第一章

紅の瞳《ルビーアイ》の少女 (1)

 目を覚ますとじっとりとした汗が額に浮かんでいた。

 何か夢を見ていた気がするのだが、夢というだけあってその内容を思い出せない。

 壁に掛けられた時計を確認すると、何時もの起床時間より数分ばかり早かった。気持ちのいい目覚めで無かった事もあり、ベッドの上で少しだらだらしてしまうが、直ぐに携帯のアラームが鳴り響いてしまった。

 それを気怠く思いながら止め、ベッドから出ると、昨日のうちに出しておいた夏用制服のブラウスへ手を伸ばしさっさと着替える。

 黒を基調とした厚みのある生地はこの夏場では暑く感じることもあるが、これは武装アパレルブランドで開発された防刃防弾性のものになっている。通っている高校が特殊な事もあり、仕方のない事なのだが。外の暑さを考えると気が滅入ってしまう。

 そんな憂鬱な気分で洗面所へ向かい、嫌な汗をかいた顔を冷たい水で洗う。冷んやりとしていて気持ちがいい。濡れた顔をタオルで拭くと鏡に映った自分と目が合う。


「いつ見ても似合わないな」


 洗面台の鏡に映る制服姿の冴えない顔と怪訝な表情で睨めっこをした後、一つ溜息を零し、細かな身嗜みを整える。

 狭い安アパートなので、洗面所を出ればすぐにリビングだ。

 さて朝食を取ろうかと座椅子に座ろうとすると、ポケットに突っ込んでいた携帯が震えた。

 今は懐かしまれる二つ折り携帯を開くと、メールが一通届いている。

 今時、ガラケーかよと周りからは揶揄されるが、連絡さえ取れれば問題ない俺にとって、態々料金の高いスマホに変える必要性が見当たらないのだから仕方ない。

 メールを開くと、差出人は『三嘉月輝夜』との表示。確認なんてしなくてもこんな時間に連絡をしてくるのなんて、お節介なこいつくらいなのだが。

 メールの要件は「三十分後に迎えに行くね」との事だ。味気の無い短文だが文末にニコちゃんマークの絵文字が入っているのを見て女らしさを感じる。

 俺は「了解」と簡潔に返事を送り携帯を仕舞う。

 ふぅと息を吐き朝食用に、と買い置きしてあった菓子パンと缶コーヒーを飲みながら、テーブルの上に置かれた文庫本を手に取り読み始める。

 この本は知り合いの雑貨屋さんの店長から借りたもので、余り世間には出回っていない所謂いわゆる絶版本なのである。

 発行部数が極端に少ないうえに早々と絶版になってしまった物なので一部のマニアには唾液よだれが出る程の価値がある本だ。

 そんな本が読める事に感謝をしながら、輝夜が来るまでの間、時間を忘れるように文字を追った。

 ピンポンと、全国共通であろうインターホンの音が鳴ったのはメールが届いてからきっかりと三十分後のことだった。

「光希くん。出ーておーいでー!」

 インターホンと少しのズレで、玄関の方から輝夜の声が二重に聞こえてくる。

 真っ黒なんとかを呼ぶようなその声は、少々声量が大きく無いかとも思うが、幸いな事に両隣の部屋は空き部屋だ。

 多少煩くしても文句を言ってくるお隣さんは存在しない。


「あぁ、今出るからちょっと待ってくれ」


 インターホンの通話ボタンを押しながら返事をする。モニターには制服姿の大和撫子が映っていて、髪の毛をせっせと直していた。

 さてと。

 俺は学生鞄に使っているビジネスバッグを手に持つと、先程読んでいた本を鞄の中へと仕舞う。

 靴べらを使いながら、火事になっても燃えず残ると言われている耐火性の防火靴を履くと。

 扉を開け外へーーー出ようとして大事なものを忘れている事に気づいた。


「こいつを忘れると半殺しにされるからな」


 下駄箱の上に置いてあった、赤い星の付いた校章のバッジをブラウスの胸に付け、今度こそ扉を開く。


 その先にはモニターで見たばかりの、夏用の防弾制服に身を包んだ大和撫子。『三嘉月輝夜ミカヅキ カグヤ』がスカートを抑えるように、両手で学生鞄を持ちながらこちらを見つめていた。

