りれたらと、黒い算段があってのことだ。


「もう読みやがったのかよ。相変わらず早えーな。まぁ早い分には文句はねぇ」


 そう言って学生鞄から取り出した本を受け取った店長さんはその本を他の商品とは違い大事そうに本棚に仕舞うと、もう一本赤マルタバコに火を付けた。


「次はどれを貸してくれるんだ?」


「卑しい奴め。だがお前みたいに本を大事にしてくれる奴になら大歓迎で貸すぜ。出来る事なら期日を過ぎてくれたら尚のこと良しなんだがな」


 そう言ってニヒルに笑った店長さんは、本棚から一冊の本を取り出し渡してくれる。


「ありがとう。大事に読ませもらうよ」


「おう、期日はいつも通りでーーー」


「あああああ!」


 その店長さんの言葉を掻き消すように、店内の隅から千歳の叫び声?というより奇声が響いた。

 それに驚いた店長さんがタバコの火を草履の直足部分に落とし「アチいッ!」と叫んでいる。

 気になった俺は千歳のいる店の奥へと向かい。埃を被ったショーウィンドウの前で立ち尽くす残念微笑女に声をかけた。


「どうした気になるものでも見つけたか?」


「あ、あれですよあれ!私の原点であるゲームの超絶激レア装備『祝福の指輪』ですよ!」


「祝福の指輪ーーーほう」


 ダメだコイツ。とうとう現実とゲームの区別がつかなくなったのか?

 そんな諦めに近いため息を吐いた俺だったが、千歳の指差す先。『祝福の指輪』と呼ばれたそれを見て感慨の吐息へと変えた。

 銀の指輪に白の玉が一つ付いており、白玉を囲むように枝を模した黄金の装飾がなされている。

 一目で安価なものではないとわかる代物だ。


「たく、一体なんだってんだデケェ声だしやがってーーーまた変わったもの見つけやがったな」


 俺の後ろを続くように現れた店長さんが、視線を祝福の指輪へ向け小さくボヤいた。

 その店長さんの珍しい態度に俺は訝しむように問いかける。


「呪いでも掛かってるのかこの指輪?」


「いんや、そんな大層なもんじゃない。これは竹取物語に出てくる五宝の一つ。『蓬莱ホウライの玉の枝』を模して作られたもんで製作者不明、素材も不明。だが何か惹かれるものがあってな、ついつい買っちまったのさ」


 意外と高かったんだぞ?と昔を懐かしむように店長さんは笑みをこぼす。

 製作者まで不明って事なら有名なものではないだろうし、ゲーム装備と瓜二つの指輪に千歳は偶然出会っただけなのだろう。


「店長さん!これ買わせてくださいです!」


 余程の思い入れがあるのか千歳は目を輝かせながら店長さんへとオファーをかける。


「すまねぇな嬢ちゃん。それは売りもんじゃねぇんだ。売るにしてはちょいとばかし高過ぎるからよ」


「そこまでのものなのか?」


 俺の言葉に店長さんは三本の指を立てる。


「さ、三十万円ですか。確かにお高いでーーー」


 千歳の言葉を遮るように店長さんは笑った。


「違げぇよ嬢ちゃん、ゼロが一個足らん。三百だ。因みに仕入れ値はこれの三倍ってとこだな」


「ふぁッ?!」


 三倍ってことは、これ一つで一千万近い価値があるということだ。驚き過ぎた千歳は、ネットでしか見かけないような絵文字を顔で体現している。


「足元を見られた訳では無いんだよな?」


 流石にこの指輪がそれだけの価値あるものだと思えない俺は尋ねる。


「あぁ、残念なことにな。お前は俺が商売で足元見られるような柔な男に見えるのか?」


「いいや。寧ろ相手の足元を見た上に、乾涸びるまで吸い付くような男だと思っている」


「よくわかってんじゃねえか。って訳で、悪りぃが諦めてくれや嬢ちゃん」


「残念です。装備できれば魔法が撃ち放題のうえ体力自動回復リジェネ機能までつく優秀な装備なんですが」


「あん?そんな機能はないはずだが?」


「店長さん。安心してくれ。こいつは少しゲーム脳の残念微笑女なんだ」


「うぅ」


 千歳はその言葉を聞きしゅんと落ち込んでしまう。これが数千円のものであれば、なけなしのポケットマネーで買ってやることも出来たが、貧乏人の俺には三百万なんていうのは遠い世界の話だ。


