第6話 仲間
クラスの女子が、「タケルくんが」「音楽室で」「ピアノが」などと騒いでいるのが聞こえた。
どれも気になるキーワード。
その3人は派手でもなく地味でもない普通の女子。
私はどちらかというと地味だから話しかけるのは憚られたけど、どうしても話に入りたくて、勇気をふり絞って話しかけてみた。
「あの…タケルくんって、隣のクラスのピアノが上手な?」
3人が振り返って、目を輝かせる。
「え?知ってるの?」
「最近、放課後に音楽室でピアノを練習してるの!」
「あ!そうか!同中だった?」
そうなんだ、本選に向けて音楽室で練習してるなんて、気付かなかった。いい情報をゲット!
「うん、中学が一緒で。とは言っても、クラスは違ったから友達ではないんだけど、私、ずっとタケルくんのピアノが好きで」
勇気を出して伝えてみた。
「きゃーーー!!」
「ねぇ、今度一緒に音楽室に聴きにいこうよ!」
「中学でのことも教えて!なんでもいいから!!」
どうやら、彼女たちは「タケルくんを応援する会」というのを結成していたらしく、私もそのメンバーに加わることになった。
夏休みに入り、タケルくんが音楽室で練習する日をこっそり得た私たちは、休み返上で音楽室に向かいながら、タケルくんの話題で持ち切りだった。
「最初さ、細くってひょろっとしてて地味な感じとしか思ってなかったよ」
「ほんと、ピアノ聴いたら別人なんだもん、ギャップ萌えもあるよね」
「あるある、ピアノを聴いた後だと、何考えてるか分からないあの雰囲気も、魅力的に見えたり」
ああ…同士がここにもいたんだ。
ずっと孤独にタケルくんの応援してきたけど、なんか嬉しい。
やっぱり彼のピアノには、人を魅了するものがあるのね…。
音楽室前で聴きながら「やっぱりステキ」「この曲、なんていうんだろう」などコソコソと話をする。
私はタケルくんに気付かれるんじゃないかとヒヤヒヤ。
ガラッとドアがあいた。
そこにはタケルくん…。
「あ、ごめんなさい」
「タケルくん…」
やっぱりバレた。
「合唱部?吹奏楽部?今日、音楽室使う日だった?」
「いや、違うの。あの…私たちのことは気にしないで練習してください」
応援する会の1人が、なんとか弁明する。
すると、不思議そうにタケルくんが尋ねてくる。
「部活の人じゃないの?」
「あの…タケルくんのピアノ聴きたくて…」
私は、とにかく自分たちの本当の目的を伝えた。
あと、もしかしたら中学の時に話しかけた私のこと、思い出してくれるかもと、ほのかな希望もあった。
「私たち、夏休み前から、音楽室から聴こえてくるピアノが好きで…」
「練習、続けてください。邪魔しないので」
続けて、応援する会のメンバーが次々と話しかける。
タケルくんは残念ながら私のことを思い出す風もなく、黙って困ったような顔をしている。
「ほら、だから私が練習室にいた方がよかったでしょ?」
そこに現れたのは、同じクラスの絹さんだった。
「あなた達、タケルくんはあまり練習を聴かれるのは好きじゃないみたいなのよ。残念だけど、私も断られちゃって。だから、聴くならあっちの方で聴くといいわよ。近くで聴いた方がいいのは分かるけど、本人の練習の邪魔になるのは良くないし。ファンなら演奏者のことを一番に考えないと」
え…そうなんだ。練習は聴かれたくないもの…そうかもしれない。
私は自分が下手ながらもピアノを習っていた頃のことを思い出した。
メンバーの1人が尋ねる。
「毛利さんも断られたの?」
「そうよ、ほら、あっちは椅子もあるから。ピアノの感想でも言いながら盛り上がれるわよ」
私は、他のメンバーに向こうに行こう、と話した。
皆、頷きあっている。
だって、タケルくんの邪魔になるようなこと、したくないもの。
「タケルくん、練習の邪魔してごめんね。私たち邪魔するつもりじゃなかったの。少しでもピアノ聴けたらなぁ、って思ってて」
「向こうで静かに聴いてるから」
「コンクール、頑張ってね」
私たちは廊下を歩きながら
「タケルくんの邪魔しちゃったみたいで…悪いことしたね」
「うん…ファンはファンらしくしないとね」
「少し音は遠いけど、ちょっとでも聴けたらいいよね」
そんな話をした。
この子達なら大丈夫かも。
私は、彼がコンクール本選に出る日程や会場の話をした。
実は予選を聴きにいったことも。
「え~!さすが!!私たちも聴きに行って応援したい!」
「そう!もう絶対邪魔はしないように!!」
「教えてくれてありがとう!一緒に応援できるなんて嬉しい!」
彼女たちは口々に本選でタケルくんのピアノが聴けることを楽しみにしていると、そして邪魔をしないようにしようと話す。
私は、タケルくんを一緒に応援できる仲間と出会えたんだと実感して、とても嬉しくなった。
タケルくん、私はカノジョになれるわけもないけど、タケルくんのピアノを全身全霊で応援するよ!
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