 夜を体現するかのような艶のある漆黒の長髪を後ろに流している彼女は、テレビなどで見る女優など、言葉通りに顔負けするであろうルックスと、外人にも引けを取らないプロモーションを持っている。

 まさに圧倒的な美と言えるだろう。

 襟に付けられた金色の校章が月のように映えて見える。


「ジーッと見つめてどうしたの?ヤダっ!もしかして顔にご飯粒付いてる?」


 そう言った輝夜は慌ててポーチから貝の装飾をされた何時もの手鏡を取り出し、鏡に映る自身の顔を見て安堵の息を吐いている。


「いつから食いしん坊キャラになったんだお前は。今日から衣替えだからな。久々に輝夜の夏服を見たなと感慨に耽ってたんだ」


 ボーッとしていた事もあり、つい輝夜の顔をガン見してしまっていたのを、適当な話題で逸らす事にする。

 今は六月の中旬。温暖化の影響もあって気温は前年の七月と比べても遜色ない暑さだ。そして丁度今日が夏服への完全移行日である。


「光希くんのえっち」


 こちらをジト目で見つめる輝夜は己の体を守るように腕で胸元を隠している。

 しかし、かえってその行為が無駄に豊満なバストを強調してしまっている。

 男であれば垂涎すいえきモノなのだろうが、生憎と俺は友人の体に欲情できる程、座った肝の玉を持ってはいない。


「輝夜、よく聞け」


「な、なに?」


 俺は少し声のトーンを下げ、至って真面目な表情で輝夜を呼ぶ。

 そんな空気を察したのか、輝夜の態度も少し畏まったものになる。


「スカートからトイレットペーパー出てるぞ」


「嘘ッ!?」


「無論嘘だ」


 瞬間的に恥ずかしさで顔を真っ赤にした輝夜は、嘘だと知るや今度は怒りで顔を真っ赤に変える。


「光希くんのバカっ!って先に行かないでよ!」


 スタスタと先に歩き始めた俺を慌てて追いかけてきた輝夜は、俺の背にぶーぶーと文句を投げかけてくる。


「お前は今日も元気だな」


 そんな何時ものやりとりを交わしながら、二人で学校への道のりを歩き始めたのだった。


                  ※


 それから数十分後。

 高校へ着いた俺たちは輝夜のクラス練の前で別れる。


「ごめん光希くん!今日図書室に行けないんだ」


「そうなのか?俺も今日は店長さんに借りた本を返しに行くから図書室には寄らない予定だ。丁度よかったな」


 輝夜は図書委員長を務めているため、放課後は基本的に図書室で過ごしている。当然、図書委員は当番制なので休みの日もあるのだが、帰っても暇だからという理由で休みの日であっても、輝夜は図書室にいる。図書室の主とまで呼ばれる所以だ。

 これは噂なのだが利用者減少で閉鎖の可能性があった図書室が輝夜とお近づきになりたいが為に、男子生徒の利用者が急増したことで持ち直した。なんて都市伝説もあるくらいだ。


