第5話 演奏順
「先生~!これお母さんから」
今日は、本選で弾いた2曲をレッスンしてもらう日。
昨日、帰ってから予選で弾いた2曲をさらい直して、気合は十分だ。
「え!お稲荷さんだ!!タオくんのお母さまが作ってくださったの?」
「はい、たくさん作ったから、良かったらって」
「嬉しい~!タオくんのお母さまのお稲荷さん美味しいのよね、ちょっと待って、今お礼のLINEするから!!」
先生はスマホを持って、冷蔵庫のある2階に上がる。
僕は、僕の弾く方のグランドピアノに楽譜を置く。
先生の演奏するグランドピアノは、窓側にある。
そのピアノの譜面台に置かれた今日レッスンしてもらう楽譜に、先生のたくさん書き込みがされているのを見ながら少し優越感に浸る。
今年、はるか先生の教室から全国大会出場を決めたのは、妹の美央、そして僕だ。
本選までは数名の優秀な生徒がいた。
例えば、年上のタケルくん。以前は一緒に連弾や2台ピアノでコンクールに出たこともある。
あと、年下だけどメキメキ上達している太一くん。彼は今年の1月の全国大会で銀賞をとっている。
あのコンクールは、課題曲も難しくて僕でも最高位は銅賞だ。今後、必ず頭角を現してくるだろう。
ふと見えた先生の楽譜に記されている
「お待たせ~さて、レッスン、レッスン」
2階から降りてきた先生は、僕の座っている椅子の後ろを通り過ぎて、自分のグランドピアノへと向かう。
「ハイドンから演奏お願いします」
本選で演奏した曲は2曲。まずハイドンのピアノソナタ
この曲は課題曲が出た時にモーツァルトと迷ったけど、リズムの軽やかさと楽しさが自分に合いそうだと感じて、保木先生と決めた曲。
指先の先の先まで神経を尖らせて、鳴らしたい音を作り出す。
演奏を終え、本選2曲目。チャイコフスキーのノクターンOp.19-4。
ハイドンと打って変わった静けさを作り出して…繊細なメロディーからの、動きだす中間部…そしてコーダの深い低音部
最後の音を弾き終えて横を見ると、僕の指先をじっと見つめる先生がいた。
「やっぱり演奏順…チャイコが最後がいいかも」
「え、そうだと、スカルラッティ、ハイドン…?」
「ううん、スカルラッティ、バルトーク、ハイドン、で、チャイコ。あのね、すべての曲で、タオくんらしいリズム感が表現できる選曲になってるのね」
リズム感の表現か…スカルラッティとハイドンは、確かにリズム感に自信があって選んでいるけど。
「バルトークの、ハンガリー独特の民族的舞踊のリズムも、とても面白く演奏できている。ノクターンは、もちろん夜想曲だからね、メロディーの切なさと、その和声感も絶対に必要なんだけど、特に中間部に出てくる動く部分は、君らしい演奏がもっと出来ると思う。
なんていうのかな、ただリズムを追うだけではなくて…
そう、成熟したリズムの楽しさ、みたいな。
そう考えるとね、バロック期の実に小気味良いスカルラッティを演奏してから、民族舞踊的なバルトーク、そして古典期のハイドンの正統的なリズミカルさ、最後に、メロディーの美しさを圧倒しながら、その根底に流れる成熟したリズム…!!」
僕は、語り続ける『はるか節』を聴きながら、この全国大会は獲れるんじゃないかと漠然と感じていた。
先生がこうやって曲を組み立てていくとき、だいたい結果が伴う。
恐らく全体像が見えているんだ。
「ああ…!ねえ、私今、なんて言った?覚えてる?これ、このまま保木先生に伝えられたら、保木先生も賛成してくれると思うんだけど」
「大丈夫です、僕が覚えているので、そのまま伝えて、この演奏順で提出します」
僕は、保木先生が何と言おうと、この演奏順で弾くことを既に決めていた。
「タオくんは、昔から頼りになるね、で、この4曲の中で、まだまだなのはノクターンだよ」
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