「さて、そろそろ」


 時間も時間であるし帰ろうかというその時。レジと思わしき場所に置かれた黒電話がリンリンと鳴り出した。


「んだぁ?こんな時間に。あい、こちら遠峰雑貨店」


 舌打ち混じりに、店長さんは苛々した表情を隠すこともなく電話に出た。


「俺たちは帰るか」


「...はいです」


 電話が終わるまで待っていても良かったが、ここにいつまでも居ると、そのうち千歳が指輪を眺めたまま動かなくなりそうなので早々と退散する事にする。

 立て付けの悪い入り口を開け、千歳を先に外へと出すと。


「テメェ!その話は本当なんだろうなッ!」


 背後から店長さんの怒鳴り声が聞こえ、慌てて振り返る。店長は既にこちらなんぞ眼中に無いようで電話に集中している。


「すまない千歳。少しだけ外で待っててくれるか」


 只事では無い雰囲気を感じた俺は店長の電話が終わるまで、やはり待つ事にした。

 きっと俺に関係するであろう話だろうから。

 千歳は一つ頷いて外に出たなり、スマホで銀行口座の預金を確認している。しかし、やはり残高が足りなかったのか、先程よりも深く肩を落とした。

 俺は声が漏れぬよう入り口を閉めると、視線を店長さんへと戻した。

 その後店長さんは二、三度の応答をした後、乱雑に受話器を置き溜息を吐いた。

 さて。どうやら千歳を外へ出しておいたのは良い判断だったようだ。


「喜べ光希、嬢ちゃんにあの指輪買ってやれるぞ」


「なんだくれるのか?なら有り難く頂戴しよう」


 店長は赤マルタバコを取り出し火を付けると。片手で髪をかきあげた。


「バカも休み休み言いやがれ。今回の依頼はちょいとばかしデケェ」


「その苛々した態度を見れば分かるさ。今度は一体何をさせられるんだか」


 俺は自分で言いながら一度首を振り、視線で問いかける。


 ーーー今度はどんな罪を犯したやつなんだ。


「依頼の内容より犯罪者の罪を知りたがる。だからこそ、俺はお前を使うんだがな」


「外で千歳を待たせているんだ。手短に頼む」


 自身でも底冷えするような、冷たい眼差しの意図を受け止めた店長さんは、紫煙を吐き出し依頼内容を話し始めた。


「標的は政府関係者。罪状はこっちが掴んでるだけで『殺人の関与』に『人身売買』が数件。そんでもって『少女の強姦』が多数ときたもんだ。全部もみ消されてるが、救い用の無いクズだな。まだ暴力団の方が仁義がある分可愛げがある」


「そうか、それだけで十分だ。いつだ」


 あっさりとした俺の態度に店長さんは肩を竦める。


「明後日の深夜零時。人身売買の取引現場でヤる。相手はロシアの人間らしいが、そっちもまぁ大層なクズだから殺してかまわん。普段は双方表に出てこないんだが、デケェ取引だからだろうな。珍しく直接出向いての取引らしい」


「了解だ。詳細は何時ものメールで送ってくれ」


「毎度のことだが対象の名前は聞かなくても良いのか?」


「知ってるだろ?俺は記憶力が良い方じゃ無いんだ。消える人間を覚える程の記憶容量ストレージは無い」


 そういって無意識に握っていた拳を解いた俺は、千歳が訝しんで中に入ってこないうちに話を切り上げる事にした。

 いや、それは都合の良い言い訳に過ぎない。

 早く頭を切り替えないと今すぐにでも、其奴そいつを殺してしまえと疼く、この心が保てないのだ。


「おい光希。さっきの指輪持っていけ。今回の依頼料から天引きしとくからよ。後払いで許してやる」


「いいのか?俺が依頼をドジったら依頼料どころか借金抱えるぜ?」


 店長さんは、埃を被ったショーウィンドウから祝福の指輪こと、蓬莱の玉の枝を模した指輪を渡してくれる。これ一つで三百万と考えると下手に千歳に渡すのも怖いが。

 店長さんは俺の言葉に苦笑いを零しながら返してくる。


「ハッ。お前が失敗する事があるとすれば、それは天地がひっくり返った時だろうよ。『執行者』」


「買い被り過ぎだ」


 そう言って皮肉げに笑った俺は、入り口に手をかけながら最後に店長さんへ尋ねる。


「あーそうだ。周りにいる奴らも同罪って思っていいのか?」


「勿論だ。寧ろ調べられる事が少ない分、罪が多い可能性まであるぜ。一応調べた上で調査資料と一緒のメールで送るがな」


「了解だ。これで心置きなく殺れる」


 その言葉を最後に俺は遠峰雑貨店を後にした。


        ※


 外に出ると買い物袋を脇に置き、座り込んだ千歳が一生懸命スマホを操作していた。こっそりと後ろから覗いてみると、警衛の依頼掲示板を覗いているようだ。しかも、高額依頼のモノばかり。