「放課後会えないなんて残念だなぁ」


「本当は残念がってないだろ?」


「あ、バレた?実はちょっと厄介な事件があったみたいでそれが憂鬱かなぁ、お昼から指名依頼の打ち合わせが入っちゃったんだよね」


「A級ライセンス様は大忙しだな」


「放課後、彼氏くんに会えないのは本当に残念だけどね」


「いつからお前は俺の彼女になったんだ」


「えへへ」


「まったく」


 まだ登校してきている生徒達の数が少ないからいいが一定数の生徒はいるのだ。

 余り変な事を言わないで欲しい。

 只でさえ三嘉月輝夜親衛隊なんてものがあると、どこぞの残念なイケメンから聞いたばかりだってのに。俺は『命を大切に』を心がけてるんだ。

 それにしても指名依頼か。

 追跡科チェイサーの仕事であれば、輝夜の身に直接的な危険があるとは考えにくいが...少し心配だ。

 追跡科チェイサーの仕事は犯人の行動分析、薬物などの流通経路の特定。

 そしてメインになるのが、追跡者チェイサーというだけあって、逃げた犯人の足取りを予測し包囲網を引く役目だ。


「大丈夫だよ。指名依頼だけど、難度はCで最近ニュースになった『能力を持った強盗さん』の分析だけだから」


 俺の心配が顔に出てしまっていたのか、輝夜が先回りしてそう答える。

 まぁ、現場に出ることは無いだろうし大丈夫だろう。


「そうか。呉々も気をつけるんだぞ。お前は拳銃ハジキすら真面まともに使えないんだからな」


 輝夜はお世辞にも運動神経が良いとは言えない。

 たまたま窓際の席から見えた彼女の体育授業では、絵に描いたような女の子走りで、ひぃひぃと横っ腹を抑えながら走る無残な光景だったのが記憶に新しい。


「最後のは余計なお世話!でもありがとね。彼氏さんっていうより光希くんはお父さんの方が合ってるかも」


「うるさい」


 気恥ずかしさを覚えた俺はふふっと笑う彼女に背を向け、逃げるようにして自身の教室へと向かうのだった。


                 ※


 我らが教室。検挙科アレストに入ると、其処には地獄絵図が広がっていた。

 四十人程がギリギリ入れる狭い教室にぎっしりと使い古された机が並んでいる。

 そして、その机の上で自前の刀を研いでいる者や、銃の調整ガンメンテをしている者、そして携帯ゲーム機を使い美少女ゲーム。所謂ギャルゲーをやっている者までいる。

 この学校に銃刀法違反の概念はないため問題はないのだがいつ見ても不可思議な光景だ。

 更には。


「ふざけんなっ!三嘉月さんが警衛高校一の美人だろうが!」


「狂ってんのかテメェは!一年の千歳ちゃんに決まってんだろっ。あのロリ巨乳見た事ねぇのかよっ」


 検挙科アレスト名物の『五十歩百歩の闘い』(命名俺)が教卓を挟み繰り広げられていた。

 知り合いの名が出ていた気がするが、きっと気のせいだろう。

 その横を我関せずで通り抜け、窓際の最奥にある自身の席へと向かう。

 友人のいない俺だ。誰かに声を掛けられることもなく、簡単に自身の席へと座ることができた。

 教室に入るだけで、これだけ体力を持っていかれる学校は少ないだろう。

 まぁ、ここが『警衛高校』の問題児達が集まる検挙科アレストだからだという事もあるのだろうが。

 この学校の正式名称は『名古屋警衛育成支援科高等学校』。創立してからまだ十年も立っていない発展途上の高校だ。

 輝夜の在籍している追跡科チェイサーを事務仕事とするならば、検挙科アレストは現場仕事。

 犯人を逮捕するため、現場へと赴き武力を持って鎮圧し制圧し逮捕を目的とする。

 なので検挙科アレストに求められるのは頭の良さなどではなく単純な力なのだ。

 能力者が珍しくも無くなった今の時代では、凶悪な犯罪が後を絶たないため、対する解決策として犯罪者と同レベルの力を持った『警衛』を育成することを目的としている。警衛とは門番などに使われる言葉だが、最近では国を守る者といった意味合いで使われている。

 検挙科アレストの入学条件は非常に緩い。何故なら死の危険性が通常の警察官よりも高く、そもそも入学希望者が少ないからだ。

 まぁ、そのお陰で俺なんかでも入学できたのだから文句は言うまい。

 俺は鞄から今朝読んでいた本を取り出し、周りの騒音を意図的に排除しながら読書を始める。

 本を読んでいる間だけが至高の時間だ。

 それから数分後、既にチャイムは鳴っているのだが未だに教師の姿が見えない。

 流石にこんなゴミ溜めの様なクラスであっても、教師が遅れるなんて事は今まで余程のことが無い限り無かったのだが。

 そんな事を考えていると、バッと教室の扉が開け放たれ、喧騒に包まれていた教室が一瞬で静寂を持った。

 だが悲しいかな。

 未だに五十歩百歩の闘いを繰り広げていたバカ二人は、議論に熱中し過ぎているため悪魔の登場に気づいて居ない。

 悪魔?それは生易しい表現だ。

 あれはーーー魔人だ。

 教室に入ってきたのは、身長二メートルに差し迫る超長身の女性?いや生物学上では女性だ。

 その体はただデカイだけでは無く、一切の無駄を排除する様に鍛え上げられており、噂によれば体脂肪率は驚愕の三パーセントを下回っているらしい。鍛え上げられた胸筋は、もしかしたら輝夜の胸よりも大きいかもしれない。


