第8話 圭吾さんの講評
4曲を弾き終えると、圭吾さんが僕の方へと歩いてくる。
「タオくん、いい演奏だったね」
「ありがとうございます」
僕は椅子から立ち上がる。
「詳しい話は、庭でしよう。由紀子さんは?」
「向こうで準備してるはず、声掛けてきてくれる?」
「りょーかい」
圭吾さんは、はるか先生が言っていたとおり、堅苦しさがなくいわゆる「かっこいい大人の男性」だった。
この家の勝手知ったる様子で、隣に住むはるか先生の叔母さんである由紀子さんのところへ向かう。
「タオくん、楽譜しまって。庭で花火大会見る準備しよう」
先生と一緒に庭に出て、イスを並び変える。
「タオくん、久しぶり!」
「あ、由紀子さん、久しぶりです」
由紀子さんは、仕事であまり日本にいないと聞いていたけど、帰ってきてたんだ…。
「圭ちゃん、その保冷バッグごと持ってきてね」
「ハイハイ、由紀子サマ」
「男手があると、やっぱり楽ねぇ、はるかちゃん」
「ですよね、しかもピアノ弾かない男性の」
「おい、はるか!俺だって、昔は一応ピアニストだったんだぞ!」
「昔はね~!」
圭吾さんとはるか先生は、大学の同級生だって聞いてたけど、思っていた以上に打ち解けてるみたいで仲良しに見える。
あと、叔母さんの由紀子さんも家族みたいだ。
「タオくんはジンジャエールでいい?」
「はい」
先生が僕に冷えた缶を渡してくれる。
「さ、大人はビールか!」
「圭ちゃん、エビス取って~!」
「由紀子さんは、発泡酒じゃないんですね」
「当たり前じゃない、ようやく半年ぶりに帰国したんだから、美味しい国産ビール飲ましてよ」
「半年ぶりですか」
「そ。1ヶ月休んで、またフィリピン」
由紀子さんが上機嫌でエビスビールの缶を開ける。
「はるかは?いつものでいい?」
「うん、ありがと」
圭吾さんが先生に渡したのは、よく分からない銘柄のビールだった。
先生が缶を開けて
「さ、乾杯~!」
「タオくん!全国大会出場おめでとう~!」
「がんばりま~す!」
外はまだ暗くなっていなくて、夕暮れにもなっていない。
レッスンスタジオの庭からは、少しだけ海が臨めて、夕方になったせいか風がそよそよと吹いて気持ちよかった。
「さて、圭吾の講評をいただこうか!」
はるか先生が圭吾さんに話を振る。
「その前に、はるか、その焼き鳥取って」
「はいはい」
僕は、さっきから2人のやり取りを見るたびにざわめく。
圭吾、はるか、と呼び捨てで呼びあい、いつものでいい?と聞く。
ただの大学の同級生が、こんなに親しいものだろうか。
圭吾さんを見つめていると、ふいに本人から話しかけられた。
「タオくん、演奏順にざっと感想を言うね。
スカルラッティはもう少し装飾音を繊細に演奏できた方がいい。あと揺らぎだね。
バルトークは、ほぼいいと思う。しいて言うならバルトークらしさかな。こればっかりは、バルトークの色々な曲をたくさん聴いて、ハンガリーの民族音楽を体にしみこませるしかないかも。
で、ハイドンもいいね。リズムが楽しい曲だから、その辺をもう少し細かくやり直すとさらによくなると思うよ。
問題は、分かっていると思うけどノクターン。メロディーをどう演奏していいか、まだ掴み切れていないし、自分自身で定まってないんじゃないかな?」
びっくりした。
クラシックのコンサートを企画する人って、こんなレベルなのかと。
下手な審査員より演奏を一回でよく分析できている。
「ノクターン、どうしたらいいと思う?」
はるか先生が圭吾さんに聞く。
「タオくん、ノクターンは初めて?」
「はい」
「なんでこの曲を選んだの?保木先生が決めた?」
「いえ、僕が弾きたいと言いました」
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