第6話 芸術性

「ぐぅうう~~~~」


僕は、耳を覆う大きなヘッドホンを両手で包み込みながら、頭を抱えた。


全国大会で演奏する曲の中で、一番の問題はノクターンだ。

YouTubeでピアニストが演奏するものは全て聴き、サブスクリプションで契約しているクラシックレーベルが提供している音源も、全てくまなく聴いた。


どうしたら、あの絶対的な美しいメロディーが奏でられるのだろう、それも僕らしく。


自分が演奏したノクターンを聴き直してみる。


「し…素人丸出し…」


よく、こんな演奏で本選第1位で全国大会出場が決まったものだ。

中学2年生以下が演奏するチャイコフスキーのノクターンなんて、所詮こんなレベルというものなのか…?!


うまい、とか、じょうず、とかじゃダメなんだ。

そんなところを目指しているようじゃ…


ヘッドホンを外す気になれず、そのまま天井を仰ぎ見た。


「芸術性…」


ふと、涙が滲んできた。

僕に芸術性なんてあるんだろうか、


でも無ければ、絶対に勝てない。今回の全国大会も、タケルくんにも。


「芸術性、降ってこないかなぁ…降ってこ~い」


天井を見ながら祈ってみるけど、そんなものが降ってくるはずもなく。

自分の中から絞り出すしかない、絞って出てくるか分からないけど、とにかく絞り出して…


スマホのYouTubeの限定公開されているリストを開く。


『タケルくん 予選前最終レッスン』

はるか先生の教室の生徒だけに公開されている生徒のコンクール前演奏動画集だ。


バッハの平均律2巻24番は、さすが「バッハといえばタケルくん」というだけあって、安定した演奏だ。

問題は、次の曲…。


ラフマニノフ音の絵Op.33-8


圧倒的な表現力…何というか、うまいとか下手とか、そういうレベルじゃない。

これが芸術性なんだ、と見せつけられているような。


実は、この動画を教えてもらったのは、昨日のノクターンのレッスンの後。


「みんなの演奏動画、久々に聴いて気分転換したら?」


先生は、僕のスマホに限定公開リストをみるためのURLを送ってくれた。


「タケルくんの予選曲もあるんですね」

「うん、でも、ラフマニノフは本番の方が数倍良かったのよ。タオくんにも聴いてもらいたかったくらい」

「…へぇ~」


最初は、そんなに興味はなかった。

でも、はるか先生がそこまで言うなんて、と少し気になって帰宅してから聴いて。


美しい和音、低音部の響かせ方

沈んでいく感じ、空白の美しさ


これまでに聴いたことのないタケルくんの演奏に圧倒された。


と同時に、僕のノクターン、こんなんじゃ全然ダメだと実感した。


もちろん、タケルくんは僕より年上だし、受ける級も違うし

だけど…


タケルくんにだけは絶対に負けたくない。

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