「テメェら二人ィイイーーー!うるせぇええんだよ!」


 地響きの様な声を上げた魔人は、言い争っている二人の頭をそれぞれ片手で掴み上げ。まるでバスケットボールを投げる様に背面の壁へと投げ捨てた。


「ま、じ」


「ん」


 幸か不幸か二人の息の合った言葉は魔人の耳には届かなかっただろう。

 何故ならそれが聞こえたのは、俺の真横を平行に飛んでいく最中だったのだから。

 ズドンと、まるでビルの屋上から飛び降りた時のような衝撃音が教室に響き渡る。

 その衝撃で震度四くらいの揺れが起こったことから、彼らのダメージは察して然るべきだろう。

 尊い犠牲に黙祷。

 まぁ流石に魔人は教師だ。更に言えばこの学校での教師とは、警察関係者である事を示している。

 なので、勿論殺してはいない。

 経験者ひがいしゃとして語らせて貰うのであれば、死ぬほど痛いし無駄に尾を引く痛みなので椅子に座るだけでも絶叫したくなるのだが後遺症はない。あの技は体の壊し方を知っているプロの技だ。

 現に二人の姿を見れば、気を失ってはいるものの目に見えた外傷は無く、ピクピクと動いているのがわかる。

 虫の息ってやつだが。


「ったく。教師が少し遅れたぐれぇで騒いでんじゃねぇよ。教師が遅れてる時は大概理由があんだ。私がデートで遅れる可能性だってな」


 その言葉にクラス中から異様な悪寒が漂ってくるのを感じる。

 誰も笑わないのは、魔人が冗談ではなく本気で言っている事を知っているからだ。

 魔人の言葉が本気の本気なのは、過去にぶん投げられた俺が一番よく分かっている。


「まぁいい。どの道今日遅れたのは別の理由だ。入っていいぞ」


 魔人が開け放ったままの扉に向けて、そう声をかけると。

 

 紅の少女が姿を現した。


「ッ?!」


 その姿を見た瞬間俺は、自分の意思とは関係なく席を飛ぶ様に立ち上がり、その紅の少女を見つめていた。

 クリムゾンの長髪はヘアカラーなどで染めたものではないことは一瞬でわかった。眉毛や睫毛に至るまでがクリムゾンなのだ。趣味やその類でそこまでしているとは考えにくいし、何より特異なのはその瞳までもが同じ色をしていることだ。

 あれは、能力による遺伝子変化と考えて間違い無いだろう。

 能力者の遺伝子変化は、能力が強大であればあるほど体への変化を齎す。

 俺がこれまで生きてきた中でも、ここまで遺伝子変化が顕著に表れた奴は居なかったぞ。

 そんな考察を頭でしていると、突如立ち上がった俺に周りが訝しげな視線を送っている事に気づく。


「お?なんだぁ浅瀬。琴乃葉と知り合いだったのか?それとも女に興味がないお前から見てもどストライクだったとかか」


「い、いえ。なんでもないです」


 カッカと笑う魔人の言葉に俺はハッとして、そそくさと着席する。

 何故自分があんな行動を取ったのか、自身のことなのに理解できない。

 琴乃葉。その苗字を脳内で検索してみるが俺の関係者リストにその名前は入っていない。

 つまり、全く面識のない相手の筈なのだ。


「なんでぇつまんねぇ男だ。まぁいいや、琴乃葉よ。挨拶だけ頼むわ」


 そう言って、教卓の裏にある椅子を引っ張り出し、座り込んだ魔人はーーーその少女。

 琴乃葉と呼ばれた少女に自己紹介を促した。


「ご紹介に預かりました、『琴乃葉コトノハエイル』です。元々は一般の高校に通って居ましたが訳ありまして、此方の警衛高校に今日から通わせて頂くことになりました。本日からよろしくお願いします」


