第7話 特別なもの

本選の日、私たちは約束通り地味な服装で会場に入った。


タケルくんは、予選でも一緒だった年上の女性と一緒にいる。


「ねえ、あの女性、誰?」

「予選でも一緒だったの。でも誰かは分からなくて…」

「そうなんだ。結構年上だよね?」

「でも30歳はいってないんじゃない?」

「私もそう思う。小柄でスタイルいいね」

「ホント、顔小っちゃい~」


メンバーのその女性への印象は、おおむね予選で私が感じたものと同じだった。


プログラムを見ると、絹さんの演奏は3番目。タケルくんは後ろから2番目。

「絹さんの部の演奏を聴いて、ホワイエで休憩してからタケルくんの応援だね」

「りょーかい!!」


ドレス姿の絹さんは、私たちに気付いたようだ。

ニッコリ笑顔を向けてから、すーっと歩いていく。


「絹さんって、なんか大人だよね」

「タケルくんの邪魔すんなよ、って目で刺された」


ホールに入ると、タケルくんはさっき一緒だった女性の隣の席に座り、まだ演奏が始まる前だからか楽しそうに話している。


「仲良さそう」

「リラックスしてる感じだよね」

「歳の離れたお姉さんとか?」

「そうかも」


絹さんの本選での演奏は「すごい!」とは思ったけど、予選で感じたようなすごさではなくて、ちょっと拍子抜け。


この部の演奏が終わり、ホワイエに移動して休憩する。

持参したペットボトルを飲み、ちょっと一息。

「コンクールって始めて来たけど、こんな感じなんだね」

「地味だけど、一応正装、って言う意味分かったわ」

「予選は陸郎くん来てたんだけど、制服でね」

「ああ…それはそれで、ちょっと違うかもね、あ、あそこ」


ホワイエにある高さのあるテーブルに、タケルくんと女性がいた。

タケルくんがゼリー飲料を渡している。

女性が何かよく分からない仕草をしたと思ったら、タケルくんがお腹を押さえて笑い出した。


「…え!!!」


私たちは絶句した。


女性は、お腹を押さえて腰を曲げながら笑うタケルくんの顔を覗き込む。そして彼女が何か話しかけるたびに、タケルくんが大笑いする。


「タケルくんって、あんなふうに笑うんだ」

「…見たことないよね」


笑いが収まったのか、タケルくんは女性からゼリー飲料を受け取り、カバンを持って舞台袖の方へ歩いていく。

いよいよ、次の部で演奏だもんね…。


ふと、タケルくんが振り返った。


私たちが見てたの、バレたかも!

4人で小さくなっていると、別の男性に目を向けた。


そして何事もなかったかのように、その女性に目を向けて、受け取ったゼリー飲料を振りながら笑顔で話しかける。


「ねぇ、ヤバくない…?」

「あれ、ゼリー飲料のCM?」

「超、カッコいいんだけど」


彼のピアノが好きだ、というオーラに包まれてしまっている私たちには刺激が強すぎた。

スーツをカッコよく着こなしたタケルくんが、ゼリー飲料片手にその女性に向ける笑顔は、見事なまでに私たちのハートを射貫く。

「ヤバイヤバイ」

「もうだめだ、演奏前にやられた」


メンバーは興奮状態。


でも私は…その女性から目が離せなくなった。

タケルくんが見えなくなるまで彼を見つめ続けている女性の後ろ姿に、何か特別なものを感じ取ってしまったからだ。

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