 そこまでする程、彼女がこの指輪を欲していたと思うと、店長さんが気を利かせてくれたことに感謝だな。


「すまない。待たせたな」


 そう声を掛けると、余程集中していたのか肩をビクッと震わせた千歳は此方へと顔を向けた。


「あ、光希先輩。意外と早かったですね」


 店長と話していたのは十分程だが、この夏場に陽は落ちているとはいえ、外に放置したことに多少なり罪悪感が浮かんでしまう。


「あぁ、ちょっと店長さんと交渉してただけだからな」


 俺は基本的に嘘はできる限り吐きたくない。だが、馬鹿正直に裏仕事の話を出来るはずもなく。


「交渉ですか?」


「そうだ。千歳、右手出せ」


「右手ですか?こんな感じですかね」


 なので何かを聞かれる前に違うもので気を逸らすことにした。

 千歳は右の掌を下に向けこちらに差し出してくる。本当だったら掌を上に出して欲しかったのだが、特に重要なことでは無いしまぁいいだろう。

 俺はそのまま胸ポケットにしまっていた『祝福の指輪』を彼女の人差し指に差し込む。

 この行為自体に特に意味はない。左手の薬指に入れなければ日本では特に意味は持たないからな。

 一応女性の右人差し指の指輪は集中力を高めたり、意思を強く持てたりとプラスのジンクスを持っているのだ。


「え、これ。なんで」


 千歳は現実が受け入れられないのか、視線を指輪と俺、交互に見比べながら言葉にならない言葉を発している。


「交渉したって言ったろ?店長が解決出来ない問題があるから、俺が代わりにそれを解決する事で格安で売ってもらったんだ」


 嘘をつくのなら真実を交えて話せ。そして、自分を被害者として語れ。そうすれば相手は嘘だと気付いてもその真意までは探らない。それが自分のためであるなら尚更だ。

 いつか聞いた師匠の忠言を自身に言い聞かせながら、千歳へ言葉をかける。


「あ、ありがとうございま、すです」


 千歳は俺の言葉を疑う以前に、その瞳に煌めくモノを浮かべ、感極まったかのように口元をワナワナさせている。


「女の涙は愛した男を落とす時に使うものだ。安売りは良くないぞ」


 そんな俺の言葉は耳に届かなかったようで、俺の胸に千歳が文字通りの意味で飛んできた。


「ばか先輩」


 泣き顔を見られたくないからか、俺の心臓辺りに額を押し付けた千歳はその後数分に渡って退こうとはしなかった。

 周りにいた通行人から、生暖かい視線を向けられているのが、酷く居心地が悪い。


 女心と秋の空...ならぬ夏の夜空か。


 千歳は先程の事など無かったかのように、満面の笑みで指輪を見ながらニヤニヤしている。

 既に完全に日は落ち、月が高く上っている。昼は天気が良かったため、雲一つない夜空に夏の大三角形が眩く光を放つ。

 現在は千歳の住むマンションまでの道のりを二人で他愛も無い話をしながら帰っている最中だ。


「先輩、有り難うございますです。そこのマンションが私の家なので、ここで大丈夫ですよ」


 そう千歳が指した先を見てみれば、謙遜にも小さいとは言えない大型マンションが視界に入った。

 いいとこ住んでやがる。流石金星だな、A級ライセンス様なことだけはある。


「お前、実は三百万くらい払えたんじゃ無いのか?」


「なに言ってるですか。私はゲームに漫画、ラノベ、それからアニメDVDに同人誌。それらを網羅するために月々どれだけお金が掛かってると思ってるんですか?貯金なんて雀の涙ですよ」


「お前は本当にブレないな」


 残念微笑女は結局のところ残念微笑女だった。こいつ最終的に金に困ったら、指輪を売るんじゃ無いだろうな?

 そんなジト目を送ってみるが、彼女は未だに指輪を見て笑みを溢している。

 いらん心配か。


「では、先輩。また明日学校でお逢いしましょう。あ、依頼の件はまた連絡してくださいです。指輪のお礼に今回は無償でお受けしますので!」


 そう言いながら、俺の手からスーパーの袋を受け取った千歳はマンションに向けて歩き出した。


「じゃあな千歳」


 既に見えなくなった背に向けて、小さく呟いた俺は自身も帰路へと付くのだった。

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