 言い終え一つ頭を下げた彼女を検挙科アレストのメンバーが拍手で迎え入れる。

 格式張った挨拶に慣れているのか、琴乃葉からは緊張といった類の感情を感じず、流暢に言葉を紡いでいく。

 一般の学校から来たという割には肝が据わっているらしい、琴乃葉は魔人に投げられた二人に視線を向けても怯えた様子など一切見受けられなかった。

 そして、彼女の視線はその二人から徐々に俺の方へとシフトしてくる。

 双眼の紅の瞳ルビーアイに見つめられた俺は、全身に嫌な予感を感じ直ぐさま目を逸らした。

 何となくだが彼女に関わると碌な事にならないと、俺の防衛本能が警鐘を鳴らしているのだ。


「挨拶はそれぐらいでいいか。お前ら聞きたいことがあれば休み時間に聞きやがれよ?授業中にぎゃあぎゃあ騒ぐようであれば遠慮なく潰すからな」


 教師が生徒に対し潰すという発言は如何なものだろうか。

 いや、実際に潰された人間が右後ろにいるのだ。今更そんな事を言ってもしょうがない。警衛高校はある程度の治外法権なのだから。


「私の席はどこになりますか?」


 琴乃葉は魔人こと、『真壁仁子』大先生に自身の席を尋ねると。


「あー、そうだな。正直何処でもいいんだが、丁度この前退学くびになった生徒の席が空いてたなーーーっと浅瀬の隣だったか」


 消えた生徒のことなど、既に記憶から削除デリートされているのか、教室の中をその長身で見渡した魔人は、俺の隣の席が空いている事に気づき、その席を指差す。

 元々隣の席に居たのは検挙科アレストの中でも特に評判が悪かった者で、最終的には追い詰めた犯罪者から金を巻き上げた挙句に大麻はっぱを盗んだと風の噂で聞いている。

 使用したのかは定かではないが、日本の法では持っているだけでお縄だ。

 今では刑務所行きアカ落ちになっている事だろう。

 そんな事を考えていると、いつの間にか琴乃葉がすたすたと此方へ歩いて来ており、俺を一瞥した後、席へと腰を下ろした。

 隣の席だということもあり、迂闊にもその姿を目で追ってしまう。

 その視線に気づかれてしまったようで、琴乃葉は何か用かと言いたげな顔で此方を見ている。


「なに?私の顔にご飯でも付いてる?」


「なんで近頃の女は顔にご飯粒付けたがるんだ。流行りなのか?」


 今朝方に輝夜と交わした会話を思い出した俺はついついそんな軽口を叩いてしまう。


「そうね。ジロジロ見られるのが気持ち悪いからじゃないかしら」


 そうだったのか。俺は輝夜に気持ち悪がられていたようだ。今度会った時にでも謝まっておこう。


「サンキュ。参考になった」


「冗談よ?」


「知っている」


 俺の返答が意外だったのか、琴乃葉は先程までツンケンとしていた顔に少しの笑みを浮かべた。


「あなた面白いわね。嫌いじゃないわ」


「そうか。だが悪いな俺には彼女がいるんだ」


「勘違いしたふりをするのはタラシの手口。それに直ぐバレる嘘をつくのもね」


「残念だが俺に複数人をタラせる甲斐性はない」


「ええ、見れば分かるわ。一人でも難しそう」


「余計なお世話だ」


 そんな軽口を言い合うと琴乃葉は先程よりも朗らかな笑を見せた。その際に大きく開いたクリクリの瞳を確認するが、やはりその瞳はカラーコンタクトをしているわけでは無い。

 天然の紅の瞳ルビーアイだ。

 まぁ、だからなんだという話だ。彼女はただ俺の隣の席に座る一学生だ。

 それ以上でもそれ以下でもない。他の生徒と同様のドライな関係を続けるだけなのだから。

 しかし、気になることがあるのも事実。

 彼女を見た瞬間、反射的に席を立った事もそうだが、こんな時期に転校して来た違和感と、こんな血生臭い学校に来たというのにヤケに落ち着き払っている不遜な態度。

 それら全てが不気味に感じる。

 これは彼女を知らぬが故の恐怖なのだろう。

 面倒だがガサを入れるか。

 俺は頭に一人の女を思い浮かべながら、面倒な事になりそうだと重いため息を吐いたのだった。

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